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第8話

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私達の会話を聞いていたセドリックは、

「前侯爵夫人。最近よく劇場に顔を出されていると耳にしましたが…」
と母を見ながら話し始めた。

「流石に前侯爵の意識も戻らぬ内に、夫人が遊び歩くのはいかがなものでしょうね?」
とセドリックは少し馬鹿にした様に言った。

母はサッと顔を赤くする。恥ずかしいと思っているのか…はたまた怒っているのか。

母は、

「夫の事で私が落ち込んでいても仕方ありませんもの。
私まで塞ぎ込めば、この仕事にしか脳のない娘と不祥事を起こした娘しかいないこの屋敷が、益々辛気臭くなってしまいますわ。
私だけでも明るく振る舞わなければ」
と言い訳にすらならないご託を並べて自分を正当化しようとしたが、

「確かに、貴女がこの屋敷に居ようと居まいとオーヴェル家には何の影響もないでしょうね。貴女は…正直、何の役にも立っていない。
クロエはこのオーヴェル家を支えているし、ジュリエッタ嬢はお父上の介護をしていらっしゃる。…で?貴女は?
あぁ…明るく振る舞う…でしたっけ?確かに、それぐらいなら、何の能力もない貴女にも出来そうだ。
しかしですね、貴女のこの屋敷外での振る舞いはオーヴェル家に影響を及ぼす可能性がある。何の役にも立たない能無しなら、せめてクロエに迷惑をかけずに生きてはどうです?
まさか…能無しの貴女にはそれも難しいと?」
と冷たい口調でセドリックは言い放った。

かなりの嫌味だ。

厚顔無恥な母でも、その嫌味には気付いたらしい。顔は更に赤くなった。これは間違いなく怒り…だな。

「公爵だからといって、言って良い事と悪い事があります!不愉快だわ!」
と母はセドリックに言うと、部屋を出て行こうと私達に背を向けた。

セドリックはその背に向かって、

「不愉快なのはこちらの方だ。私達は仕事をしているんですよ。貴女の様な役立たずに構っている暇はないんです」
と言葉を投げた。

その言葉に母は鬼の形相で振り返ったが、セドリックの冷めた眼差しに何も言えなくなったのか、無言で扉を開けて出て行った。

その後ろから何も言えなくなっていた執事が私達に頭を下げて出て行く。

彼は今まで父の言い付け通り、母の我が儘を許してきた。
今さら母をコントロールする事は不可能なのだろう。可哀想だが執事としては失格かもしれない。

2人が去った部屋で私は、

「見苦しい所を見せたわ。ごめんなさい」
とセドリックに謝った。

「お前が謝る必要など1ミリもないだろ。婚約者だった頃から、あの人のお前への扱いは目に余ったが…相変わらずだな」
とセドリックは言った。

婚約者時代にもセドリックは母に、『クロエは次期公爵夫人です。立場を弁えた物言いをしてはどうですか?』と良く苦言を呈してくれた。

「あの人は…ずっと変わらないわ。良くない事が起これば全部他人のせい。良い事が起これば、自分のお陰。
そうやってずっと責任を取らないで生きてきたの。今さらあれを変えられないわ」
と私が諦めた様に言えば、

「いつの日か…トラブルを起こさなきゃいいがな…」
とセドリックは独り言のように呟いた。

その言葉に何故だか言い知れぬ不安が私の心を過った。
しかし、その時の私は、その虫の知らせのような不安に見て見ぬふりをしてしまったのだった。
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