67 / 159
第一章 移住編
幕間4. ある側近の半生
しおりを挟む
「ファビアン様、全てご指示通りに事が運びましてございます」
「ご苦労だった。謝礼金はここに」
「ありがとうございます」
「しかし、少しやりすぎではなかったか?ラングラルの密偵が探りを入れてきている。お前はしばらく姿を隠した方がいい」
「それにつきましては、こちらにも色々と事情がありまして……。ご助言通り、しばらくの間は他国へ参ります。またご用命の際はお呼び下さい」
そう言って、目の前の男はするりと去っていった。
配下の者から、あの男を紹介されたのはいつだったか。フェルテ国から来たと言っていたが、本当かどうかは分からない。マルセル・ドラノエという名前もどうせ偽名だろう。
だが、あの闇商人は存外使い勝手が良い。今回も良い仕事をしてくれた。
ラングラル全土まで病を広げたのは正直、行き過ぎかと思うが。他にも顧客がいて、俺の依頼と抱き合わせで引き受けていたというところか?……喰えない奴だ。
俺の生家は子爵家だ。
自分で言うのものなんだが、俺は幼い頃から優秀だった。家庭教師からは神童と称されたほどだ。
しかしこの世界は、身分が全てだ。
学園の中ですら、爵位の高い家の子息が幅をきかせている。子爵家に過ぎない俺は、底辺に近い扱いを受けた。
成績の良い俺が生意気だと、殴られたこともある。勿論、教師は見て見ぬ振りだ。
相手の爵位が上である以上、泣き寝入りするしかない。と、普通ならそう思うだろう。
そのような平凡な輩と、俺を一緒にしないで欲しい。
俺は殴ってきた男子生徒に関する、とある情報を学園の生徒たちへ流した。もちろん、出所は分からぬように。
ほどなく、奴が実家から勘当されたという噂を耳にした。
その男子生徒は足しげく娼館に通っていたのだ。貴族子弟の娼館遊びくらいは、よくあることだ。だが奴は、娼婦相手に特殊な遊びをしていたらしい。その噂が婚約者の令嬢にまで届き、婚約を破棄されたのだ。令嬢の実家である侯爵家の怒りを恐れ、奴は実家から切り捨てられたのだ。
俺を阻害する生徒が現れる度に、同じように情報を駆使して追い落とした。
なぜ学生に過ぎない俺に、そのようなことができたのか。
俺は孤児院から頭の良さそうな孤児を見繕っては、我が家へ引き取り行儀作法を教え込んでいた。その後、色々な業種の下働きとして送り込んでいたのだ。
服屋、宿屋、鍛冶屋、娼館……。
彼らは孤児院から救い出してくれた俺に感謝し心酔し、様々な情報を与えてくれた。
貴族といっても、その生活を支えているのは下々の平民だ。学園を卒業する頃には、俺の情報網は蜘蛛の巣のように王都中へ張り巡らされていた。
学生最後の年、テオフィル王太子が俺に声をかけてきた。側近にならないかと。
俺は狂喜した。次期国王の側近となれば、いずれは国政へ関わる重鎮になることも可能だろう。
しかし、国王は俺を第二王子マティアスの側近に抜擢した。
あまり賢くない王子だという評判は耳にしていた。
最初はそれも良いかと思った。愚かな主君なら、逆に御しやすいだろう。
神輿として担ぎ上げ、王位に付けさせて俺が陰で操るのもいいかもしれない。
だがマティアス王子は、想像以上に阿呆だった。執務はほぼ全て側近に押し付け、少しでも逆らえば殴ってきた。
テオフィル王太子は俺の扱いに憤慨し、何度も国王に談判してくれたらしい。だが、マティアス王子に甘い国王は聞き入れなかった。
このまま、この阿呆のお守りで一生を終えるのか……?
そんなことは、あってはならない。俺は、もっと大きなことを成す人間のはずだ。
俺はテオフィル王太子と共謀し、マティアス王子を罠に嵌めた。
女に溺れ、国王の決めた婚約を勝手に破棄した王子は王族から除籍された。
テオフィル王太子はこれで安心と思っていたようだが、それでは甘い。
自暴自棄になった愚か者など、何をしでかすか分からない。
そして、その尻ぬぐいをするのは王太子であり、その部下である俺だ。
だから、俺はあの闇商人に依頼した。
罠を張り、今度こそあの阿呆王子が破滅するように。
あれだけのことをしたのだ。もはやハラデュールへ生きて戻ることはできまい。
巻き添えを喰らったラングラルの国民は、少々気の毒ではあるが。
いや、嘘は良くないな。
俺の範疇外で何が起ころうが、全く心は痛まない。
俺はどこかが壊れているのかもしれない。
だが、優れた業績を残す者は、どこかしら壊れている所があるものだ。
「ご苦労だった。謝礼金はここに」
「ありがとうございます」
「しかし、少しやりすぎではなかったか?ラングラルの密偵が探りを入れてきている。お前はしばらく姿を隠した方がいい」
「それにつきましては、こちらにも色々と事情がありまして……。ご助言通り、しばらくの間は他国へ参ります。またご用命の際はお呼び下さい」
そう言って、目の前の男はするりと去っていった。
配下の者から、あの男を紹介されたのはいつだったか。フェルテ国から来たと言っていたが、本当かどうかは分からない。マルセル・ドラノエという名前もどうせ偽名だろう。
だが、あの闇商人は存外使い勝手が良い。今回も良い仕事をしてくれた。
ラングラル全土まで病を広げたのは正直、行き過ぎかと思うが。他にも顧客がいて、俺の依頼と抱き合わせで引き受けていたというところか?……喰えない奴だ。
俺の生家は子爵家だ。
自分で言うのものなんだが、俺は幼い頃から優秀だった。家庭教師からは神童と称されたほどだ。
しかしこの世界は、身分が全てだ。
学園の中ですら、爵位の高い家の子息が幅をきかせている。子爵家に過ぎない俺は、底辺に近い扱いを受けた。
成績の良い俺が生意気だと、殴られたこともある。勿論、教師は見て見ぬ振りだ。
相手の爵位が上である以上、泣き寝入りするしかない。と、普通ならそう思うだろう。
そのような平凡な輩と、俺を一緒にしないで欲しい。
俺は殴ってきた男子生徒に関する、とある情報を学園の生徒たちへ流した。もちろん、出所は分からぬように。
ほどなく、奴が実家から勘当されたという噂を耳にした。
その男子生徒は足しげく娼館に通っていたのだ。貴族子弟の娼館遊びくらいは、よくあることだ。だが奴は、娼婦相手に特殊な遊びをしていたらしい。その噂が婚約者の令嬢にまで届き、婚約を破棄されたのだ。令嬢の実家である侯爵家の怒りを恐れ、奴は実家から切り捨てられたのだ。
俺を阻害する生徒が現れる度に、同じように情報を駆使して追い落とした。
なぜ学生に過ぎない俺に、そのようなことができたのか。
俺は孤児院から頭の良さそうな孤児を見繕っては、我が家へ引き取り行儀作法を教え込んでいた。その後、色々な業種の下働きとして送り込んでいたのだ。
服屋、宿屋、鍛冶屋、娼館……。
彼らは孤児院から救い出してくれた俺に感謝し心酔し、様々な情報を与えてくれた。
貴族といっても、その生活を支えているのは下々の平民だ。学園を卒業する頃には、俺の情報網は蜘蛛の巣のように王都中へ張り巡らされていた。
学生最後の年、テオフィル王太子が俺に声をかけてきた。側近にならないかと。
俺は狂喜した。次期国王の側近となれば、いずれは国政へ関わる重鎮になることも可能だろう。
しかし、国王は俺を第二王子マティアスの側近に抜擢した。
あまり賢くない王子だという評判は耳にしていた。
最初はそれも良いかと思った。愚かな主君なら、逆に御しやすいだろう。
神輿として担ぎ上げ、王位に付けさせて俺が陰で操るのもいいかもしれない。
だがマティアス王子は、想像以上に阿呆だった。執務はほぼ全て側近に押し付け、少しでも逆らえば殴ってきた。
テオフィル王太子は俺の扱いに憤慨し、何度も国王に談判してくれたらしい。だが、マティアス王子に甘い国王は聞き入れなかった。
このまま、この阿呆のお守りで一生を終えるのか……?
そんなことは、あってはならない。俺は、もっと大きなことを成す人間のはずだ。
俺はテオフィル王太子と共謀し、マティアス王子を罠に嵌めた。
女に溺れ、国王の決めた婚約を勝手に破棄した王子は王族から除籍された。
テオフィル王太子はこれで安心と思っていたようだが、それでは甘い。
自暴自棄になった愚か者など、何をしでかすか分からない。
そして、その尻ぬぐいをするのは王太子であり、その部下である俺だ。
だから、俺はあの闇商人に依頼した。
罠を張り、今度こそあの阿呆王子が破滅するように。
あれだけのことをしたのだ。もはやハラデュールへ生きて戻ることはできまい。
巻き添えを喰らったラングラルの国民は、少々気の毒ではあるが。
いや、嘘は良くないな。
俺の範疇外で何が起ころうが、全く心は痛まない。
俺はどこかが壊れているのかもしれない。
だが、優れた業績を残す者は、どこかしら壊れている所があるものだ。
応援ありがとうございます!
1
お気に入りに追加
97
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる