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白薔薇は対峙する2

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 ローがどうしているか気になって振り返ると、舞い散る薔薇の花を面白そうに見ている。わたしの視線を感じたのか、こっちを見ると優しく微笑んだ。

 怒ってはいない。

 予定通りの行動ではないのだけれど、わたしが戦いの場に出ないことのほうがローには重要なのだと理解してほっとする。何よりもわたしの身を案じているのだから、当然と言えば当然だけど。

 もう一度詠唱をして、さっき検知した埋め込んである魔法の上に目くらましで出来た篝火を置いていく。

「兄様のお手をお借りしても?」

 にこっと微笑んでフロド兄様を見る。びっくーんと飛び上がったフロド兄様がささっと手を引っ込めた。どさくさに紛れて触ろうとしてたらしい。

 勝手に髪に触ろうとしてたんだね。全く困った兄様だ。
 じいっと見ていると、おどおどと視線がそれる。

「兄様?」
「も、もちろんだよ。メリー!」

 びくりと肩を震わせたフロド兄様がごまかす様に大きな声を出した。

「では、兄上の炎魔法であの篝火に火を。出来れば派手な演出で、エルフの魔導師の長たる兄上の実力をメリーと観客に見せてくださいませ」

 挑戦するように言うと、一瞬真顔になった兄様が面白いというように微笑んだ。微かに濃くなった緑色の目だけが、兄上が本気になったと教えてくれる。

 ふわっとあがった指先。始まった詠唱に目を見開く。

 これはこれは……観客は驚くことになりそうだ。

 次々と篝火がターゲットされて、その数だけの火の玉が空中に浮いて空でぐるぐると絡み合う。絡み合う火の玉は赤の中に蒼を孕みながら収縮されていく。ドラゴンの鱗をも貫く紅蓮の矢。熱を収縮させて高温にすることで、貫通力を上げる炎系の上級魔法だ。

 兄様の指が鳴る。

 一斉に空から炎の矢が降ってきて、篝火を貫く。

 呪文自体は究極レベルのものではないけれど、エルフの魔道を極めた者の上級魔法はそれに近い威力を持っている。

 まあ、魔物の巣に裸足でスキップしながら入るような人だしね。

 これでは下に仕掛けたまじないはひとたまりもないだろう。作戦成功。さすがはわたし。

「お見事です。兄様」

 にっこり笑ってあげると、兄様が褒められた感動に、ぷるぷるし始める。いや、そういうのはいいからね?

 会場全体にもう一度めくらましをかける。篝火に照らされた白薔薇が炎の灯りでじわじわと赤く染まっていく。ひらひらと舞う花びらも真っ赤に染まった。

 すうと息を吸い込むと、ルーカス王の治世を讃える歌を歌う。完璧な歌声がその場に響くと、皆立ち上がってその声に声を重ねた。大合唱の響く中、もう一度風が舞い、真っ赤に染まった花びらが会場にふりそそいだ。花びらは人に触れると消えて行く。

 歌いながら王に目を移すと、とっくにわたしが何をしたのかに気づいた王が冷たく微笑む。

 とっておきの作り笑いを陛下と父上に向けた。

 父上の様子がなんかちょっとおかしいね。本当は飛んで来て、抱きつきたいの堪えてるよね。にやつくのか厳しい顔するのかはっきりして欲しいんだけど。
 めくらましの消えた闘技場のあちこちから煙が立ち上っていた。うん、魔法の反応はきれいに無くなっている。何が仕掛けてあったにしても、今この場からはきれいさっぱり消えたってことだ。

 歌の終わった会場が静まり返る。


「陛下の治世の安らかに永く栄えんことを」


 腕を大きく開いて、優雅にお辞儀をする。会場から歓声と拍手が沸きあがった。口々に人々が陛下の名前を連呼する。

 するりと立ち上がった王が、人々の歓喜の声に応えて手を振った。
 ひとしきり歓声に応えた王が、静まるようにと手を軽く振ると、闘技場が静まり返る。

「善きものを見せて貰った。エルフの美しき王子メリドウェンよ。そなたが争いを好まず、また知己に長けた存在であることは妖精王の喜びであり、それを預かる余の誇りである。また、エルフの魔道師たるフロドウェン殿の魔法もまた見事であった。妖精の国が人の国と手を取り合い、共に栄えん事を祈ろう」

 ルーカス王が優雅に手を叩く。会場からどっと歓声と割れんばかりの拍手が沸き起こった。優雅な笑みに冷たい緑の瞳。さすがは王だよね。簡単には嫌な顔はしてくれないらしい。兎にも角にも、見事に目的は果たしたわけだから、よしとしよう。

「兄様。ありがとうございます」

「メリーの役に立てて嬉しいよ」

 ああんと抱きつこうとした腕をすり抜けて、ローの元に向った。最後は小走りになったわたしに手が差し伸べられて、手が触れると軽々と身体が宙に舞う。

 抱きしめる腕に艶やかに微笑むと、ローが激しいキスをする。

 いろんな人の悲鳴が聞こえる気がするけど、気がする程度だからほっておこう。銀色の愛に輝く目がわたしの瞳をのぞきこむ。

「俺の白い薔薇。あなたは本当に素晴らしい」

「棄権しちゃったのに?」

「あなたほど美しく試合を投げれる人間を俺は知りません」

「ローのメリーはかっこよくないといけないとは思わないかい?」

「かっこよくてもよくなくても、あなたは俺の誇りです」

 愛に満ちた眼差しにきゅーんってなっちゃうんだけど。

「愛してるよ」
「俺もです」

 囁きあってもう一度キスを交わそうとしたら、不機嫌そうな声に邪魔された。

「お前ら陛下の御前でいいかげんにしろ」

この声は……。

「邪魔しないでよ。パトリック」

「お前らがいちゃいちゃしていると、俺の試合が始まらんだろうが」

 舌打ちをすると、しぶしぶローから離れた。

 パトリックは学園の騎士見習いの正装をしていた。鎖帷子に学園の紋章を模した胸当てと黒いマントを堂々と羽織った姿、短い金髪の下に青い瞳が冴え冴えと輝いている。見習いとはほど遠い姿に会場からため息が漏れる。

 腰に刺した幅広の長剣が揺れた。

「早く着替えて来い」
「はい」

 重々しくパトリックが告げると、ローが微笑んで素早くわたしの頬にキスを残して足早に姿を消す。

「お前があちこちを焼くから、会場の整備に時間がかかる」

 くすぶる地面に開いた穴を数人の生徒が埋めていた。

「焼いたのは兄様だけどね」

「お前がやらせたんだろうが」

「ローに何かあっては困るからね」

「美しいことだ」

 立ち去ろうとするパトリックをぐいっとつかんで物陰に引っ張り込んだ。

「何故黙っていたパトリック」

 一切表情のない冷たい表情のパトリックに食ってかかる。

「なんのことだ?」

「夏休み。わたしが王宮に再三呼ばれた本当の理由を何故言わなかった?」

「陛下の気まぐれの理由を、何故、俺が知っていると思うのか……意味がわからんな」

「昨日、パトリックの部屋にいた人物が誰か知っているよ」

 険しい顔の瞳が微かに揺れる。

「オオカミから聞いたのか」

「中庭で修行をしていて、明け方に人影を見た。いらいらしていたんじゃないのか? 炎を打ち込まれたよ。避けたけどね。正体に気付いて、ローを問い詰めたら教えてくれたんだよ」

「誰にも言うな」

 深みを増した冷え冷えとした青い瞳がわたしを見下ろす。その瞳は口外すれば不愉快なことが起きると警告していた。

「この揉め事は、夏にわたしが王宮に行かなかったことがきっかけなんだろう?」

「そうだとして何が変わる。あの夏のお前の行動をどうにか出来たのか? 恋に狂ったメリドウェンが恋敵の正体を突き止めるのをどうやって邪魔すればよかった?
 俺の事情をすべて話すのか?
 その綺麗な頭が胴体と離れる危険を承知の上でか」

 パトリックが皮肉に顔を歪めて、それから息を吐くと籠手のついた自分の手を見つめた。

「……いや、それは卑怯だな。俺にも行きたくない事情があった。……それ以上は聞くな。知れば知るほど、お前を危険に引き込む事になる。
 お前は厄介なことに首を突っ込みたがるが、これからは余計なことに干渉するな。お前を失ってオオカミが正気を保つと思うなよ」

 パトリックを呼ぶ声が聞こえる。騎士は身を起こすと、厳然とした顔で立った。

「恋に狂うのは……お前だけではない」

「陛下も?」

 パトリックが声を出して嗤う。

「お前は俺に心がないと思いがちだが、俺にだって心はある」

 柄に触れた剣が鎧に当たってからんと音を立てた。

「恋に狂うぐらいの心はな」
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