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一章 四人の勇者と血の魔王

第57話 親が不在の時の開放感と、風呂上がりに扇風機に当たる爽快感の類似性について

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(先程のロクト殿の会話内容から、個体名を『アルマ』と設定。これより魔王の器アルマとの戦闘を開始する)

 誰に言われるまでもなく、淡々と記録を刻み……夢の聖剣の上に立つ。赤刃山脈の棘の間を吹き荒れる風が彼の頬を撫で、その音のみがナイズとアルマの間の距離を賑やかす。

「【神風箒】」

 魔力暴走と同時に、加速。浮遊する少年の視線がこちらを向いた瞬間─────

(警告。超強力ナ魔力反応ヲ確認、攻撃ガ……)

 予備人格の叫びがナイズの脳内に響く。直後……閃光。

(……成程。光魔法で生成した剣を弓術スキルを応用して打ち出し、それに炎属性を付与───先刻のアルマの背後に現れた不死鳥、エルフの女性の力を使用していると推測。つまりテイムした魔物の力を使えるというのは事実、か)

 迫り来る光と炎の剣。それに対してナイズは────盾となる新たな武器を生成した。

「【脳髄夢・剛岩聖剣】……」

 夢の聖剣の兄弟の中で最も防御に優れている────岩の聖剣。その贋作を構え、光の剣を受け流す。

(相手は魔王の器であり魔王ではない。上手くいけば弊剣が制圧出来る可能性も有りはする)

(油断ハスルナ。彼ハ捉エ方ニヨッテハマジストロイヨリ危険トモ言エル)

(……何?)

(気付イテ。今ノ弓術スキルガ『エルフ』ノ能力ダトシタラ────彼ハ魔物以外モテイム出来ル事ニナル)

「……そうか」

 予備人格の言葉を聞き、ナイズの脳に二つの可能性が浮かぶ。

 一つ、彼女たちが『死霊化』した事で『魔物』と判定され、それをテイムだけで『人』をテイム出来るわけではないという可能性。

 二つ、普通に魔族にエルフ族に獣人族に……下手すれば人族すらテイム出来てしまう、最高クラスの支配能力を持っている可能性。

 二つ目の場合、生命である限りはほぼ確実に勝てない。支配され、人格を否定され、家畜に成り下がる。夢の聖剣は『不死鳥』という存在が初代勇者の仲間だったほどの強力な魔物であった事を知っているからこそ───より危険視している。

「つまりは俺が適任か」

 さらに加速。次々に迫り来る光の剣を回避し、再現した岩の聖剣で弾き────距離は縮まった。
 ナイズが選択した攻撃は……激突。

(……あ、このまま突進してくるのか。てっきり剣でも振ってくるのかと思ったけど)

 アルマは冷静に不死鳥の権能……自由に空を駆る力を用い、夢の聖剣をかわす。

 回避には成功した、が─────それはあくまで聖剣にぶつからなかったという事。

「ッ!?これは……!」

 ナイズの身体が輝き……膨張し、爆ぜる。溢れ出した魔力が破壊のエネルギーとなってアルマを襲う。

「【聖戦の護り】……っと」

 獣人の姉妹が使用していた強化スキルによって、輝くヴェールに覆われたアルマが魔力爆発を凌ぐ。

「……自爆にしてはあっけな─────」

「【神風箒】」

 が、対する相手は無限の死を繰り返す生無き剣。魔女の騎士たる彼は、自身の身体を爆発させた程度では戦いを止めない。

「……【脳髄夢・灰葬聖剣】」

 そしてナイズに『手加減』の選択肢もまた、存在しなかった。
 マジストロイとの戦いでは、彼を殺してはいけなかった。ママロの平和を尊重する心を尊重する『ナイズ・メモリアル』としての行動をしなければいけない。
 だが今は得体の知れない、下手すれば自分でなければ対処できない相手。緊急事態の中、自分一人で立ち向かうこの状況で────躊躇う必要など無かった。問題点があるとすれば、西の勇者から恨まれる可能性がある事。

 迅速に、かつ高火力を叩き込むためにナイズが選択したのは『全てを灰にする』能力を持つ【葬の聖剣】の再現。
 巻き上がる赤黒い炎の渦が────アルマに触れる。

(余程の再生スキルでも持っていなければ、葬の炎で身体が灰燼に……)

「うわこれあつ……く、ない」

「……成程、理解不能だ」

 平気な顔で赤黒い炎を受けたアルマを確認した瞬間、すぐさま聖剣で退避し飛行と思考の速度を上昇させ──────先に回答に辿り着いたのは予備人格の方だった。

(推測。葬ノ聖剣ノ特殊ナ炎ハ初代勇者ノ仲間デアル不死鳥ノ炎ヲモデルニ作ラレタ。恐ラク不死鳥ヲ使役シタ事デ、アルマクンハ耐性ヲ得タ────)

 アルマは赤黒い炎を避けるどころか、むしろ身体に馴染むような仕草で撫でていた。葬の聖剣が模倣した炎の元になった力を持っているのなら────通用しないのも頷ける。

「ククク、最悪だな」

(最悪ダネ!)

「なら別の聖剣を模倣するまでだ」

 一度身体を魔力爆発させ、再び【神風箒】を発動し、ナイズは浮いたまま動かないアルマに向かう。

「【脳髄夢・明雷聖剣】」

 聖剣を模倣するスキルはやはりコストが重く、身体的負荷は【神風箒】で踏み倒せるとしても発動のために若干の時間が必要になる。
 ママロのいない状況での聖剣の模倣は、ヒットアンドアウェイを繰り返す飛行戦闘だからこそ使える技だった。

「────【熾光剣レッド・レイ】」

 対するアルマが発動したのは不死鳥のユニークスキル。光魔法が不死鳥の魔力で変質し、赤く輝く剣が───────彼らの周囲を埋め尽くすほどの量、生成された。

(警告。今スグ防御シナイト────)

「……死ぬ」

(死ヌ!)

 死ぬのは別に良い、だが問題は……その回数。

「……これは」

 一本の光の剣が身体に突き刺さった直後……ナイズは破裂する。

 1秒後、再び実体を反映させたナイズはもう一度剣に貫かれ────死亡する。

(一撃一撃の)

 死。

(威力が高い上に)

 死。

(この圧倒的な物量)

 死。

(時間を稼ぐだけではダメだ)

 死。

(俺がなんとかしなければいけない、だから──────)

 死亡。
 ───────死亡する、夢。

「確実に殺害するために、幻覚を発動させると同時に攻撃したかったんだが……やむを得ない」

 アルマを見ながら、ナイズは冷静に【神風箒】と【脳髄夢・明雷聖剣】を発動。

 ナイズはアルマから逃げ、攻撃する流れで飛び回りながら幻覚攻撃を発動、その効果の上昇のために『魔法陣』に似たモノを描いていた。聖剣の魔力を置いてアルマを囲い、より効率的に【悪夢】を見せる────そのために。














 ー ー ー ー ー ー ー

















 雷鳴が轟く寸前。

 剣聖と偽の勇者を『邪魔』したのは蜘蛛の糸とスライム特有の粘液だった。

「あなた達に恨みはないのだけど……ごめんなさいね。彼の負担を減らすには少しでもアタシ達が数を減らさないとだから」

「スロウも……そう思う」

 無理矢理死霊化させられたとは言え、魔物である彼女達は生前の意識を保ち喋ることが可能だった。蜘蛛の下半身に所々が包帯でぐるぐる巻きの女性、キュールカと……生前と比べ特に変化している場所はないスライムの女性、スロウ。

 蜘蛛の糸が剣聖の身体に巻きつき、動きを制限する。

「ッ、逃げてっ!!」

 ルリマは叫ぶ。彼女に向かって、必死に汗を飛ばしながら。

「無駄よ。アタシの糸もスロウの粘液はねちっこいから。貴方達はこのままゆっくりと死に至るの─────」

「ち、違うッ!そうじゃなくて……!」

「……?」

 それでも必死に赤髪の少女は訴える。あまりの必死さにキュールカは彼女を注視し直し────気付く。

逃げなきゃ──────」

 粘液で捉えているはずの獣人の少女がいない。正確には……粘液に捕まった鎧の部分を残して、中身が空っぽだったのだ。

「……魔物だぁ」

「「ッッ!!??」」

 その瞬間、普段は人間を襲う側だったはずの2人に……『襲われる』恐怖が背筋を覆う。

「魔物だよね。これは紛れもなく魔物だよね。殺しても法律に引っかからないよね」

「まっ─────」

「【雷招】ッ!!」

 本来の【雷招】は天候を操り、指定した場所の雷を落とすスキル。だがリェフルの場合は─────場所が固定されている。
『自分に』雷が落ちる……自爆技とも言えるスキルだ。

「ぐああああああっ!!??」

「い“っ……うぅぁあううう……!」

「気持ぢいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃ!!!」

「だから言ったのに……」

 ルリマは絶叫する3人から目を逸らした後に落ち着いて魔法を唱え、ゆっくりと手元を縛る糸を燃やし手の自由を得てから糸を切り刻む。

 もう一度視線を戻すと、まだ魔物の女2人は生きているという事が分かった。うめきながらも致命傷ではないようで、咄嗟にリェフルから距離を取っていた。

(突然現れたあの2人。訳の分からないままリェフルが攻撃してしまったけど、彼女達は一体……)

 そして直後、ルリマの思考は完全に停止した。

 ─────で笑い声を上げるその女の姿があまりに衝撃的すぎたのだ。

「あはははははははっ!!見てルリマ!鎧脱いだせいで雷が服に直で当たっちゃって……身体は恩恵のおかげで大丈夫だったんだけど服が……あっはっはははははは!!」

「……あは、はははははは。ははははははははは。ははははははははははははははは」

「あれ、ルリマ壊れちゃった」

 さっきまで真剣な表情で魔界の転覆を語っていた少女が服が全焼して満面の笑みを浮かべているこの現実がどうしようもなく馬鹿げていて、空想じみていて乾いた笑いが溢れ出た。

「な、なにこの人間達は……」

「意味……わかんない……」

「私だって意味分からないわよこんな奴!!一緒にしないでくれる!!??」

「は?なんでそんな酷い事言うの?あたし達友達じゃなかったの?流石に人の心が感じられなくない?そういうところもっと気使うべきだと思うんだけど」

「真っ裸で近寄ってこないで!ちょっとは隠すくらい……百歩譲って上はいいから下は隠しときなさいよ!!」

「は?なんでそんな冷たい事言うの?あたし達裸で一緒に過ごした仲じゃなかったの?あの時のお風呂は熱かったのになんで今はこんな冷たいの?ルリマだって近所に裸見せびらかしてたじゃん」

「私まで変態みたいに言わないでくれる!?露出狂はあんた一人でしょうが、どう見ても!!そんなんだから恋人どころか友達も出来ないのよあんたは!!」

「あーちょっと来ちゃったねぇ頭に。ずーっと何年もロクトさんに素直になれてないくせに『私は責任がぁ~』とか『あいつを勇者にしたのはぁ~』とか言い訳してる癖に恋人出来ると思ってんの?普通にロクトさんをぽっと出の知らない女に取られて終わりだよ。剣聖ルリマは一生独り身で終わりだよ終わり!!」

「ッ、そッ……ッ!!それはッ、……その……あッ……ッッ!!!」

「いやルリマ口喧嘩よわ……」

 というよりはリェフルやロクトが弁が立ち、そしてこのリェフルが指摘した話題はルリマにとっては図星以外の何者でもなかったため、ルリマは顔を真っ赤にさせたまま出てこない言葉を弾切れの銃のように引き金を引き続けるしかなかった。

「……良いわ。今は共闘してあの2人を倒そうって事よね?」

「いや確かにそうすべきだとは思うけど話逸らしすぎでしょ」

「うるさいわね、あんたが何をどれだけ言おうと服着てない奴より服着てる奴の方がまともなのには変わりないのよ」

「常に裸な人が多い魔物タイプの魔族への誹謗中傷かな?まぁ良いよ、あたしだって────この変な魔物達はぶっ飛ばしたい。何か……不快感がある」

 リェフルは感じ取っていた。『テイム』という完全な支配行為が自身にも及んでしまうという潜在的恐怖と、その可能性を。神狼の子孫である彼女は『拘束』の概念に対して敏感だったのだ。そしてそれは『見下されたくない』彼女にとっては最大級の地雷であり──────故に、傷ついた身体が痛みを感じなくなるほどの興奮状態に至る。

「良いね、やっぱり……殺したくない相手より、殺したい相手と戦う方がやる気出る……!」




ーーーーーーー

リェフルは体毛の管理はかなり念を入れて行なっているため、全裸でも恥ずかしくはありません(リェフルの価値観)。剃毛専用の魔導具も高価でしたが複数台所有しています。特に恥じる体型ではなく、むしろ彼女自身でも丁度良いと少し気に入っている肉付きです。最近は少し筋肉が目に見えてつき始めているため、そっちの路線で攻めようか迷っています。そういう問題ではないと気付くのはまだ先のようです。
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