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1章 憧れのゲームの世界へ

2話

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 焔が自室に戻ると、いまだに舞依はベッドの上で眠り続けていた。
 さすがに時間も時間なので、そろそろ起きてくれないと困る。

「お~い舞依~、起きてくれよ~」

 焔は舞依に声をかけながら、そのぷにぷにほっぺにツンツン攻撃を仕掛ける。

(我が妹ながらなんというやわらかさだ、癖になるんだよな……)

「うう……」

 しばらくしてようやく舞依がぼんやりと目を覚ます。

「おはよう舞依」
「あ、お兄ちゃんおはよ~」

 舞依のふにゃっとした笑顔にドキッとしながらも、焔は一応兄として注意をしておく。

「あのな、いつも言ってると思うけど、あんまり寝てるところに潜り込んだりしちゃダメだぞ」
「え~、だって一人は寂しいもん」

「じゃあ仕方ないな」
「えへへ」

 焔は妹に超甘いのだった。

「それで、俺になにか用事でもあったのか」
「あ、そうそうこれこれ!」

 舞依はスマホを取り出すと、画面に何かを表示して焔に見せる。
 それはゲームの公式サイトのようだった。

「新しいゲームか? これがどうしたんだ?」
「ふふん、これはね、ただのゲームじゃないんだよ。なんとフルダイブ型のVRゲームなんだ!」
「マジか!」

 焔はフルダイブゲームなんて、マンガやアニメの話だと思っていたが、ついに現実に登場する日がきたというわけだ。
 技術の進歩は早いものだった。

「それでねお兄ちゃん、初めてのフルダイブで、なんかちょっと怖いから一緒にやってくれないかなって思って……」

 舞依は少しモジモジしながら焔にお願いをする。
 妹のことが大切な焔にとって断る理由はなかった。

「舞依の初めてを俺がもらっていいんだな?」
「え? うん」

「そうか、俺も初めてのフルダイブを舞依にささげることができてうれしいよ」
「うん、うん?」

 どこかかみ合っていない焔の言葉に首を傾げる舞依。
 その様子もかわいくて、ついに焔が動き出す。

「それじゃあ、いただきま~す」

 焔は舞依に抱きついて布団に押し倒し、そして平らな胸元に顔をフルダイブする。

「きゃ~!」

 舞依は悲鳴をあげながらも、どこか嬉しそうにしていた。
 そんなじゃれあいを日常的に行っている仲良し兄妹なのだ。

「よ~し、お次はこっちへフルダイブしてやるぞ~」
「そっちはまだダメ~!!」

 舞依は焔がこれからしようとしたことに気づいて、慌ててスカートを抑える。

「む~、お兄ちゃん調子に乗りすぎ!」
「そうか、残念だが仕方ない。続きは明日にしようか」
「早すぎだよお兄ちゃん!」

 妹想いの焔は、舞依が本気で嫌がっていることはしないのである。
 その後、自分はいったい妹相手に何をしているんだと、急に冷静になった焔は脱線した話を元に戻した。

「それでそのVRゲームとやらはどうやってプレイするんだ? 専用機器とかいるんだろう?」
「これ!」

 舞依がポケットから取り出したものは、黒く少し小さめのアイマスクのようなものだった。

「アイマスク? もう一回寝ろと?」
「ちがうよ、これで新しいゲームをやるの」
「これで? なんだ目隠しプレイか?」

 再び焔の欲望に火がつきそうになるが、舞依のジト目を見て自分の感情を抑える。
 とりあえずそのアイマスクを受け取ると、舞依はもうひとつ同じものを取り出した。

「あ、ごめん、こっちだった」

 舞依はそう言ってスカートのポケットから何かを取り出して焔に渡す。
 それを受けとって広げてみると、あらびっくり。
 なんとそれは黒いパンツのようではありませんか。

 しかもほんのりと人肌で温まっており、そしてほんのりと舞依の香りがしないこともない。

「舞依、これはパンツか?」
「ち、違うよ! よく見て」

「よく見てもパンツなんだが……」
「違うの! ヘッドギアなの!」

 ヘッドギアというのだから頭に装着するのが正しいのだろう。
 しかしさすがの焔も、どう見てもパンツにしか見えないそれを、頭に装着する勇気までは持ち合わせてはいなかった。

 焔が戸惑っていると舞依も白いパンツを取り出して広げ始める。

「あの……、舞依ちゃん?」
「もうお兄ちゃん、ちょっと見ててね」

 そういうと舞依はその白いパンツを頭上へと運び、そして。
 ……装着した。

「どう! ちゃんとヘッドギアだったでしょ!」
「どう見てもパンツだよ! 舞依ちゃん、それはないわ~」
「む~」

 焔がしつこくからかい続けていると、ついに舞依が涙目になってぷくっと頬を膨らませた。
 この表情が可愛くて、焔はついついやりすぎってしまったりする。

「もういい! お兄ちゃんなんか嫌い!」
「ごめんなさ~い!! 全然パンツなんかじゃないです! ヘッドギアです! 嫌いにならないでください~!!」

 舞依がプイっとそっぽむいてしまう。
 こうなると立場は逆転し、焔はすかさず舞依の視線の先へスライディング土下座をかます。

「本当に反省してる?」
「はい、多分」

「多分?」
「いえ、本気で反省しております」

「じゃあ、プリンアイス食べたい、それで許してあげる」
「よし、じゃあ今度出かけた時に食べに行くか」

「うん!」

 舞依は大好きなプリンアイスの約束を取り付け、上機嫌に戻った。
 実のところヘッドギアはほんの少しパンツに見えるくらいだったのだが、焔は舞依とじゃれあう時間が大好きなので冗談を言い続けていた。

 だがそれで嫌われてしまっては元も子もない。
 なので舞依の大好きなプリンアイスという切り札を使って仲直りするのである。

 さて、改めて焔は黒いパンツ……、いやヘッドギアを広げてみる。
 本当のところ焔はヘッドギアというのがどういうものを指すのかあまり理解していなかった。

 ヘッドギアの中にはいろんなセンサーのようなものがついていて、ただの衣料品ではなくて確かに電子機器のようだ。
 そして端の方にメーカーのロゴを見つけた。

 それは『HIMIKO』という名前で、最近よく見かけるようになったメーカーだ。
 名前からすると日本メーカーだろうと言われているが、詳しいことは不明。

 しかし、圧倒的にコスパのいい製品を販売していて、スマホの国内シェアを7割以上奪っていると聞いたことがある。

 さらにそこにプリインストールされているメッセージアプリも開発していて、使っていない人を見つけるのが大変なくらい人気になっている。
 ただの通信手段としてだけでなく、ゲームやショッピング、決済サービスまでこのアプリで完結できるようになっているのも要因だろう。

 そして今回の新製品がこのVRヘッドギアとフルダイブ型VRゲームいうわけだ。
 ゲームの公式サイトによると、スマホやアプリとも連携をし、サービスを一体化させていくようだ。

 コンセプトは『ゲームの世界が新しい生活空間になる』と書かれている。
 そしてどうやらこのVRヘッドギアは単独で機能するようだ。

 ゲームの中で生活する、それは焔にとって夢のような状況だった。
 舞依に付き添う形になっているが、もしかすると焔の方がわくわくドキドキしているかもしれない。

 しかしこのゲーム、今はベータテスト前となっている。
 そしてその開始日がなんと今日だ。
 つまり舞依が一緒にやってほしいと言っているのはベータテストということになる。

「なあ舞依、これってベータテストだよな? 俺は参加資格とかあるのか?」
「ああ、それなら大丈夫だよ。なんかね、提携してる他のメーカーのゲーム成績がいい人に声をかけてるみたい」
「え?」

 確認すると、舞依と焔がやりこんでかなり上位までランクインしたゲームが、提携ゲーム一覧の中にあった。
 これのおかげで今回参加できることになったわけだ。
 なんだか監視されているようで、いい気分ではないなと焔は感じていた。

「このヘッドギアもわざわざ送ってきてくれたんだよ。なんだか本気っぽいよね」
「マジか、どんだけ金かけてるんだ」

 まさか参加者全員にデバイスを配っているのだろうか。
 いったい何人に声がかかってるのかわからないが、相当な力の入れようだ。
 逆に心配になるほどだが、ゲームの方はかなり期待できるのではないか。

 焔はますます楽しみになってきていた。
 しかし今さらながら、舞依が不安に思う気持ちも理解できた。
 フルダイブ中、恐らく現実の自分たちは寝ているような状態になって完全に無防備になる。

 それはまあ睡眠中と同じとしても、途中で通信が切れたらどうなるのかなど、不安なことはたくさんあるし、そのあたりの説明もない。
 だがそれ以上に焔には仮想世界が楽しみで仕方がなかった。

「それじゃあさっそくやってみるか」
「うん!」

 焔はさっそくヘッドギアを頭に装着し椅子に腰かけた。

「あ、お兄ちゃん、そっちじゃなくてベッドで横になろうよ」
「うん? ベッドなら舞依が使っていいぞ」
「うう~、隣にいて欲しいの~」

 その言葉を聞いて焔は、舞依がフルダイブを怖がって誘いに来たのを思い出す。
 焔はすぐに椅子から立ち上がり、ベッドの上に戻っていった。
 そして横になると、舞依もすぐ隣に寝っ転がってくる。

「手、つないでていい?」
「ああいいよ」

 舞依の左手が焔の右手をしっかりと握りしめる。

「えっと、これはどうやったら起動するんだ?」
「右耳の上あたりにボタンがあるみたいだよ」

「ほう、俺の右手はふさがってしまっているな」
「じゃあ私が押してあげるね」

「おう、頼むわ」

 舞依は焔のヘッドギアのボタンを押すと、すぐに自分の分も起動させる。
 すると意識がふわっとした妙な感じがした後、強烈な睡魔のようなものが襲ってきた。

 少しの間だけ目の前が真っ暗になった後、少しずつ視界が広がっていく。
 そしてその目に映ってきたものは、さきほど公式サイトでみたような美しいゲームの世界だった。
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