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第二章 試験編

幕間8. 砂上で蠢くモノ

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「ただいま戻りました、父上」
「うむ」

 向かいに座るデルーゼ国王、つまり僕の父上が鷹揚に答えた。横にはべった女が手にしたウチワで父上を扇いでいる。
 ええと……あれは第17夫人、いや第19夫人だったっけ?最近、父上がお気に入りの側室だ。

 父上の好みは、目がぱっちりとしていて胸の大きい女性だ。僕の母上もそうだけど、他の側室たちも似たようなタイプなので覚えきれない。
 まあ、単に僕が興味無いから覚えられないだけかもしれないけどね。

「エルヴスはどうであった。ゼナイドは大事にされておったか?」
「はい。夫のシニャック公爵とはとても仲が良い様子でした」
「それは重畳。エルヴス側は約定を守っているようだな」

 デルーゼでのみ算出される油石は、火を起こす原料としてどの国も欲しがる。大国エルヴスとの取引はこちらにも利があるけれど、両国の橋渡しの証である姉上が粗略に扱われるようなら、父上は輸出停止も辞さないだろう。我がアシャール王家を低く見る者には容赦をしない人なのだ。

「お前を襲った狼藉者とその一派はすべて処刑した。怪我がなかったのは幸いだ。旅の精霊士とやらに助力を得たらしいな?」
「はい!その件をお話ししたくて」

 僕はアニエスの事を話した。彼女がラングラルから来たこと、小精霊士スート・マスターを目指していること。

「彼女を我が国へ招いてもいいでしょう?国賓として」
「お前が恩を受けた相手だ。個人的に招くのは構わんが、それほどの扱いをする必要があるか?礼状と、何かしらの品を送っておけば良いだろう」

 それじゃ駄目だ。
 アニエスはラングラルの王子と婚約したと聞いた。デルーゼへ正式に招待して、僕の方が王子として上だってことを見せつけてやるんだ。その変わり者とやらの婚約者から、アニエスを救いたい。

「彼女の師匠はシャンタルっていう、大精霊士アルカナ・マスターなんです。噂ではすっごい美人らしいですよ。アニエスと一緒に招待したら如何でしょう」
「ほう。その名は聞いたことがある」

 父上が身を乗り出した。

「ふむ。大国といえど、大精霊士アルカナ・マスターを保有している国は少ない。我が国へ招致できればかなりの利になるな」
「でしょう?」

 よし、手応えありだ。
 父上は美女に目がないからなあ。シャンタル大精霊士の名を出したのは正解だった。


 陛下ちちうえの元を辞した僕はホクホクと廊下を歩いていた。
 アニエスが来たら、盛大に歓迎の宴を開くんだ。服も宝石も、美味しい食べ物もたくさん用意しよう。ラングラルなんて小国より、僕のところにいる方が豊かな暮らしができるって気付かせなきゃ!

「イヴォン様」
「ん?ああ、シビーユか」

 話しかけてきたのは僕の婚約者たちだった。どれも家臣の娘で、その中でも大臣の娘であるシビーユは婚約者筆頭である。

「道中賊に襲われたと聞いて、気が気ではありませんでした。ご無事なお顔を拝見できて嬉しゅうございます」

 さも心配しましたと言いたげな表情が、逆に苛つく。媚びているのが見え見えなんだよ。

「用はそれだけ?」
「よろしければ、旅の話などお聞かせ頂きたく。お茶と、殿下のお好きなお菓子も用意してございます」
「断る。お前たちに話すことなんか無いよ。僕は母上のところに行きたいんだ」
「まあ……」

 シビーユとその後ろの婚約者たちが、泣きそうな顔になった。本当に鬱陶しい。いい気分だったのに、台無しじゃないか。

「イヴォン。婚約者に対してその態度はなんですか」
「母上」

 騒ぎを聞きつけたのか、母上が顔を出した。「後でそちらへ行かせますからね」と婚約者たちをなだめ、僕を自室へ招き入れる。

「ねえ、イヴォン。女性にはもう少し優しく接しなければ駄目よ。陛下はどの側室にもお優しいわ。立派な殿方とはそうあるべきなのよ」
「だって、あいつらはいっつも僕につきまとってくるんだもの。他に楽しみは無いのかって思うくらい」

 口を尖らせた僕に、母上は優しく話しかけた。

「彼女たちは貴方を慕っているから、寵を得ようと必死なのよ。さ、もう機嫌を直しなさいな。ちょうどマルシャンが来ているの。何でも好きなものを買ってあげるわ」
「えっ、マルシャンが来てるの!?」

 マルシャンは最近王宮へ出入りするようになった商人だ。若い頃は他国を周遊していたとかで、珍しい話をたくさん知っている。持ってくる品も他の商人とは一風変わっていて、僕のお気に入りだ。

「お久しぶりでございます、イヴォン様」
「マルシャン、久しぶり!早速だけどさ、若い女の子が喜びそうな品はない?」
「婚約者様に贈り物ですかな?」
「ううん。旅先で出会った娘なんだ。ラングラルから来た精霊士でね。ちょっと変わった品の方がいいと思うんだよ」
「ほほう、ラングラルの精霊士?それは興味深い」

 マルシャンの目が光った。

「聞きたい?」
「はい、殿下がお嫌でなければ是非」

 興味津々のようだ。商売ネタを探してるのかもしれない。なかなかの遣り手商人だからね、こいつは。
 僕は喜々として、彼へアニエスの話をしてやった。



 
※ 次回更新より、第三章 砂漠の花嫁編を開始します。
 
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