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転生令嬢は大切なあなたと式を挙げたい

4.御使い

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 帰りはニーナさんとジョージ神父の三人になった。
 ニーナさんはオスカーからお買い物を頼まれていたらしい。持っていた鞄には日用品がいっぱい詰め込まれている。

「お忙しい時期にすみません」

 私が謝ると、ジョージ神父は手を横に振った。

「いやいや、お気になさらず。お二人にもしものことがあったら、儀式どころじゃないですからね。オスカーも正気をなくしかねないだろうし、このくらいで済むなら安いものです」

 縁結びの神殿が見えてきた。私はこのシックな印象の神殿が好きだ。落ち着いているところが特に好ましい。今更ながら、オスカーの雰囲気に似ているのだと思った。

「神殿も見えてきましたし、この辺まででいいですよ。オスカー神父に会っていくなら、お茶くらい出しますが、いかがします?」
「いや、今日は遠慮しよう。――では、レネレット嬢、ニーナさん、俺はここで」

 ジョージ神父は大柄なので別れた後もしばらく姿が見えたが、いつまでも見送るにはここは寒い。私たちは縁結びの神殿を目指す。

 あれ?

 私はオスカーの姿に気づいて声をかけようと足を早めた。彼は神殿の玄関にいる。女性と二人きりのようだ。

 訪問客の見送り、かしら?

 遠目に見ても、その女性が高貴な人物であることはわかる。ついこの前まで伯爵令嬢というだけあって、ドレスが高価なものか流行りのものなのかはチラッと見ただけで判別できてしまうのだ。

 それにあの耳飾りとブローチって、王家直属の機関に勤めている証じゃなかったかしら? 去年だったか一昨年だったかに幼馴染に見せてもらった勲章もあんな形をしていなかったっけ?

 はっきりと見えないのは、夕焼けが街中を覆っている時間だからだ。だが。シニョンにした髪のおかげで耳元はすっきりしているので耳飾りの形状がわかるし、大きな宝石がはめ込まれたブローチだって陽射しが低い位置から差し込んでいるからわかるようなものである。
 金髪、白い肌。あの裾の長い紺色のワンピースは、おそらく王家の使用人に与えられるものだ。王家主催のパーティーに参加した時に見覚えがある。

 王宮からの御使いかしら?

 王都を守護しているのが縁結びの神さまなので、この縁結びの神殿と王家は関わりが深いはずだ。よって、王族から使いが来て何かするということもあり得るだろう。
 まだ神職知識が浅いから、はっきり断言できないのがもどかしいわね。勉強して身につけないと。
 女性が去ってからオスカーに声をかけようと遠目に眺めていると、なんだか様子がおかしいことに気がついた。
 謎の女性はオスカーの正面に立ち、ついと背伸びをした。

 ん?

 そして、オスカーの頬に手を添えると顔を近づけて――

「え?」

 あまりの衝撃的なシーンに私には全てがスローモーションに感じられたが、実際は一瞬だったんじゃないかと思う。女性はオスカーの顔をしっかり覗くと、早足でその場を立ち去った。

 何なのよ! 今のはっ⁉︎

 私はすかさず彼女と入れ違いで玄関に向かう。足音に怒りと焦りが混じっているのが自分でもよくわかるが、隠す気など毛頭なかった。
 そんな私の姿にオスカーはすぐに気づいたらしい。目が合うなり、彼は背を向けた。不自然にならない程度の動きで口元を隠している。それから軽く咳き込んだのは、このアクシデントをうやむやにするために違いない。

「お帰りなさい、レネレットさん。無事に御使いを終えたようでなによりです」
「オスカー、それ、私の顔を見て言える?」

 なんでこんなにイライラするのだろう。私はなおも背を向けているオスカーの前に回り込んだ。ハッとする彼の口元を覆う手を、私は遠慮なく掴んでひっぺがす。
 私の目に飛び込んできた情報で、自分の心臓がより強く収縮するのを感じ取った。

 見間違いじゃなかった……

 オスカーの唇の端に赤いモノが付いていた。動かない証拠――これは口紅だ。

「ねえ……なんで、キスされてるの?」

 私の問いに、オスカーは唇を手袋で拭う。黒い手袋だから、口紅の色は目立たない。彼が動揺しているのが、眼鏡の奥の緑の瞳が揺れていることから伝わった。

「何か言いなさいよ!」

 オスカーが私に御使いを頼んだのは、私が伯爵領に戻りやすくするためだ。それだけなら、親孝行をして来いというニュアンスだろうと解釈できた。

 でも、本当は?

 私のことが好きだ、愛していると囁くこの目の前の男は、本心からそう考えていたわけじゃないということなのか。私との悪い縁がずっと続いてしまっていたから、それを断ち切る手段として私の前に現れて、仕方なく恋愛ごっこ結婚ごっこ家族ごっこをしているんじゃなかろうか?

 頭の中で、オスカーと一緒に過ごした時間が蘇る。そのいずれの場面でも、私はオスカーの感情を、その理由を、何一つ理解できていないように思えてきた。

 ひょっとして、私一人で舞い上がっていたの?

 やがて怒りが悲しみに塗りつぶされる。滾っていた感情が、静かになっていく。

 ねえ、言い訳くらいしなさいよ……

 口が達者なはずのオスカーが何も言ってこない。いつもならそれっぽい理由を並べ立てたり、屁理屈でもこねていたりするところだろうに。
 それが、どれだけ胸をかき乱したことか。
 事態に気づいたニーナさんが私に声をかけている気がするが、もう何も耳に入らない。
 視界が歪む。

「――オスカーなんか、もう知らない!」

 私はオスカーに本の入った鞄を投げつけ、全力で駆けた。

 バカっ! オスカーのバカっ‼︎

 靴が脱げても拾いに行く時間が惜しい。私は走れるだけ走って、見知った広い背中にぶつかってやっと止まった。

「ん? なんだ?」

 彼は私の身体を背中で受け止め、恐る恐るといった様子で振り向いた。

「――え、何があった⁉︎ レネレットお嬢さん⁉︎」

 私の泣いてぐじゃぐじゃになった顔を見たのは、さっき別れたばかりのジョージ神父だった。驚き困っているのが、その口調からよくわかる。

 ごめんなさい、ジョージ神父。今頼れるのはあなたしか思いつかなかったの。

 私は彼の胸に顔を埋めた。

「……お願い、ジョージ神父。私を豊穣の神殿に連れて帰って」

 知り合いのほとんどは冬季には王都にいない。貴族の知人たちは冬季はそれぞれの領地に帰っているからだ。そうなると交流のある人物で頼れるのは、ジョージ神父のところくらいだろう。
 冬季の王都に、私の行き場はないのだ。

「……話は神殿で聞こうか」

 泣きじゃくる私を案じてくれたのだろう。ジョージ神父はその大きなコートに私ごと包んで、人目を消してくれた。

 優しくしてくれてありがとう。

 私はジョージ神父に身を預け、足に王都の冷たさを直接感じながら、ただ歩いたのだった。
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