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れいぎ正しく
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とてもきれいな青い空だった。雨上がりの澄んだ空気が気持ちいい、そんな日。
「あああああ、緊張する」
お日様がこっちに向かってニッコリ笑いかけてるみたいな空を見る余裕もなく、部屋の中をウロウロしては椅子に座って、またウロウロしているご主人様。それを見た黒い着物姿のママは、呆れた顔で言った。
「この期に及んで何言ってんの。せっかくきれいにしてもらった格好が崩れちゃうから、もっと堂々と座ってなさい」
「逆にお母さんは何でそんなに落ち着いてるの⁉娘の一生に一回の晴れ舞台だよ⁉」
「ここまで来たら、あとはもうなるようにしかならないわよ。一回きりじゃないかもしれないし」
「人生一幸せな日を迎えようとしてる娘に何不吉な事言ってくれてんの⁉」
「それぐらいの余裕を持ちなさいって事よ」
さすがママ、人生の先輩としての風格が漂っている。おいらも同じだって言いたいところだけど、今日はちょっとソワソワせざるを得ない。
「とむ~。とむは私の味方だよね?」
「わふっ」
「っあああああ、やっぱり可愛いいいいいいい‼」
もう一回写真撮ろう!ってスマホを構えるご主人様、緊張で情緒がおかしな事になっている。
「大金さんには本当に感謝ね。お陰でとむ君もこんなに素敵にしてもらっちゃって」
ママが言ってるのは、おいらの首につけられた蝶ネクタイの事だろう。
ご主人様の結婚を聞きつけた大金の奥さんは、ご祝儀だと言って旦那さんが手がけているペットが参加可能な結婚式場を用意してくれた。一番安いプランでもママすら目が飛び出そうな額のここは、すごくオシャレな場所だった。
─どうせならやりたい事全部やっちゃいましょう!お金なら気にしないで!
─いいじゃないか!すーさんも一枚噛ませてほしいな
そう言っていた大金の奥さんとすーさんの言葉に甘えた結果、ドレスはお色直しを三回、前撮りってやつは和装を入れて五パターン、披露宴のお料理は三ツ星レストランのシェフが腕によりをかけた特注のフレンチコース、クリスティーナ達わんこ仲間も呼ぶために犬用スペースを確保、もちろんおいら達のご飯や飲み物も特別製と、多分人生で一番贅沢な一日になるようなものに仕上がった。
─ごく普通の一般人の参加者の事考えなさいよ、このバカ
気合いの入った招待状を渡された先輩は、この日のためにドレスを新調するハメになったらしい。他のお呼ばれした会社の人達も、軒並み衣装に悩んだとか何とか。何かわかんないけど、謝りたくなった。
おいらの写真を眺めてニヤニヤしていたご主人様だけど、ドアがノックされる音で一気に現実に引き戻された。
「失礼致します。そろそろご準備お願いできますでしょうか?」
「あ、はいはい。じゃあ、私は先に行ってるわよ」
「やばい、吐き気してきた…」
口元を押さえるご主人様に呆れた視線を向けてから、ママはおいらの方を見て言った。
「じゃあね、とむ君。あとはよろしくね」
「キャン!」
ママが行ってからしばらくして、ご主人様もスタッフの人に誘導されて部屋を出ていった。それを確認してから、別のスタッフのお姉さんがおいらに言った。
「では、とむ様。準備しましょうか」
*
白くて細かい装飾のドアの前に立つ。中からは、牧師さんが何だか難しそうな話をしているのが聞こえる。たくさんの人の気配がして、落ち着かない。
「それでは、指輪の交換を行います。リングボーイは特別ゲストにお願いしています」
「え?」
牧師さんの言葉に驚いてるご主人様の声がする。無理もない。ここから先は、ご主人様には内緒で課長やすーさん達が計画してたプランが動き出す。スタッフのお姉さんがリードを外したのと同時に、ドアが開く。
「え、え⁉とむ⁉」
ご主人様がとてもビックリした顔でおいらを見る。さっきまでは蝶ネクタイだけだったけど、今は黒いタキシードを着たおいらがトコトコと赤いじゅうたんを歩いていく。背中には二人の結婚指輪が入ったケース。招待した人達も、口々に可愛いと言ってカメラを向けてくる。ふふん、今日は特別な日だからじゃんじゃん撮っちゃっていいよ。おいらにとっても晴れ舞台だからね。
ご主人様は最初は驚いてたけど、おいらが近づいていくとくしゃくしゃの顔で号泣した。
「とむうううううううう‼」
「わふっ」
ご主人様の足元で立ち止まると、隣に立っていた課長がケースを受け取った。
「ありがとな」
「わふっ」
そして、お互いに指輪を交換し合う。メイクが崩れるんじゃないかってくらい泣いてたご主人様は、課長の親指に指輪をはめようとして会場の笑いを誘っていた。こんな時でも、ポンコツは通常運転だ。
その後は、結婚証明書っていうものに二人がサインして、最後に課長に抱っこしてもらったおいらが肉球にインクをつけてスタンプを押した。その姿に萌えたご主人様は、「誰か!誰かカメラを貸してください!」って叫んでまた会場の笑いを全部持っていった。
それから、二人は誓いのキスをした。ベールを取った課長は、真っ赤な目と緊張しまくりのご主人様にツボって咽ていた。
ご主人様達らしい結婚式が終わって、二人は招待客の人達のフラワーシャワーで会場を出た。色とりどりの花びらがご主人様達にかかって、純白のドレスが眩しく輝いていた。おいらはマロンやモカ達わんこ組で鳴き声のハーモニーを奏でた。
ブーケトスをする時には、相手がいない女の人達がみんなギラギラした目でブーケを狙っていてちょっと怖かった。なぜか先輩も参加していたけど、ご主人様のミラクルトスが炸裂して最終的にブーケは一番端っこにいた堅刀さんの手に渡った。
披露宴はガーデンパーティーだった。すーさんが司会をしてくれて、二人の半生やなれそめを紹介するムービーは本人出演でテレビ局もビックリの本格的なドラマに仕上がっていた。ご主人様の棒読みが絶妙にジワジワ来る出来で、ここでもやっぱり笑いが起きた。
披露宴のご飯はすごく美味しかった。マロンがいちいちわかってる風の食リポをしていたけど、みんな食べるのに夢中でほとんど聞いてなかった。それでもしゃべり続けるマロンのメンタルは、もはや鋼より強い気がした。
ご主人様はずっと主賓席でお友達や会社の人達としゃべっていた。せっかくの豪華なご飯なのに、ちっとも食べられなくてちょいちょい物欲しそうな顔でお皿を見ていた。新婦って大変なんだなって思いながら、おいらは遠慮なく美味しいご飯を堪能していた。
ウエディングケーキは、おいらの顔や肉球みたいなクリームの飾りがいっぱいある大きなケーキだった。おいらの顔にナイフなんて入れられないんじゃないかって思ってたけど、ご主人様は課長と一緒に躊躇なくケーキ入刀を終わらせた。別にいいんだけど、何かよくわからない感情でいっぱいになった。
ご主人様がパパとママにお手紙を読む時は、もう封筒を開く段階で涙がダバダバ溢れていた。しゃくり上げながら読んでいたから何を言ってるのか全然わからなかったけど、パパとママへの感謝の気持ちはよく伝わった。ふと二人の方を見ると、ママはハンカチで目を押さえていて、パパはいつも通りのむっつりした顔だけどちょっとだけ目が潤んでいたような気がした。おいらはパパやママみたいに泣いたりはしなかったけど、これでご主人様が課長のものになってしまうんだと思ったら寂しいなとは思った。
こうして、ご主人様は矢尾美奈海から和生美奈海になった。
れいぎ正しく、誓う永遠。
「あああああ、緊張する」
お日様がこっちに向かってニッコリ笑いかけてるみたいな空を見る余裕もなく、部屋の中をウロウロしては椅子に座って、またウロウロしているご主人様。それを見た黒い着物姿のママは、呆れた顔で言った。
「この期に及んで何言ってんの。せっかくきれいにしてもらった格好が崩れちゃうから、もっと堂々と座ってなさい」
「逆にお母さんは何でそんなに落ち着いてるの⁉娘の一生に一回の晴れ舞台だよ⁉」
「ここまで来たら、あとはもうなるようにしかならないわよ。一回きりじゃないかもしれないし」
「人生一幸せな日を迎えようとしてる娘に何不吉な事言ってくれてんの⁉」
「それぐらいの余裕を持ちなさいって事よ」
さすがママ、人生の先輩としての風格が漂っている。おいらも同じだって言いたいところだけど、今日はちょっとソワソワせざるを得ない。
「とむ~。とむは私の味方だよね?」
「わふっ」
「っあああああ、やっぱり可愛いいいいいいい‼」
もう一回写真撮ろう!ってスマホを構えるご主人様、緊張で情緒がおかしな事になっている。
「大金さんには本当に感謝ね。お陰でとむ君もこんなに素敵にしてもらっちゃって」
ママが言ってるのは、おいらの首につけられた蝶ネクタイの事だろう。
ご主人様の結婚を聞きつけた大金の奥さんは、ご祝儀だと言って旦那さんが手がけているペットが参加可能な結婚式場を用意してくれた。一番安いプランでもママすら目が飛び出そうな額のここは、すごくオシャレな場所だった。
─どうせならやりたい事全部やっちゃいましょう!お金なら気にしないで!
─いいじゃないか!すーさんも一枚噛ませてほしいな
そう言っていた大金の奥さんとすーさんの言葉に甘えた結果、ドレスはお色直しを三回、前撮りってやつは和装を入れて五パターン、披露宴のお料理は三ツ星レストランのシェフが腕によりをかけた特注のフレンチコース、クリスティーナ達わんこ仲間も呼ぶために犬用スペースを確保、もちろんおいら達のご飯や飲み物も特別製と、多分人生で一番贅沢な一日になるようなものに仕上がった。
─ごく普通の一般人の参加者の事考えなさいよ、このバカ
気合いの入った招待状を渡された先輩は、この日のためにドレスを新調するハメになったらしい。他のお呼ばれした会社の人達も、軒並み衣装に悩んだとか何とか。何かわかんないけど、謝りたくなった。
おいらの写真を眺めてニヤニヤしていたご主人様だけど、ドアがノックされる音で一気に現実に引き戻された。
「失礼致します。そろそろご準備お願いできますでしょうか?」
「あ、はいはい。じゃあ、私は先に行ってるわよ」
「やばい、吐き気してきた…」
口元を押さえるご主人様に呆れた視線を向けてから、ママはおいらの方を見て言った。
「じゃあね、とむ君。あとはよろしくね」
「キャン!」
ママが行ってからしばらくして、ご主人様もスタッフの人に誘導されて部屋を出ていった。それを確認してから、別のスタッフのお姉さんがおいらに言った。
「では、とむ様。準備しましょうか」
*
白くて細かい装飾のドアの前に立つ。中からは、牧師さんが何だか難しそうな話をしているのが聞こえる。たくさんの人の気配がして、落ち着かない。
「それでは、指輪の交換を行います。リングボーイは特別ゲストにお願いしています」
「え?」
牧師さんの言葉に驚いてるご主人様の声がする。無理もない。ここから先は、ご主人様には内緒で課長やすーさん達が計画してたプランが動き出す。スタッフのお姉さんがリードを外したのと同時に、ドアが開く。
「え、え⁉とむ⁉」
ご主人様がとてもビックリした顔でおいらを見る。さっきまでは蝶ネクタイだけだったけど、今は黒いタキシードを着たおいらがトコトコと赤いじゅうたんを歩いていく。背中には二人の結婚指輪が入ったケース。招待した人達も、口々に可愛いと言ってカメラを向けてくる。ふふん、今日は特別な日だからじゃんじゃん撮っちゃっていいよ。おいらにとっても晴れ舞台だからね。
ご主人様は最初は驚いてたけど、おいらが近づいていくとくしゃくしゃの顔で号泣した。
「とむうううううううう‼」
「わふっ」
ご主人様の足元で立ち止まると、隣に立っていた課長がケースを受け取った。
「ありがとな」
「わふっ」
そして、お互いに指輪を交換し合う。メイクが崩れるんじゃないかってくらい泣いてたご主人様は、課長の親指に指輪をはめようとして会場の笑いを誘っていた。こんな時でも、ポンコツは通常運転だ。
その後は、結婚証明書っていうものに二人がサインして、最後に課長に抱っこしてもらったおいらが肉球にインクをつけてスタンプを押した。その姿に萌えたご主人様は、「誰か!誰かカメラを貸してください!」って叫んでまた会場の笑いを全部持っていった。
それから、二人は誓いのキスをした。ベールを取った課長は、真っ赤な目と緊張しまくりのご主人様にツボって咽ていた。
ご主人様達らしい結婚式が終わって、二人は招待客の人達のフラワーシャワーで会場を出た。色とりどりの花びらがご主人様達にかかって、純白のドレスが眩しく輝いていた。おいらはマロンやモカ達わんこ組で鳴き声のハーモニーを奏でた。
ブーケトスをする時には、相手がいない女の人達がみんなギラギラした目でブーケを狙っていてちょっと怖かった。なぜか先輩も参加していたけど、ご主人様のミラクルトスが炸裂して最終的にブーケは一番端っこにいた堅刀さんの手に渡った。
披露宴はガーデンパーティーだった。すーさんが司会をしてくれて、二人の半生やなれそめを紹介するムービーは本人出演でテレビ局もビックリの本格的なドラマに仕上がっていた。ご主人様の棒読みが絶妙にジワジワ来る出来で、ここでもやっぱり笑いが起きた。
披露宴のご飯はすごく美味しかった。マロンがいちいちわかってる風の食リポをしていたけど、みんな食べるのに夢中でほとんど聞いてなかった。それでもしゃべり続けるマロンのメンタルは、もはや鋼より強い気がした。
ご主人様はずっと主賓席でお友達や会社の人達としゃべっていた。せっかくの豪華なご飯なのに、ちっとも食べられなくてちょいちょい物欲しそうな顔でお皿を見ていた。新婦って大変なんだなって思いながら、おいらは遠慮なく美味しいご飯を堪能していた。
ウエディングケーキは、おいらの顔や肉球みたいなクリームの飾りがいっぱいある大きなケーキだった。おいらの顔にナイフなんて入れられないんじゃないかって思ってたけど、ご主人様は課長と一緒に躊躇なくケーキ入刀を終わらせた。別にいいんだけど、何かよくわからない感情でいっぱいになった。
ご主人様がパパとママにお手紙を読む時は、もう封筒を開く段階で涙がダバダバ溢れていた。しゃくり上げながら読んでいたから何を言ってるのか全然わからなかったけど、パパとママへの感謝の気持ちはよく伝わった。ふと二人の方を見ると、ママはハンカチで目を押さえていて、パパはいつも通りのむっつりした顔だけどちょっとだけ目が潤んでいたような気がした。おいらはパパやママみたいに泣いたりはしなかったけど、これでご主人様が課長のものになってしまうんだと思ったら寂しいなとは思った。
こうして、ご主人様は矢尾美奈海から和生美奈海になった。
れいぎ正しく、誓う永遠。
応援ありがとうございます!
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