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100 冒険者ギルド

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― カリカリカリカリ…… -

「ふぅ……」

 今日最後の書類に、今日何度したか分からないサインを記入し筆をおく。
 すっかり冷めて仕舞った紅茶を、一気に流しこむ。

 主に平民が集う第三区画、その場に似つかわしくない高級感あふれる部屋に、透明度の高い硝子クリスでできた窓から、暖かい初夏の日差しが差し込む……そろそろ夏か。

 何年振りかのスタンピードによって、この国は大きな被害を受けた。
 幾つもの前線の村が消え、優秀な冒険者が何人も所在不明に陥り、資材の宝庫であった森も無くなった。
 今は国の支援によって町は回っているが、何時までも続く訳では無い。資源不足は誰にでも訪れる、共通の問題だ。

 国に所属しない冒険者ギルドには、便宜上関係ない事ではあるが、無視できる事でもない。
 何よりも、この国の一員として、現状を放置する気はない。大義名分も十分だからな、ギルドマスターとしての立場を、思う存分振るわせてもらおう……そうでも無ければ、ギルマスなんぞやってられるか。

― コンコン ー

 俺の仕事が終わったことを見計らったかのように、何者かが戸をノックする。気配が全くしなかったことから、誰が来たかまるわかりだがな。

「入れ」
「失礼します、ギルドマスター」

 入ってきたギルド職員の制服を着た女性は、資料の束を、音もなく置く。

「こちらが本日、新たに登録した人員になります」
「またか」
「いつもの事です」

 俺の前に居る女性が、淡々と言ってのける。
 黒い髪を腰まで伸ばした彼女は、ここ冒険者ギルド、エンバー支部のサブマスター。姿を見無いと思ったら、今日も発破をかけるために、受付に侵入でもしていたのだろう。

 現場からしてみたら、いい迷惑だろうよ。上司な上、仕事も完ぺきにこなすから文句も言えん。トップの俺に何も上がってこないから有り難いがねぇ。

「……何か?」
「別に?」

 大量の資料に目を通す。仕事が無いのは分かるが、ハンターギルドに入るついでに、冒険者ギルドに登録する奴が後を絶たない。
 お陰で、毎日の様に新人が増えていく。目を通すだけでも一苦労だ。

「登録した所で、碌な仕事なんざ無いだろうに……」
「冒険者に登録し、関所をスムーズに通る為では?」
「あぁ、それもあったな。ランクHじゃ、意味ないがな」

 最下位であるHランクは、言うなれば観察期間。まともに仕事をするか、能力があるか、人格と実力を把握するための期間になる。そんなランクの奴が、信用に値する訳がない。一般人と何ら変わらない扱いなのだから。

 ここエンバー…てか、エスタール帝国のハンターギルドでも、同じ手法を取っている場所が殆どだ。国内を移動するのにすら、使えない。
 まぁ、無能は要らないって事で、ランクアップの査定は冒険者ギルドより厳しめだがな。

「ん? こいつは何だ?」
「要注意人物になります」
「ほう、<鑑定>まで使ったのか? ……魔法タイプか、そこそこ強いな」
「そして、こちらが<鑑定LV3>迷宮具での結果に成ります」

 レベルの違う<検定>結果を見比べると、その数値が全く同じであることが、見て取れた。本来ならば、この結果はありえないものだ、ならば…

「……<偽装>か?」
「恐らく」

 <鑑定LV4>程になると、詳細なステータスを見ることができるが、<鑑定LV3>程度では、ステータスは大体の数字でしか調べられない。

 これだけなら、<鑑定LV4>で十分事足りると思われるが、<鑑定LV3>にも使い道はある。今回の様に、相手が<偽装>を使い<鑑定>結果を騙そうとした場合だ。

 スキル<偽装>は、相手が受ける印象や感知系スキル、そして<鑑定>の結果を書き換えるスキルだ。<偽装>を掛けた相手に、低レベルの<鑑定>を掛けると、<鑑定>レベル以上に詳細な結果、対象が設定した結果が表示される。

 <偽装>を見破ることができる上位スキル<看破>が無くとも、<偽装>しているか知ることができる。ちょっとした裏技だな。

職業:魔法使い(マジシャン)
氏名:ゴトー
分類:現体
種族:草人
LV:12
HP:146 /  146 
SP:146 /  146 
MP:1289 / 1289 
筋力:56 
耐久:56 
体力:56 
俊敏:429 
器用:622 
思考:625 
魔力:653 
スキル
<身体強化LV2><魔力操作Lv3><火魔法LV2><水魔法LV2><風魔法LV2><裁縫LV3><料理LV3><細工LV2><運搬LV1>

スキル(自己申請)
・魔法全般、<身体強化>使用可能、
・その他雑用

「名前はゴトー、種族は草人、スキル魔法中心、犯罪歴なし、自己申請では魔法全般が使用可能…か」
「態度も紳士的でした」
「直接対応したのか? ……ん? じゃぁなんで、<鑑定>まで使う程疑ったんだ? お前なら、すぐに見抜けるだろう?」
「……第一印象は、怪しい所は何も無かったのですが、逆に外見、態度、印象、全て理想像すぎました。私一人、同種の草人だけならまだ納得できますが、受付に居た全種族となりますと…」
「あぁ、そりゃ怪しいわな」

 亜人、獣人、魔人、この国は人種の坩堝だからな。その種族の違いからくる、趣向の違いに関係なく好感を持たれるなら、魔法等による無差別な精神干渉の類だろうよ。
 ま、相手と場所によっては逆効果ってこった。

 この国に、いや、冒険者ギルドに潜入するには、余りにもお粗末、素人のやり方だ。だが、そんな奴が高レベルの<偽装>スキル、乃至魔道具を持っているはずがねぇ。たまたま手に入れただけなら、それを売るだけで一財産だ。危険を冒す理由もねぇ。

「……随分、ちぐはぐな奴だな?」
「はい。こちらの情報に疎いのか、他から目を逸らさせるための目晦ましか、ただただ自己顕示欲が強いだけのか。犯罪歴が有るのでしたら、こちらの事を知らないなど、無いでしょうし……」
「<偽装>までして入る目的か……」

 今時、冒険者ギルドに喧嘩を売る奴なんて居ねぇからな。冒険者の敵に成るって事は、個人は死を意味し、国規模の場合、魔物の情報が入って来なくなるって事だ。なら狙いは、ギルドそのものではなく……帝国エスタールの方か? 
 ……そんなことする理由が、思い付かねぇ。一昔に起きた戦争も、自国に統合して、帝国の一部にしちまったからな。不穏分子なんぞ残すヘマ、この国がするとも思えねぇし……

「分からん!」
「ですね、情報が足りません」
「今は静観か……」
「何か釣れますかね?」
「おぅ、怖い怖い」

 取り敢えず、諜報部隊の何人かを付けることにし、様子見となった。こちらの人材や組織力を知らないならば、その内ボロを出すだろうよ。

 はーーー……、スタンピードといい、発生源の森といい、先遣隊が連れてきた従魔といい……なんで、面倒ごとは重なるかねぇ。

―――

 その頃、冒険者となったゴトーさんは……

「新人か?」(警戒)
「け! また増えやがった」(苛立ち)
「先輩方ですな? 今日より、冒険者となりました、ゴトーと申します。皆様の邪魔にならぬよう、切磋琢磨して行く所存ですゆえ、何卒よろしくお願いします」
「お、おう……」(困惑)

「おぉ~!! 本当に直ってる!」(歓喜)
「新品みたいだ」(驚愕)
「ふふふ、友から教わった技術ですが、お役に立って何よりです」
「俺のも良いか!?」
「もちろん。但し、素人の仕事ですから、後で本職の方に見せて下さい」

「美形の兄ちゃん、なんで冒険者なんてもんになったんだ?」(興味)
「世界を見て回りたかったのです。その為には、冒険者の肩書が最も適していると思った次第です」
「へ~、ま! 兄ちゃん位の実力なら、やって行けるだろうよ、頑張んな!」(好感)
「えぇ、ありがとうございます」

「やーだ、そんな事言っても、何も出ないよ!」(喜び)
「そんな事はありません。本心ですよ」
「やだよぅ、もう!!」(照れ)
「「「……」」」(嫉妬)

 ……人の世界を、大いに満喫していた。
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