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81 竜と迷宮主②

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「お父様! わたくしとても素晴らしい技を身に着けましたわ!」

幼くも、綺麗な鳴き声を上げるのは、先ほどコクガ殿との手合わせの前に登場した、ルナちゃんだった。可愛い
水面に浮いている、何の脈絡も無く現れた人種の背中の上で、綺麗な翼を興奮気味に動かしている。可愛い

「あ、あの、ルナちゃん。その人種……大丈夫ですか?」
「はい?」

シスタの質問に、ルナちゃんがコテンと首を傾げる。可愛い

……ほっこりしている場合じゃ無いわね。う~ん……草人ヒューマンよね、これ。何でこんな所に?
ぐったりしているし、気絶しているみたいね。うつ伏せだけど、草人ってどれ位呼吸しなくても平気なのかしら? 5分か10分くらいは平気かしらね?
平気だったとしても、あの速度の体当たりを不意打ちで受けたら、ひ弱な草人じゃ吹き飛んでいてもおかしくない。良く原型を留めたものね、それだけでも凄い事だわ。

「ギャウ~~~~!?」
(ルナちゃん! め~!)
「あぅ、ごめんなさいですわ、お父様。目を覚まして下さいまし!」

涙目になりながら、草人を陸へ引き上げる。あ~可愛……お父様?

―――

……何この状況。

「申し訳ありません、お父様」
「反省しているなら、大丈夫ですよ。ただ、俺は見ての通り貧弱ですから、これからは手加減してくださいね」
「ハイですわ」

シュンとしながら、謝罪を繰り返すルナちゃん。可愛い
う~ん、本気で申し訳なさそうなのよね。これが演技だとしたら、見事なものだわ。

「騒がしくてすいませんね。しかも、成り行きで御一緒させて貰っちゃって」
「いえ……」
「改めまして、この世界樹の迷宮のダンジョンマスターです。以後よろしくお願いします」

にっこりと微笑み……微笑んでいるのよね? 人種の表情なんて、しっかりと判断できないけど。
ついさっき死にかけて居たと言うのに、何事も無かったかの様に湯に浸かりながら挨拶してきた。いや、一緒に入るのを許したのは、私達ですけどね?
しかも、貧弱である草人がダンジョンマスター? 食事といい、訓練場やこの風呂場といい、人種が使う物が多かったから、近しい種族だとは思っていたけど。嘘? 影武者?
最初に聞いた時の声と似てはいるけど、その程度幾らでも騙せる。

……この草人が本物のダンジョンマスターだろうと、偽物だろうと関係ないか。証明する術が無いし、そもそも本物である必要も無い。相手がダンジョンマスターと名乗っているのだ、会話する程度ですし、偽者だとしても情報は本人に届くでしょう。重要なのは、本物に話す事では無く、話したという事実だ。

しかし、何を話したものか。情報はクロス殿に話して仕舞ったし、世間話? ……草人と何を話せばいいのよ。
聞きたいことは沢山あるけど、際どい話題しか残って無いのよね。ダンジョンの構造とか、戦力とか、新種が何でこんなに沢山居るのかとか……聞けないわね。
あ、その前にやらなきゃならない事が有ったわ。

「此度は、突然の訪問に対応して頂き、感謝致します。そして、改めて謝罪を」
「気にしなくても大丈夫ですよ、謝罪もなくて結構です」
「しかし、私達の王の命令を破ったと言っても、同胞であ「ストップ」え?」

私、何か可笑しなこと言ったかしら?

「貴方と、あれは無関係……いいね?」
「アッハイ」
「あと、本当にしていたなら別ですが、すぐに謝罪するのもダメです。今回については、貴方達とは“何も関係のない”奴らの行い。それを謝罪するのは、お門違いです。まるで、自分たちが行ったみたいじゃないですか」

相手によっては利用されますよ? と言われてしまった。
う~ん、こういったやり取りは苦手だ。人種と会ったことは有るけど、大体が逃げるか怯えるかが大半で、たまに拝まれるくらいでしたからね~。
竜種は肉体言語が主流だし、自分より上位の相手には従うのが基本だ。だからこそ、力を求める個体が多いのだけれど。腹の探り合いは、基本不得手だ。

「実際、無関係な奴が起こしたことですしね~」
「そう、なるのでしょうか? はぐれ竜と言っていましたが……」
「<鑑定>で見た感じ、そうでしたね」

相手の発言に、シスタが興味を引いたようだ。この手の事は賢竜の分野ですし、このままシスタに任せてしまおうか。

「王の命令を破ったと言っていましたけど、それが原因ですかね?」
「それだけで?」
「主と従者との間には、親子ほどでは無いですが魂で繋がりが有りますから、本気の命令を破ったとなったら、それは反逆者。縁が切れても不思議では無いでしょう」
「成る程、竜王様が普段命令を出さないのには、理由があったのですね。出したとしても、間に誰かを挟んで通達することが殆どでしたし」

ほうほう、そんな繋がりがあるとは……そんなの始めて聞いたわよ。
つまり、魂の繋がりまで見る事ができるって事よね。魂まで見られるなんて、<鑑定>のレベル幾つなんでしょう? 少なくてもシスタの<鑑定LV6>以上なのは確定か。

「分かりました。明確な理由が有って判断して頂けていたのなら、私達に残っているのは感謝の言葉だけです。寛大な処置と歓迎、感謝致します」
「大した事はできませんけどね」
「そんな! 食事や、こんな素晴らしい風呂まで頂いて」

どうやら、シスタは相当風呂が気に入った様だ。気持ち良いものね~、食事も美味しいし。

「そうそう、まだ報告を全部聞いていなかったんですよ。お口に合いましたか?」
「すっごく~、美味しかったです~」
「ふふ、それは良かった。邪魔にならないなら、お帰りになる際に幾らか包みますよ?」
「本当~? わーい~」

ダンジョンマスターの発言に、テレが翼を動かし、体全体で喜びを表現する……って!?

「ちょ、テレ! 落ち着きなさい!」

羽ばたきに合わせて、水面が波立つ。私達は平気だけど、小さなダンジョンマスター側はそうはいかない。

「お~、流れる、流れる」
(ながれるぷーる~)
「あ、良いですね。今度作ってみましょうか」
(わ~い)
「流水……抵抗……無呼吸……は! 閃きましたわ!」

当の本人たちは全く気にした様子も無く、スライムプルに掴まって流れていく。むしろ楽しそうだ。ルナちゃんは、何か物騒な事を言っているけど。

「あ、風呂と言えば、種類は豊富ですけど気に入ったものはありましたか?」
「は、ははは……」

シスタの目が、まるで死体の様に曇る。私達が最初に入った湯を思い出しているのでしょう。うん、あれは酷かった。


【世界樹の結晶命薬(普)】
ありとあらゆる生命力が溶け込んだ神薬。肉体、精神、魂、全ての欠損を修復し、最善の状態に戻す効果を持つ。
健常者が一定量以上を服用した場合、自身の格を上げることが可能。
自身の限界を超えて服用すると、魂が崩壊する。


こんな物が出回ったら、世界のバランスが崩れるわい!!
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