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プロローグ

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 私――ウェンディは、婚約者に告げられた言葉を聞いて、愕然とした。


「な、何て言ったの……?」


 ユーリは心底申し訳なさそうな顔で繰り返した。


「俺、恋がしたいんだ」

「は?」


 ユーリと私は、生まれる前から許嫁だった。

 というのも、私の家である侯爵家とユーリの家である公爵家は先祖代々関係が深く、特に私たちの両親がそのピークだった。


「今度生まれてくる子どもが男の子と女の子だったら、婚約させようよ」


 こんなことを誰が言い出したのだろう。

 ただ少なくとも、この誰かが言い出したノリ的な何かで、私たちは生まれる前から婚約することになってしまったのだ。


 「なってしまった」とは言え、私はこの婚約に不満があるわけではない。


 ユーリは優しいし、良い子だ。

 私の大切な幼馴染で、婚約者。


 当然ユーリもそう思っていると考えていたからこそ、そのユーリが告げた言葉を聞いて、私は頭が真っ白になった。


「……私のこと、嫌いになったの?」

「違う」


 ユーリは首を振った。


「じゃあ、私のこと大事だと思っていないの?」

「違う。ウェンディは大切な幼馴染で、婚約者だ。今もそう思っている。だけど、俺は恋がしたいんだ」


 恋。


 聞き捨てならない言葉だった。


 というか、もはや家族同然の私たちにとって、不必要な概念だった。


「その」


 私は至極冷静に努めようとした。


 何を彼が言いたいのか全然わからないが、私はユーリの婚約者なのだ。

 常に彼の理解者でありたいと思っている。


「恋って、具体的には?」

「こういうのだよ」


 ユーリは私に本を差し出す。

 最近はやりの恋愛小説だ。

 私は興味がなかったが、私の周囲の友人たちは、良くこの話をして盛り上がっているのを思い出す。


「ユーリ、こういうの読むんだ……」


 私は意外に思った。


 以前の彼なら、恋愛小説はおろか、国語の教科書に載せられた詩を見るだけで発狂するほどの活字嫌いだったのに。


「ちょっと友達に勧められてね、ハマったんだ」

 ユーリは気恥ずかしそうに答えた。


「もしかして、これを読んで?」

「うん……」

「私と婚約破棄したいと思ったんだ」

「そうじゃない。ただ、距離を置きたいんだ」


 ユーリは大きく首を横に振って否定した。


「もちろん、君と結婚はする。だけど、一種の経験として恋をしてみたい――それはウェンディにも良い経験になるはずだ」


 彼の言っていることは結局良くわからなかった。


 でも、私はユーリの理解者じゃなければいけない。


「わかったわ」

 しばし熟考して、私は返事をした。


「本当に?」


 ユーリは、ぱっと花が咲いたような笑顔を浮かべる。


「ええ。ユーリがそこまで言うなら……。私、ユーリの婚約者である前に幼馴染だからね」

「ありがとう」


 ユーリは私にお礼を言った。


 この時まで、私はユーリのことを信じていた。


 以前と変わらない、優しくて良い子の彼だと。


 今回の話は、一番仲良しな私にした無邪気なお願いだったのだと。


 だが数日後、私は彼の裏切りを思い知ることになる。
 
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