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240 穴人①

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 イラ国とカッターナ国を隔てる山脈。そこは、大地から地上へと魔力が溢れ出す地点であり、カッターナ周辺の森を形成するのに必要な栄養を供給している、重要地点だ。

 地下から地上へ漏れ出そうとする魔力は、様々な属性を内包している。地中で地属性の魔力の大半が取り残され、残された属性のみが外へと放出されている。その為この山脈は、今でもゆっくりとだが成長を続けている。

 ただし、地表は常に外気に触れている為、風や雨等で削られ一定の高さを保っている。特に草木によって魔力栄養を吸われた大地は、地中のそれと比べて脆くなるのも、高さがそれほど変わらない要因の一つだろう。

 それよりも特筆する点は、地中に取り残された土属性の方だろう。
 属性を持った魔力は、きっかけを与えれば様々な物質へと変化する。その状態で安定すれば、そのまま物質として定着するのだが、一定濃度を超えた属性は環境によって様々な物へと変化する。

 土属性であれば、石などの固形物が主に生まれる事になるのだが、周囲の魔力を元に燃える石や、光る石、常に水が滴る石など、様々な物質が生まれ、更に高濃度の魔力であれば、より強固且つ特殊な物質が生まれる。

 最たる例は、金属類だろう。固く強靭であり、それでいて柔軟。外からの衝撃や魔力に曝されたとしても、多少の事ではその存在が揺らぐ事が無い。土属性を象徴する物質と言っていいだろう。

 そしてこの山脈は、土属性のろ過装置と圧縮の役目を果たしており、巨大な鉱山となって居るのだ。
 掘り出されたとしても、吹き上がってくる魔力によって、地中で新たに生まれる為、採掘速度さえ上回らなければ枯渇することのない、夢の様な場所。

 そんな場所を住処とする、亜人達が居た。

 深い深い地中に幾つも走った坑道で、作業を進める小柄な亜人族。
 彼等は穴人ドワーフ。土属性への高い親和性を持つ亜人たちであり、その中でも地中を生涯の住処とする、穴人の中でも変わり種の亜人達である。

 その手足は子供の様に短く、反面鋼の様に鍛えられ、丸太の様に太い。胴体も同様であり、狭い坑道内に舞い上がる粉塵から身を守る様に、顔には深い髭を蓄えている。

「フンヌ!」

 彼等の手には様々な工具が握られ、振るい上げられた鶴嘴は硬い岩を易々と貫き、叩き付けられる金槌は、掘り出された岩を容易に砕く。
 そして砕かれた岩は、スコップで掬い上げられ、全く重さを感じさせる事なく、近くの金属製の箱へと載せられ、奥へと運ばれて行く。

 その箱には車輪などは無いが、代わりに地面から一定の距離浮き上がる魔道具が組み込まれている。舗装されていない狭い坑道内、コスト面が問題なければ、この浮く箱は運搬作業に適したモノだろう。

 そして何よりも、ここは異世界。現実には存在しない魔力が根源に存在する世界。

「止まれい!」

 運搬途中の箱の前に、どさりと倒れる様に壁から何かが現れ、彼等の通進路を遮断する。それは、岩でできた人形と形容するのが、最も分かりやすいモノだろう。

「えぇい、またゴーレムか!」

 運搬作業を中断させられた穴人の一人が、持って居た金槌を振り上げ、生まれたばかりの岩石人形ゴーレムに向けて振り落とすと、鈍い音を響かせながら、岩でできた体を粉砕する。

 魔力が濃いと言う事は、魔物が住み着き易いと言う事。狭いと言う事は、魔力が淀みやすいと言う事。魔物がスポーンする条件は十分に揃っている。

 トロッコの様にレールを引く事も出来なくはないが、ここは魔力が充満する密閉空間。魔物がいつ生まれるか分からない状態であり、突如目の前に現れることもあれば、何処からか徒党を組んで現れる事もある。

 特に妖精族は、魔物と一括りにしていいのかと物議を醸す特殊な存在だ。

 何せ彼等は、魔力の塊が意志を持ったような存在であり、弱い者なら何処にでも存在し、その場にある物質で器を作り突然現れる。
 器となる体を得た際に核となる物を持つが、それを壊されたとしても、妖精自体が消滅することは無い。

 少なくとも魔石を失うと、その器を維持できなくなることから、対処としては他の魔物とそう変わらない。

 そんな環境にレールを引いたとしても、コストとリスクが見合わないのだ。異世界の法則とエネルギー源の違いからくる、成長方向の違いと言えるかもしれない。

「来るなら、アイアンゴーレム以上になってから来んかい!」

 魔物除けの魔道具も存在し、それを設置すればレールも引けるのだが……生まれる魔物によっては、素材として有用なモノが存在する為、あえて設置していない事には目を瞑る事とする。

 そうやって運ばれて来た鉱石は一か所に集められ、水が張られた槽へと放り込まれる。
 高濃度の魔力を含むこの水は、中に入った物質の結合を溶かし、瘴気と魔力に分解する。脆弱な物質程先に溶ける為、魔力濃度を調整することで、不要な物質を取り除くことができる。その為、強靭な金属だけが残され、不要な岩などを取り除くことができる。

 他にも比重の差や、魔法による金属の操作とその反応度合いによる選別などを行い、目的の鉱物を抽出するのだ。

 だがしかし、それで全ての不純物が取り除けるわけではない。鉱物と直接結合した不純物を追い出す必要が有り、選鉱された鉱物は、綺麗に洗浄、乾燥された後、轟々と燃え盛る炉の中へと放り込まれる。

 物質の燃焼は、火属性の魔力の放出現象と言っていい。魔力を熱量と置き換えれば、分かりやすいだろう。
 
 燃料となるのは主に木材だが、内包する魔力エネルギーを放出し、炉内の魔力濃度を一気に上昇させる。やっている事は、高濃度の魔力水に浸し、物質を崩壊させる溶かすのと変わらないのだが、瞬間的な出力は文字通り桁が違う。

 ゲルが水を吸い膨れ柔らかく成る様に、魔力保有量の限界を超えた金属は、過剰な魔力を受け結合が緩くなり硬さを失う。そこに追い打ちをかける様に、魔力を込めた金槌で滅多打ちにする事で、金属よりも脆弱な物質を破壊し、叩き出す事で、初めて実用に足りる各種金属が誕生する。

「魔力を込めすぎるなよ!」
「分かっとるわい!」
「打て打て打てい!」

 じりじりと焼け付く様な熱気が満ちる鍛冶場に、金属を打ち付ける甲高い音が絶え間なく木霊し、それに負けず劣らずの怒号が飛び交う。

「この辺りの鉱石は、水が強いのか!?」
「だったら、もう少し出力を上げて飛ばすか!?」
「だがこれ以上火力を上げると、本命金属が逝くぞ!?」

 炉内で魔力に晒す時間と濃度、打ち込む際に込める魔力量、叩く頻度に回数……目的の金属と含まれる不純物によって、その製法は事細かく異なる。

 因みに余談だが、魔法による選鉱、製錬方法も存在する。寧ろそれが主流なのだが、それでは彼等の品質には遠く及ばない。

 魔法の類には、魔力とそれを操作する為に瘴気の発生が伴う。その発せられた瘴気が残留することで、品質が一気に低下する為だ。
 それならばと、瘴気を発生させずに魔法と同じ現象を引き起こす魔術ではどうかと言うと、目的の金属だけを抽出することが未だ困難な上、魔力で物質の形状を操作する関係で、結合が緩くなりその影響が残る為、やはり劣って仕舞うのだ。

 故に、彼等が造る品は一級品。

 叩き出された不純物瘴気が、色取り取りの火花となって弾け飛び、炉からは、火力魔力濃度と焼ける不純瘴気の違いによって、彼等の鍛冶場はさながらイルミネーションの如く光り輝く。

 ……そんな騒がしくも停滞した彼等の日常は、突然の出会いによって少しずつ変わっていくこととなる。

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