美醜感覚が歪な世界でも二つの価値観を持つ僕に死角はない。

本編●主人公、獲物を物色する

ぼくは里村がいい

「まさか……。よ……ヨノ、か？」

『麗しい』の奇跡ランクが、探るような目で、その眼差しをぼくだけに注いでいる。
薄く開いた彼の唇は僅かに震えており、その隙間からチロリと舌が覗く。
ただでさえ奇跡ランクなのに、その仕草は色気も醸し出して。

囁くように聞こえた『麗しい』な声は確かに、ヨノ、と発音した。
まるで大事なものを言葉にするみたいに、丁寧に。


ぼくは吸い寄せられるように、彼へと足を踏み出す。


「え……？　ヨ、ノ……？」

ぼくをじっと見ていた彼の瞳が、戸惑うように瞬きする。

リウイの中に、里村の記憶がある……。
里村なんだ……。
この『麗しい』な顔立ちは将来、成長して里村に、なるんだ……。


「アド、ル……？」

ぼくの名前を呼び直す声に、少しだけ怯えが混じったようだ。

あぁごめん、怖がらせたいわけじゃない。
ぼくの心は歓喜で満ち溢れているんだ。
なかなか伝わらないもんだな。


「ちょ…っ、近いって……！」

ソファから腰を浮かそうとした所を、彼の肩に手を置いて押し留める。
ぼくの視線から逃げるように俯くから、彼の顎を片手で掬ってぼくの方へ向けた。

こんなに『麗しい』な顔を隠すなんて駄目だよ。
それにぼくから視線を逸らすのも駄目だよ。
きみの目には、ぼくは『格好良い』に見えないのかな……ねぇ、里村。


「なっ……なんか、言えよ……。……世野ぉ。」

ソファの隅、手すり部分まで追い込まれた彼は、そう言いながらぼくの腕を掴む。
肩口近くの布がぎゅっと握られ、やや引っ張られる感覚に、彼の不安が伝わって来るようだ。

そうだね、ずっと黙っているよりは何か話した方が安心出来るかな。
なんだか変な事を口走ってしまいそうだけど、何か言ってと強請ったのはきみだから、多少は許してね？


「ねぇ、いつから？」
「ふぇ……？」
「きみは、いつから里村なんだ？」
「……っ！　……え、え？　……ほ、ホントに？」

驚いて声を詰まらせた彼が、少し躊躇うような様子を見せた後、見る見る内に嬉しそうな表情に変わって行く。
だが、彼をそうさせているのは、ぼくの『格好良い』じゃない。

そうか、きみは……ぼくが、そちらの方が良いんだね？
ぼくがきみを……里村と、心の中で呼んでいるように。
でも、ごめんね里村。
ぼくは、世野悟（ヨノサトル）じゃあない。


「ホントに、世野……なんだ……？」

『麗しい』の彼が、懐かしそうに目を細めてぼくを見る。
ぼくの中に、世野悟なボクを探している。


確かにぼくは、自分の中にある異なった二つの感覚で不思議な気持ちになったりと、精神的に不安定と言えるような状況もあった。
だがそれでも、世野悟の記憶の一部と感覚があるだけで、ぼくは自分を世野悟だと思った事は無い。
今のぼくは、混じり気の無いアドル・カーネフォードじゃ無くなったかも知れないが、世野悟にもならなかったよ。


ねぇ里村。……きみは、どうかな？


「ぼくが思い出したのは、つい最近だ。せいぜい一週間ぐらい前、かな。」
「そっ、そうかぁ……。」

彼からの問い掛けに、ぼくは肯定も否定もしない。
彼が確認したかった内容に対して、正確には答えていないが嘘でもない。
彼はぼくが……アドルと名乗るぼくの中身が、里村の友人である世野悟なのかどうかを、知りたがっていると分かりながら。
ぼくは世野悟だよ、とは言わない。

「それで、里……。里村でいいんだよね？　……いつから里村、なんだ？」

ぼくは、「リウイは…」という言い方を避けた。
わざとリウイの名前を出さずに、里村の名前だけを呼んだ。



彼が確認したいように、ぼくも確認したい。
リウイと名乗る彼の中身が、里村なのかどうかを。
ぼくの方は、彼に誤解させるような言い回しをしたくせに。

狡い事をしているのは分かっている。
それでもぼくは、自分の中身が誰かを明かす前に、彼が里村なのかを確認したい。


彼の答えによっては、ぼくは、もっと狡い事をするつもりでいた。