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閑話:社畜サラリーマンの消えた世界01(上司視点)

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その頃、社畜サラリーマンが消えた会社では……、

「ああ。クソっ、どこに行ったんだ……」

冬の寒い日、立花が忽然と失踪した。会社の入り口の監視カメラには立花が外に出た様子は写されていないので会社に居ると考えられたが現在まで行方はようとて知れないまま1か月の時が立ってしまっていた。

俺にとって、立花は部下であり、仕事を押し付けるのに最適な男だったので大変迷惑している。

「課長、これどうすればいいですか??」

困ったように新人の高橋が俺に聞いてきた内容は、さっぱりわからなかった。

しかし、それは俺が課長であり、マネージャーであるのだから作業については現場の人間が把握しているべきことだったので気にせずに、ひとりで黙々仕事をしているもうひとりの部下に声を掛けた。

「田中君」

「なんですか??」

名前を呼ぶと不機嫌そうに返事をされて内心で苛立ちを感じる。

この田中と立花と新人の高橋が俺の部下なのだが、田中はとても扱いが難しいヤツだった。仕事は割と出来るが、自分が正しいと思わない場合、納得するまで仕事を受け付けないような面倒なヤツだった。

だから、何も言わないで都合の良い立花に新人教育は任せていたのだが、立花が居ないなら田中に頼まざるえないのだから、背に腹は代えられない。

「高橋の質問に答えてやってくれないか??」

「それは無理ですね」

考える素振りもなくそう答えた田中は、こちらを見ることもなくカタカタとパソコンのキーボードを打ち続けている。苛々したが、なるべく穏やかに聞き返す。

「無理と言われても、君以外やれる奴がいないだろう??」

「課長は僕の仕事量は把握されてますか??」

やっと手を止めたと思うと田中は、目の前に積まれた書類の山を指さした。

確かに、田中はこの部署の全体業務のをしている。だが、立花も同じ量の仕事をしながら新人教育や急な仕事に対応をしていた。

だから、田中にだってできるはずだ。

「部署の業務の半分程度の仕事だろう。それなら立花も行っていたし、あいつはそれプラス高橋の教育だってしていて……」

「はぁ、課長がマネージャーとしてあまり有能でないのは知ってましたけど、自分が管理すべき部署の業務量や状況を全然把握できてないんですね」

「なんだと!!お前、馬鹿にしているのか!!」

明かに小馬鹿にするような田中の態度に机を叩いて思わず怒鳴ってしまった。おかげで周囲から注目されるが、とうの田中は涼しい顔をしていた。

周りの冷たい視線に、バツが悪くて咳払いをした。

「コホン。状況なら把握している。その上でお前の業務量なら高橋の世話ができると思って……」

「無理ですね。立花さんが居なくなってから、作業系の業務は全て僕が片しているんです。つまり以前の2倍の業務があります。その上で、今日中に片す必要がある書類をすべて処理するのに、残業確定です。その上で覚えが物凄く悪い役に立たない新人の世話なんてしたら、僕は終電を逃します」

きっぱりと言いきられる。田中の言葉で気付いたが、そう言えば新人の高橋は4月に入った新卒だが、2月現在まで独り立ちをしている気配はない。急に自分を見たことに気付いたのか、高橋が複雑そうな顔をする。

しかし、今は高橋は関係ない。田中に業務の話をしているのだから。

「終電がなんだ。今は緊急時なんだから無理なら残業するしかないだろう。立花君だってそうしていたはずだ」

「そういう無理が積み重なって立花さんは失踪したんですよ。僕は給料に見合う程度の働きまではしますが、先ほどおっしゃった内容はそれを明らかに超過してます」

田中の目は完全に俺を軽蔑しきっていた。

その言葉に、立花のことを思い出す。自分が帰宅する時もいつもひとりで会社に残り仕事をしていて、朝だって誰よりも早く出勤していた。

から、その状況が当たり前となっていたが、よく考えたら異常であったことに今更気付いた。

「課長。立花が失踪した日、元々彼は有休を希望していたのを覚えていらっしゃいますか??」

「覚えている。しかし、あいつが休んだら業務が滞るだから難しいと話をした」

田中の言葉にめずらしく立花が休みを取りたいと言ったのを思い出した。

(そう言えば、珍しく何回か休みたいと打診されたな……すべて突っぱねたが)

ですか、僕からしたらあれは完全に脅しレベルでしたけどね。課長、それパワハラって自覚ありますか??有休は労働者の権利です。確かに繁忙期などは難しい場合は時期の変更について打診できますがうちのチームの場合いつだって同じ状況で改善される見込みもなく代わりの有休日程も明示されない」

「……何が言いたいんだ??」

気付いた時には、田中の胸倉をつかんでいた。しかし田中の表情は変わらない。

、ずっとお話していた通りでしたでしょう??」

そう俺には見えない背後の人物に田中が話しかけた。その言葉にスッと血の気が引いて振り返るとそこには、見慣れた上司が冷たい目をしてこちらを見つめているのが見えた。

「あっ、あの……」

「森田君、君には別室で話がある」

その言葉に俺は、田中から手を離す。諸々が暗転していくような気持ちになったのは言うまでもない。
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