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2章:寵姫になるために

寵姫になるために 9-1

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 ふたりはそんなアナベルを見て、慈しむように目元を細めた。
 なぜそんな視線を向けられるのかわからなくて、アナベルは首を傾げる。
 うっすらと、ロレーヌの目に涙の膜が見えた。

「……もしかして、ミシェルさんとお知り合い?」
「そうだな……なにから話せば良いものか……」

 ちらりとロレーヌに顔を向けるエルヴィスに、ロレーヌはハンカチで目元を押えて、それから真っ直ぐにアナベルを見つめた。

「元々、ミシェルは貴族の令嬢でした」

 ロレーヌの言葉に、アナベルは目を瞬かせる。そして、「ああ、やっぱり」とどこか納得した。
 ずっと踊り子をしていたわけではなさそうだった。
 そう言えば、周りの人たちもミシェルとクレマンのことをどこかうやうやしそうに接していたように思える。

「……もしかして、クレマン座長も?」
「ああ。彼は伯爵家の末っ子だった。騎士団に所属していて、ひょんなことからミシェルに出会い、恋に落ちた――……」

 まるで物語を聞いているかのようだった。
 ミシェルは当時、王都一の美少女と言われていた。
 両親から愛され、すくすくと育ったミシェルは、王城で華々しくデビュタントを迎えた。
 美しいミシェルに求愛する人は多く、ミシェルはかなり悩んでいた。
 パーティーに行けば男性陣に口説かれ、家に帰れば求婚の紙の束が待っていて、ほとほと困っていた。
 そして何回目かのパーティーに出席した時、ミシェルがのらりくらりと自分の求愛をかわしていることに苛立った男性に無理矢理個室に連れ込まれそうになった。
 それを助けたのが、クレマン。それがふたりの距離をぐっと縮めた。
 侯爵家の令嬢であるミシェルと、伯爵家の令息であるクレマンはゆっくりと愛を育んでいった。
 そして、クレマンはミシェルに求婚をし、晴れて婚約者になったのだ。

「……物語のようね……」
「当時の女性たちには憧れでしたよ」

 くすり、と小さく笑うロレーヌに、アナベルは小さく首を縦に動かした。
 ミシェルの育ちの良さを感じる時は多々あったが、まさか侯爵家の令嬢だとは思わなかった。

「……それがなぜ、踊り子に……?」

 ロレーヌは目を伏せた。当時のことを思い出して、ぐっと拳に力が入る。

「――ミシェルは、婚約から間もなく、子を宿しました。好きな人との子です。彼女はそれを伝えに騎士団までクレマンに会いに行きました。しかし……その帰り道、のです」

 ひゅっと、アナベルが息を飲んだ。
 途中までは幸せな話だったのに、とアナベルの表情が強張こわばる。

「当時のミシェルは本当に幸せそうで、美しかった。……それを良しとしない人が居たのです」
「……まさか」
「ええ、ご想像の通りかと……」

 アナベルはぎりっと下唇を噛む。

「イレインの下僕に、ミシェルは背中を押され……」
「……お腹の子は……」

 ふるふると首を横に振るロレーヌ。エルヴィンは視線を落とし、ロレーヌの言葉を引き継ぐ。

「――ミシェルは落ち込み、クレマンはそんなミシェルを励ました。だが、イレインが絡んでいる以上、ここに居るのは危険だと考え、駆け落ちのように王都から去った。だからこそ、遠征でクレマンたちと再会した時は驚いた」

 再会した時には、ミシェルは以前のような明るい笑顔を取り戻していた。そして、旅芸人として、この国の人たちを笑顔にするためにがんばっていると聞いた時、エルヴィスは自身も気を引き締めなければならないと考えた。
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