【本編完結】そんなに嫌いなら、私は消えることを選びます。

2章

2章115話（216話）

　とても綺麗な笑みだった。妖艶とはこんなことを言うのかもしれない。……それでも、『ジェリー』には合わない表情だ。私たち、生徒には、こんな笑み合っていない。……こんな、すべてを恨んでいるような笑みは。

「……イヤだわ、なんのことかしら？」
「ジェリーの身体に、マザー・シャドウの魂が宿っていることは知っているわ。そして、それにジュリーが苦しんでいることも！　どうして、あなたはジェリーの身体に……っ」

　マザー・シャドウは笑みを浮かべたまま、なにか魔法を使ったようだった。じわり、じわりとジェリーの身体から黒いもやのようなものが立ち上る。

「ソル、ルーナ！」
「わかっている！」
「任せて！」

　私が精霊たちの名を呼ぶと、心得ているとばかりに叫ぶソルとルーナ。私も魔法で対抗するように魔力を練る。いつでも防御できるように。アル兄様とヴィニー殿下を守るように前に出た。彼らには、やってもらわないといけないことがある。黒いもやが、私たちを覆うように大きくなっていく。私はそのもやを魔力で包み込む。ソルとルーナは、その黒いもやを弾き飛ばす。

「……へぇ……。ふふっ、随分と魔力のコントロールがうまくなったのね、『ジェリー』」
「……私の名は、エリザベスよ。エリザベス・アンダーソン！」
「ええ、知っているわ。だけど、あなたの出生までは変えられない」

　くすりと彼女の赤い唇が弧を描く。びくり、と肩が震えた。

「そうでしょう？　あなたに流れているファロン家の血。そして私の血。これだけは変えることが出来ないもの。……だからこそ……」

　払ったはずの黒いもやに、手足を取られた。

「エリザベス！」

　ソルの焦ったような声に、私は「大丈夫！」と叫ぶ。……本当は、すごく痛い。でも、このくらいの痛みなら、耐えられる！　耐えるだけの十年間も、こんな時に役に立つのね。小さく笑みを浮かべる私を、マザー・シャドウは不気味そうに見ていた。

「あの頃のあなたなら、感情の色も見えないほどだったのに……」
「……ぐっ」

　黒いもやが私の首に巻き付いて締め付ける。ソルとルーナがこっちに来そうなのを目で制した。精霊たちには、アル兄様とヴィニー殿下を守ってもらわないといけない。深く、深く――彼女の内部に、入り込むために。

「わ、たしは……っ、みん、なっに、たすけられて……、変わったの……ッ！」

　魔力を身体の中に蓄えるイメージ。太陽と月の属性を持つ、私だから出来ることを――……。首を絞められて苦しい。苦しいけれど……負けるわけには、いかない……っ。息が出来なくて、段々と意識が薄れていく感覚。――でも、ようやく、掴めた――……。
　私が合図を送る前に、ヴィニー殿下がシャドウを使ってマザー・シャドウを暗闇に誘いざなう。
　それに気付いたマザー・シャドウはシェイドの暗闇を払おうとしたけれど、今度はアル兄様の魔法で辺りが白くなった。まるで濃霧のような……、そんな魔法。濃い霧は視界が悪くなる。だからなのか、私を拘束していた黒いもやが多少弱くなった。
　アル兄様とヴィニー殿下の共同魔法――これは、巫子の血を引く二人にしか、きっと出来ないこと――……。私は意識を黒いもやに集中させる。目に魔力が宿っていることがわかる。彼女の姿が、はっきりとわかるから。音もなく、黒いもやが斬られた。アル兄様とヴィニー殿下が拘束から解いてくれたようだ。私は彼女に駆け寄って、彼女の手に触れた。その瞬間、どこかに飛ばされた感覚があった。