【完結】婚約破棄された悪役令嬢は、一途な愛を注ぎこまれています。

２章：同じことはしないけど

明日の準備 １話

　フィリベルトさまはそんな私の様子に、悪戯が成功して喜ぶような顔をして、馬車が去っていった。私をフローレンス邸の玄関前に残して。

「おかえりなさいませ、リディアお嬢さま……どうしました？」
「た、ただいまっ。ううん、なんでもないの。あ、そうだっ！　ローレン、明日、やりたいことができたの。突然だけど、手伝ってくれる？」
「いったい、なにをなさるおつもりですか？」
「んー……教育？」

　人差し指を頬に添えて、こてんと首をかしげると、ローレンはぱちぱちと目を瞬またたかせた。

　それから苦笑を浮かべてなにも言わなかった。長年『私リディア』に仕えているから、なにをするのか察してくれたみたい。

「マダムには？」
「まだ。これから相談しようと思っていたのだけど……きてくださるかしら」
「ええ、きっと。新しい王妃候補を一目見ないと、気が済まないでしょうし」

　ローレンは頬に手を添えて、小さく肩をすくめた。

　――マダム・カステル。

　王妃教育を熱心にしてくださった方。

　お父さまのいとこだから……いえ、きっと誰に対しても、とても厳しい方。身内贔屓ひいきなんて絶対にしないと安心できる、厳格な方。

　頭の天辺てっぺんからつま先の角度まで、アレクシス殿下の婚約者であることを理由に、それはもう散々とダメ出しを受けてきたのだ。

　ちょっとしたトラウマにもなるというものよ……

　……明日、フローラにどんな反応をするのかしら。

　彼女が先生に言ったようなことはしないけれど、私が受けていた教育はぜひ、味わってほしいと思っているの。

　フローラも男爵令嬢だし、礼儀作法くらいはできるでしょ、たぶん。

「それにしてもちょうど良いタイミングでしたね。マダム、いらっしゃっていますよ」
「えっ」

　それを早く言ってよ、ローレン！　心の準備が必要なのよ、マダムと会うときは！

　急いで自室に向かい、ローレンとチェルシーに手伝ってもらいながら、ドレスに着替える。

　深緑のドレスは、レースを使っているのがポイントで、割と華やかだ。

　マダムと会うときは、上品ながら華やかなドレスを。

　ハーフアップにした髪には、薄いピンクのリボンを。

　ヒールは赤。真っ赤ではないけれど、光を受けるとキラキラと輝く加工がされている。

　化粧も濃くなく薄くなく。

　ピンク色の口紅、頬にもチークをして血色を良く見せる。アイメイクは薄めで。

　……それにしても、マダムはどうしてここに？

「よし、マダムに会ってくるわ」
「はい。応接室でお待ちです」

　少し……いえ、かなり緊張しているわ。

　手をグーっと握りしめてから、力を緩める。

　それから天井を仰あおいで息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。……うん、ちょっとは落ちついた。

　応接室まで移動して、扉をノックする。

　返事が聞こえたから静かに扉を開けて、中に入る。すると、マダムがソファから立ち上がり、こちらを見るとふわりと微笑んだ。

「ごきげんよう、リディアさま。今日もお美しいですわね」
「ごきげんよう、マダム。張り切って準備しましたの」