上 下
69 / 72
第6章

デート

しおりを挟む
 魔王から、公務という名の「デート」に誘われたのは、結婚してからしばらく経ったある日のことだった。


「公務?」


 部屋でくつろいでいると、当然魔王が、

「明日、公務に参加しろ」

 と、上から目線で命令してきた。


 私は、ソファから頭だけを傾けて、魔王に視線を向ける。


「私、明日もゾーイさんに魔法を教えてもらおうって思ってたんだけど」

「ゾーイをあまり拘束するな」

 魔王はため息をついた。

「あいつには、他にも仕事を任せている」

「それはそうなんでしょうけど……」


 話を聞く限り、ゾーイさんは結構優秀な魔族みたいで、私のお世話係の他にも、色々仕事をしているらしい。

 メインは私の世話係なので、今は他のタスクを部下たちに引き継いでいる最中だとゾーイさんは言っていたけれど。


 私の知らない間に、魔王からまた新たな仕事を任されたのだろう。


「ゾーイには明日、他のことをしてもらう予定だ」

「で、暇になった私に、その公務とやらをやってもらおうってわけ?」

「そういうことだ」


 なるほど。

 まあ、基本暇な私は、急に用事を言い渡されても、別に気にすることはない。


「わかったわ。……で、どういう公務なの?」


 ここに来てからというものの、結婚式以外での公の場で私が登場することはなかった。

 最近魔界に来たばかりの魔王の妻――魔王妃が、魔王の補佐やらなんかを当然出来るわけもなく、普段は趣味の魔法修行にばかりかまけている。


「国内の視察だ」

「視察?」

「魔王の威光を示すのもかねて、町や村の様子を確認するのを定期的に行っている。明日からそうすることに決めた」

「決めたって……。随分と突発的な行事なのね。まあ良いけど」


 私は大きく伸びをした。


「というか、魔界にも町とかがあったのね。知らなかった」


 よく考えれば、人がいるなら当然のことだが、私は今まで魔界では魔王城以外を出歩いたことがなかったから、すっかり頭から抜け落ちていた当たり前だった。


「明日行くのは、港町ヴォローゼだ」

「はーい」

「公務だから、ちゃんとした服を準備しておけとお前の付き人にも言ってある。お前もお前の準備を怠るな。魔王の妻としてな」

「了解です――で」


 私はニヤニヤしながら、魔王に尋ねる。

「それって、デートのお誘いってこ――」

「うるさい馬鹿。調子に乗るな」


 私の言葉に被せて魔王は捨て台詞を吐き、

「余は仕事がある」

 と、すぐさま部屋を出て行った。


 彼の顔がほんのり赤くなっていたのはさておき、

「調子に乗るなって言われても。私、あんたの妻なんですけど!」

 という私の声は、魔王の耳にもきちんと届いているのだろうか。
 
 
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

離縁するので構いません

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:46,188pt お気に入り:524

母になります。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:28,074pt お気に入り:1,794

異世界で新生活〜スローライフ?は精霊と本当は優しいエルフと共に〜

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:19,618pt お気に入り:738

願いが叶う話

恋愛 / 完結 24h.ポイント:127pt お気に入り:247

処理中です...