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第60話
しおりを挟むロバートの、
「いえ。貴女はベイン子爵令嬢ではない!ベイン子爵令嬢は不幸な事故で亡くなったのですから!」
という声に、我に返る。
そうだった…イメルダ様は確か死亡認定がされたと…。
それに対してイメルダ様は、
「あれは…!そう!あの時、馬車が襲われて…。私は命からがら逃げ出したの!でも、その時の衝撃で、記憶を失くしてしまって…!やっと思い出して帰って来たのよ!私は生きていたの!ウィリアム様に会わせて!」
と必死だ。
確か、私が聞いた話では、イメルダ様は他の男性と共に逃げていたと…。
でも、それをこちら側は知りながら隠した。
記憶喪失だったとイメルダ様が主張すれば、もしかすると死亡認定は取り消されてしまうのかもしれない。そうすれば…婚姻無効でもなくなってしまう可能性が…。
私はロバートとイメルダ様との会話を聞きながら、自分の足元がガラガラと音を立てて崩れていくような感覚を覚えた。
「その話が本当なら、何故貴女は此処へ来たんです?まずは自分の家に帰って無事を伝えるべきではないですか?
そして、自分の両親と共に訪ねてくるのが筋というもの。そうではありませんか?」
と全くもって正論を述べているロバートに、イメルダ様はぐうの音も出ないのか、押し黙った。
すると、その静寂の中、『グゥ~ッ』と場に似つかわしくない腹の虫が鳴く音が聞こえた。…イメルダ様の方から。
恥ずかしかったのか、イメルダ様はお腹を押さえて赤くなり、俯いた。
「お腹を空かしていらっしゃるのですか?」
と訊ねる私に、イメルダ様は小さな声で、
「2日程…何も食べてなくて…」
と答える。
よく見ると、ワンピースもどこか埃っぽい。もしかして、彼女はあまりお金を持たずに此処へ来たのかもしれない。
私は、
「ロバート。お食事の用意をして差し上げて?それと、ベイン子爵家に連絡を」
と後ろに控えているロバートへ告げた。
すると、物凄い早さで、
「家には連絡しないで!」
とイメルダ様がすがるような目で私に訴えかける。私は、
「それは出来ません。どんな事情があるのかは知りませんが、亡くなったと思っていた娘がこうして生きている事をご両親にお伝えしない訳にはいきませんから。
…ロバート、お願いね」
と再度ロバートを見ながら言った。
ロバートは、
「…奥様。何故そこまでしなくてはならないのです?」
と小声で私に言う。
その声は何処か非難めいたものだった。
私は立ち上がると、ロバートの耳元で、
「旦那様の大切な方よ?邪険に扱う事など出来ないわ。
食事の用意が出来るまでにお着替えも用意して差し上げて?
私のワンピースが合うかわからないけれど、今のお召し物よりましでしょうから。
それと…旦那様に連絡も」
と言った。
その言葉にロバートは、目を丸くする。
もしかしたら、私が、『旦那様へは知らせないで』と言うのだろうと思っていたのかもしれない。
私は、まだ長椅子に腰かけて俯いているイメルダ様に向かって、
「直ぐに用意させますので、少しお待ち下さい。申し訳ないのですけれど、私はここで失礼させて頂きます」
と言って部屋を出ようとした。
しかしその背中に、
「偉そうに…そこは私の場所よ」
と言うイメルダ様の小さな声が聞こえた。
『そこは私の場所』
その言葉がまるで私を追いかけて来るような恐怖に駆られて、私は急いで部屋を飛び出した。
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