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第二章 入学試験を受ける前まで戻って
23 再開の誤差
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僕が戻って来たのは、学園の特待生試験を受ける日の、1ケ月も前の過去だった。
死ぬたびに人生を繰り返してる僕だけど、こんなに遡ったのは初めて。
いつもは入学式の前。もう入寮した後が再開地点なのに。
目覚めてから2週間。
毎日が忙しくて、前回の人生なんか思い出してる暇は無いのに……。
毎日が少し辛くて、僕はつい、前回の思い出を振り返ってしまう。
あの後、リュエヌ様は助かったのかな。
アルファルファ様はちゃんと文句を言えたのかな。
王子殿下は。僕のために何かを、思ってくれたかな。
それから…………僕の、赤ちゃん……。
「…ゆめ……。」
変な夢を見た所為で寝起きは最悪。
せっかく前向きに、王子殿下への思いを諦めようって気持ちになれてたのに、それを蒸し返すような……忘れるなよって、そう言われてるような夢を見ちゃうなんて。
これが未練って言うのかな……。
それにあの頃の……ユアは。
あんなに馴れ馴れしくて、図々しくて、ハキハキしてて、元気で、強くて、……あんな風に屈託なく笑ってたんだね。
今の僕とは最も遠い存在みたいで、変わり果てた自分にガッカリしちゃいそう。
「起きなきゃ……。」
いつまでもグズグズしてたって仕方ない。
今日も朝早くから夜まで働かなきゃいけないんだから。
ペチッと両頬を軽く叩いて、寝床から出た。
部屋の大部分を占領してるベッドはかなり古い。脚が折れちゃって、寝る部分を床の上に直置きしてる状態。
狭くて薄暗い部屋は建物の隅っこにあって、壁の高い位置に小さな窓があるだけ。
照明になる物は小さなランプ。
学園と同じ都内にある、都会の孤児院。
それが今、僕が暮らしてる場所。
僕が元々暮らしてたのは、この国じゃない。隣国にある孤児院だった。
隣国と言っても、かなり国境近くだけど。
そこがモンスターの群れで崩壊して、孤児のみんなが各所に散り散りにならなきゃいけなくなったとき。僕は学園の特待生制度を聞いて、隣国に移ることを選んだんだ。
どうしてそんな選択をしたのか、覚えてない。
誰かに勧められたような気もするけど、それも覚えてない。
この国では、孤児院で面倒見て貰えるのは基本的に、16歳になるまで。
だから本来なら、既に16歳を超えてる僕は、孤児院に入れる資格は無い。
だけど特別に、学園に入学するまでの短期間って条件で、入れて貰えたんだ。
……誰かの斡旋だったような。
ダダダダダンッ! ダダダンッ!
「ユアっ! ユア、寝てンのかっ!」
「あ、…っお、起きてますっ。起きましたっ。」
乱暴にドアを連打する音と怒鳴り声に、僕は慌てて返事をした。
すぐに返事をしないと、中に入って来て髪の毛を引っ張られるんだ。
保護年齢を超過してるのにここで寝泊まりするんだから、保護されてる子供達より、ここに勤めてる大人達より、僕は働かないといけないんだ。
「今日は朝から忙しいんだ! 言っておいただろ!」
「すっ…すみませんっ。」
朝から忙しい……なんて話は言われてなかった。
だけどそう言い返したら、余計に怒らせて、殴られるだけ。
本当に伝えてあったかどうかなんて、関係ないんだから。
「さっさと着替えて、降りて来るんだっ!」
「はいっ、すぐに行きますっ。」
ダンッ、ダンッ、ダンッと苛立った足音が遠ざかって行く。
僕は急いで服を着替える。手が震えてた。
この時点に戻ったのは初めてだけど、1回は体験した過去のはずなのに。
こんなに大変だったのかって、自分でも驚いてる。
階段を駆け下りて1階へ。
「おはようございますっ。」
「遅いいっっ! まずは洗濯だ、今日は多いからなっ!」
さっそく水仕事を言い渡され、大量の布製品が入った桶を抱えて水場へ。
本当に量が多くて、水場に運ぶだけで3回も往復した。
何となくだけど、普段は全然洗ってない物もある分、多いような気がする。
頑張って、必死にゴシゴシして。
洗い終わった物を庭で干してる最中、副院長が近付いて来るのが見えた。
僕はなるべく、仕事に集中してて気付いてない振りをする。
「ユア…くぅ~ん。キミはなぁにを、しているのかねぇ~?」
でも当然、そんなのは無駄な足掻きで。
副院長は僕の正面に回り込んだ。
「そんな風に遊んでて…それでぇ、特待生試験に受かるのかねぇ?」
「ぁの、これは……お、お手伝いを…」
「キミぃ~? ここに来た際の条件をぉ、忘れたのかね~? 余計な真似をする、ヒマがあったら……勉強しなさい、勉強をぉ~。」
こうやって僕が働いてると、副院長は勉強するよう叱りに来る。
僕に働くよう言い付けたのも、同じ施設の従業員なのに。
……でももう、こんな状況にも慣れちゃった。
「すみません。これが終わったらすぐ…」
「もし奨学金が貰えなかったら、キミぃ~? それなりに対応させてもらうよ~?」
特待生になったら貰える奨学金を、孤児院に渡す契約をしてるんだ。
ここに入ってから、そんな契約をさせられた……気がする。
目覚めたときにはその時期を過ぎてたから、今の僕にはどうしようもない。
いつもと再開のタイミングが少し違うだけなのに、僕はとても疲れてしまっていた。
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