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第七話 『コロッセウム』

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 ゲーム内時刻、0時過ぎ。

 夜空には三日月が輝く、『ミミズクと猫・亭』
 その裏手の訓練場に。


 鈍い音が響き渡る。


 超加速で接近し、その勢いのままに繰り出されたのは。

 小柄なエルフからは考えられぬほど、強靭で鋭い、『浴びせ蹴り』だった。

 それをフェルマータは、手にした大盾で防ぎ、いなす。

 
 響いた鈍い音は、蹴りと盾のぶつかり合う音であり――。


「!?」

 すかさず、盾で防いだその隙間から。
 
 甲冑のつなぎ目を狙う、細剣レイピアが突き出される。

「……くっ!?」

 対する、ドワーフは。
 身体を捻って、甲冑の板金でその先端を受け、クリティカルだけは免れる。
 

 そして――。

 レイピアを突き出し、防がれ、無防備をさらすその身体に向けて。
 ドワーフは一歩を踏みこむ。
 
「『超・盾強打シールド・スマッシュ』!!」

 がきり、と硬質な音が響き。
 ドワーフは即座にその効果の無さを感じ取る。

 その一撃は、エルフの布陣させている紅玉盾ルビンガードが自動で防御に入り阻まれていた。


「それなら! 『内臓破壊』!!」

 次に、振るうドワーフの片手槌スキルが、小柄なエルフに襲い掛かる、が。
 
 「『大衝撃波ショッキングブラスト』!!」

「っく!? ――『輝光弾ルミナス・スフィア』!!」 

 エルフの高DEXによる超高速詠唱で撃ち出される中級魔法。
 それにいち早く反応し、放たれた光の玉が、衝撃波と激突して相殺しあう。
 
 そして、衝撃のノックバックで距離を離され、ハンマーは空を切っただけだった。
 

 結果として、それによりお互いの距離が開く。


 仕切り直しだ。

 その合間に、
「……『上位グレーター全状態異常治療リカバリー』!!」

 フェルマータは、命属性魔法で、自身の猛毒を治療する。


 再びフェルマータは盾を構えながら。
 ローリエというキャラクターの姿を、改めて、見据えた。

  
 風の魔法使い、ですって……?

 今その言葉を思い出すと、笑いがこみ上げる。

 なぜなら、今、視界に佇むエルフが隠し持っていたポテンシャルは。

 フェルマータの想像を大きく超えているからだ。

 とんだ、ペテン師だわ。

 可愛らしい顔をして。

 他人が苦手で、いつもオドオドしている。

 そんな様子からは想像もできない程――。

 相対するキャラクターは、戦い、というものに熟達していた。
 

 
 その上で、正直な感想を漏らす。

「ヤバイ――……まったく、勝てる気がしないわ」 

 最初は、中々やる気にならなかったローリエだったが。

 心を鬼にして放った言葉。  
 「本気でかかってきてくれないなら、ロリちゃんのこと嫌いになるかもしれない」

 その一言で、エルフの少女は、慌ててやる気を出した。

 


 そして互いに、決闘を始める前に、かけられるだけの『自己バフ』を施した。
 

 その間。

 フェルマータは、ローリエがバフをかける姿を、横目で見ていたのだが。

 ローリエの強化は、10種を優に超えていた。
 その時点で只者ではないことが解る。
 そして当然ながら、魔法使いの時に着けている指輪も外し、今は、完全に戦士の様相だ。


 
 つまり今、ドワーフの視界の中央に立つ小柄なエルフの。
 その両の手には。
 ドワーフがいつも見ていた日傘ではなく、全く別の近接武装が握られているのだ。

 右の手には、【棘の剣プラントスティンガー】というレイピアに分類される木属性魔法で作られた武器を。

 左の手には、【黒曜石剣オブシダンソード】という土属性魔法で作られた宝石の短剣を。

 
 さらには、エルフ少女の周囲に、2枚の円盤が公転していて、術者が危ない時に自動で割って入り、カバーリングを行ってくる。これは【自動紅玉盾オート・ルビンガード】という土属性の防御スキルだ。
 
 身体には、木製の甲冑のようなものもまとっているし。
 周囲には、【重力領域ゾーングラヴィティ】と【風流防壁アキュラシーズジャマー】も展開されている。

 これだけだと、防御型の軽戦士と思うだろうが。


 そんなことはない。

 ちゃんと、攻撃に対しても、驚異的なビルドが行われている。

 それは、掠っただけでも侵される超級レベルの猛毒だ。

 これは、スキルレベル10の【全状態異常治療リカバリー】でも治癒できない。
 スキルレベル10で治療できないという事は、11レベル以上の毒であり。
 フェルマータは消費MPの多い上位の状態治癒を使うしかない。 
 【上位グレーター毒治療アンチドーテ】なら、消費MPも少ないが、SP節約のために、フェルマータは【全状態異常治療リカバリー】系列しかとっていないのだ。

 もちろん、毒にかかる確率を下げるアクセサリーは装備しているし、強化スキルで耐性も上げてある。
 しかし、レベル12の毒というものを防ぎきることはできない。 

 そしてこの毒は、ただの毒ではない。
 追加ダメージ、ステータスダウン、麻痺。
 そしてワンサイクル12%に及ぶ、ダメージオンタイム。

 これらの効果を一度に付与してくる上、フェルマータが売りにしている防御力では何一つ威力を減らせない。

 特に。
 12%のDOTともなれば、さすがのフェルマータのHP再生スキルでも賄えず、少しづつHPが減る。
 そうして、最大HP1500近いフェルマータの数パーセントは、ワンサイクルで100ダメージ近くになる。

 だから放置することはできず。
 高いレベルの毒を唯一治療できる、消費の重い【上位グレーター全状態異常治療リカバリー】を使い続けなければならない。
 故に、最大MP160しかないフェルマータは、ヒーリング等のHP回復魔法にMPを回す余裕などなく。

 少しづつダメージが累積していく。
  
 ここまでの攻防で、フェルマータは既にHPに3割ほどのダメージを受けた状態だ。
 MPも残り半分ほどになる。

 対して、ローリエは無傷のままだ。
 ほぼ1度も、まともに攻撃を受けていない。


 正直な所。
 これほどの差があるとは、フェルマータは思っていなかった。

 同じ防御型だとしても、いい勝負くらいはできるだろうと思っていたのだ。

 しかしはじめて見ればどうだろう。

 風の障壁と高い回避力で攻撃は殆ど当たらず。 
 やっと当たるかと思えば、左の短剣で防がれるか、自動盾が阻んでくる。
 しかも、重力領域のせいで、白兵戦を挑むと動作速度を遅くされるという凶悪さだ。

 
 一撃クリーンヒットさせるだけでも至難の業であり。
 ダメージを負っても、おそらく自動回復も積んでいて、すぐに回復されるだろう。



 攻撃に関しても。


 攻めはキックが主体であり。
 それをジャブ代わりに、ここぞという時に剣による突きを放ってくる。
 そして。 
 エルフが手にする武器も、金属甲冑の弱点をつける『刺突系』で。
 メインで使用してくる風の衝撃も、金属甲冑に有効打を与えられる『打撃系』
 
 ビルドも、プレイヤーも。
 実に、洗練されている。

 いつか、ユナに。
 『私のスキルは、ほんとに適当で、その場を繋ぐために取ったスキルばっかりで、中途半端過ぎて、教えられるほどのことは何も無い』

 そんなことを言っていたが。
 
 とんでもない話だ。

 適当の意味が、違う。
 これは、キャラクターに最適化されたビルド。
 数々の戦いと、経験を得る中で育まれた、熟練者のものだ。


 だから、ドワーフは困る。

「……」

 どう攻めたモノか。
 と悩むしかないフェルマータに。


「あ、あの……。まだ続けますか……?」

 エルフは言った。

 それに、ドワーフ少女は、思わず苦笑を浮かべる。

 きっと無自覚だろう。

 むしろ優しさなのかもしれない。

 でもそれは、『勝ち』を確信している者のセリフだ。
 
 つまり、あおられている、ということ。

(まいったわ、わたし、あの雨の日に、とんだ大物を拾ってきちゃったかもね)

 そんなことを想いながら。

 フェルマータは天を仰ぐ。

(さぁ、どうしようかしら……)

 続けるか否か。

 正直勝ち目はなさそうだ。
 

 でも……。

 ここで諦めるようなら、大精霊なんて相手にする資格は無いでしょう。


 そう思いなおし。

 気合を入れ直し。

 眉を吊り上げる。

「決まってるでしょ、これは決闘なの。どちらかが倒れるまで、やるしかないのよ!」

 フェルマータが、ひかりの魔法を使用する。

 【陽光サニーフラッシュ

 まばゆい光が周囲を染め上げる。

 アンデッドに特攻するひかり属性の初級広範囲攻撃魔法。
 そして、その真価は、目をくらませるという事だ。

「うっ!?」

 相手の視界を奪い。
 その一瞬の時間を作り。

 足の遅いフェルマータは、相手に接近する。

 槌に、聖なる魔力を宿し。

魔法戦技コーディネート ――『天意真明打』!!」

 
 
 
  ◆◆◆◆◆



 残念なことに。
 ローリエに目つぶしは通用しない。

 各種のパッシブスキルによる索敵能力は、視界を奪われても機能するのだから。



 結果的に、フェルマータは敗北した。

 HPが0になっても、HPを1だけ残して気絶を防ぐスキルで、フェルマータは死にはしなかった。
 だが、これは完全に負けだ。

 砂の上に、大の字で倒れたまま。

 フェルマータはつぶやく。 

「あ~あ、やっぱり、負けちゃったわ」


「す、すいません……!」

 そこに、エルフが駆け寄ってきた。


「なんで謝るのよ」

「え?」

「むしろ、良かったわ。私は嬉しい」

「え? え?」

 おろおろと、顔を覗き込んでくるエルフに、ドワーフは言う。

「こんなに強いのなら、アシュバフの闘技イベントでも大丈夫そうね、ってこと」

 ――あと、大精霊との戦いにも希望が持てる、ってこと。


 
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