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4章

4章29話(329話)

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 ふたりとも、なにも言わなかった。ただ、お母様は私に近付いて、後ろからぎゅっと抱きしめてくれた。

「わたくしたちは、扉の外で待っているわね」

 耳元で囁かれて、「はい」とうなずいた。背中から離れたお母様の温もりに、そっと目を伏せた。

 お母様たちが扉の外に出てから、私はもう一度、ヴィニー殿下の頬に触れた。深呼吸を繰り返し、秘薬を取り出す。アル兄様から渡されたものだ。

「……ヴィニー殿下、私と一緒に踊ってくださるのでしょう?」

 呟いた声は震えていた。なんの反応もないヴィニー殿下を見て、私は小瓶の蓋を開けて、迷うことなくそれを口に含む。無味無臭の液体だった。――どうか、この秘薬が効きますように――……。

 ヴィニー殿下の顔に近付き、そっと唇を合わせて秘薬を飲ませた。

 こくり、とヴィニー殿下の喉が動くのを見て、じっと彼を見つめた。

 待っている時間はどれくらいだったろう? とても長く感じたけれど、きっと数秒や数分の出来事だったと思う。

 そのうちに、ふるりとまぶたが震え、静かに目を開けて「……リザ?」と私の名を呼んだ。

 ――目の前が、ぼやけた。私がヴィニー殿下に抱きつくと、彼は少し慌てたようだった。

「リザ? 泣いているの?」

 私を慰めるように頭を撫でるヴィニー殿下に、私は涙声で言葉を繰り返した。

「よかった……、よかった、ヴィニー殿下……!」

 ヴィニー殿下は、私が泣き止むまで待っていてくれた。そして、泣き止むまで頭を撫でてくれていた。

 ――ようやく落ち着いて、ヴィニー殿下の顔を見つめる。

 ヴィニー殿下はまだ思考がはっきりとはしていないようで、なにかを口にしようとして咳き込んだ。

「……ここは、魔塔?」

 先程までの青白さはなく、一週間も眠り続けていたからか、少し動きづらそうに起き上がり、辺りを見渡して聞いてきた。咳き込んだのを見て、私は慌ててヴィニー殿下に水を渡す。彼はそれを受け取り、ゆっくりと飲み干した。

 私はヴィニー殿下の問いに答える。

「……はい。あれから一週間、経過しました」
「一週間も? ああ、だからこんなに身体が重いのか……。なにがあったのか、教えてくれる?」

 ヴィニー殿下に聞かれて、私はアル兄様に見せてもらった『血の記憶』のことを話した。ヴィニー殿下は真剣な表情で聞いてくれて、聞き終わると「そっか」と呟いた。

「光の柱はなんとかなったみたいで、良かったよ」
「……あの、あのとき、どうして私の元に来てくださったのですか? それに、『合わせる』って……?」

 あの日のことを思い出しながら、ヴィニー殿下に尋ねると彼は優しく微笑んだ。

「それは巫子の力じゃないよ。僕が得意な魔術なだけ。人の魔力に、自分の魔力を合わせることが」

 魔力を合わせることが得意……? と首を傾げると、ヴィニー殿下は考えるように目を伏せて、それから「極端な話なんだけど」と前置きをしてから話し出した。

「その人に合わせた魔力を、僕は自力で作り上げることが出来るって感じかな?」

 私が目を瞬かせていると、ヴィニー殿下は小さく笑った。

「リザはさ、ジェリー嬢とジュリー嬢から魔力をわけてもらっていただろう? それは、彼女たちがそれぞれ『月の女神』の魔力を持っていたから出来たことなんだよ」

 普通はそんなこと出来ないらしい。出来たとしても、僅かな魔力しか与えることが出来ないとのこと。

「魔力の質は人それぞれだからね。僕はその人それぞれの質を再現出来るって言えば、わかりやすい?」
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