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第一章「和」国大乱
第十二節「一線」
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「……て、いう話があったんだよね(夛)」
「へ~。それは、なんというか、強烈な話だね~。まあでも、あんまりかっこよくはないかも~?(三)」
「そう! そうなのっ! あそこではじめちゃんが、『結にふさわしいのはこの俺だ』とか言ってくれたら素直にキュンキュンできたのに、わけのわかんないことをうだうだうだうだ話始めるからさあ。ホント、ああゆうところが陰険だよねっ!(結)」
「まあ、確かに肇さんは、たまに度し難い言動をしますよね(解)」
「ははは。私は、あの時の肇君好きだったけどな。自らの妻を奪おうとした敵に向かって、心裡を披露するなんて(叢)」
「ま、まあまあ。でも実際、枇榔くんも大人しくなったんだし。終わり良ければ総て良しじゃない?(夛)」
俺がぽつねんと、体育座りをしている周り。
その周りを、五人の女性が――俺の妻である御縁結、友人の夛賀波三嵜、叢雲更芽、三輪雛、そして禮斎神宮の巫女、解土竹世の五人が――取り囲み、井戸端会議をしている。
俺を井戸に見立てて、井戸端会議をしている。傍から見れば、生贄を取り囲むサバトのように。
俺が宍戸先輩を撃退した後、夛賀波さんの言う通り、彼はかなり大人しくなってしまった――借りてきた猫のようになってしまった。
『獅子』が『猫』へと、豹変してしまった。だから、結果オーライと言えば、そうなのだが。
しかし、肝心な結は俺の対応に、納得いっていないらしい――というか、他でもない俺自身だって、納得はしていないのだ。
何故、あんなことを言ってしまったのだろうか。
あのとき、どうすればいいか分からなかったのは、本当なのだが。
今になって考えると、支離滅裂で、脈絡のないことを言っていたような気もするし、なんなら、冷静になっているふりをして、怒りが暴発していただけなのかもしれないし。
正義だの悪だのと、難しく考えすぎていたような気もするし。宍戸さんが悪いということに、変わりはなかったのに。
結の言う通り、普通に一発、殴っておけばよかったのかな。
とはいえ、何でこんなにも、五人で寄ってたかって俺を糾弾するような形をとっているんだ。結を助けたはずの、この俺を。俺は、そんなに悪いことをしたのか――したんだろうなあ。
――しかし。
しかし、である。
詰め寄られているはずの俺は、これと言って全く、悪い気はしていない。むしろ、喜びすら感じている。
勘違いして欲しくないが、俺はドMではない。詰め寄られることに、快感を覚える変態ではない。では、何故俺は今、喜びを感じているのか。それは――
「まあ、あんまり責めるのもよしましょう。せっかく海に来たのですから――せっかく結さんが、『水着』を拵えてくれたのですから」
――そう。
解土さんの言う通り。
俺たちは、友人の男子と女子、+巫女長補佐役の解土さんの9人は今、休暇を利用して海に来ているのである。
伊勢の国が誇る、オーシャンブルーへと。
そして、これも解土さんの言う通り――この場の皆は、結が設計をした、向こうの世界の水着を着ているのである。
水着を着ているのである!!(大事なことだから二回言った)
つまり俺は今、五人の水着女子に囲まれているのだ。不肖、漢御縁肇の二十四年の人生で、こんなことは一度もなかった――これを喜びと言わずして、何と言おうか。
(ねえ、はじめちゃんてさ。頭ん中覗けるの忘れちゃってない?)
(ああ、忘れてたッ!)
蛇が蛙を睨むときのような眼光で、結が俺に警告をいれる――イエローカードだ。テレパシーは便利だけど、こういうデメリットがあるからなあ。プライバシーなんて、あったもんじゃない。
(い、いやいや。違う違う。俺はただ、『水着』を見てただけなんだって。よくできてるなあってさ。本当、よくやった! 結!!)
(それで誤魔化せるとでも思ってんの?)
侮蔑交じりの視線が、俺に浴びせられる――心外だな。よくやったというのは、心からの気持ちだというのに。
だから俺は、あくまで「水着」を見るために、周りを見渡す。
まずは、正面に居る結。こいつの水着は見慣れているから新鮮味はないが、王道の、暖色のビキニだ。胸も、いつも通りでかいので言うことは無い。相変わらずの巨乳だ。
その左の夛賀波さんは、オフショルで胸のあたりがひらひらしている、黒いビキニを着ている。結に似て運動好きということもあり、かなり引き締まった体をしているようだ。胸は結ほどではないが、形は美しい。美乳だ。
次は、その横の叢雲さん。形はスク水のようだが、脇腹のあたりがガッツリ抉れている珍妙な水着の上に、薄いカーディガンを羽織っている。肌の露出は控えめだが、そうであるが故に、見えている肌に視線が吸い寄せられる。胸は、まああまりない。微乳だ。
そして、隣の解土さんは、白いワンピース型の水着と、麦わら帽子をかぶっているが――うむ。まあ体型は引き締まっているのだが、あろうことに胸がない。骨格以外の膨らみが、ほとんどない。彼女がこんな、まごうこと無き貧乳だなんて。普段から会っているのに、分からないもんだな。
「肇さん、今何か、最低なことを考えていませんか?」
「ははっ。まさか。僕ほどの紳士が、よこしまなことを考えるはずがないでしょう」
解土さんが怪訝な目つきで、俺を見つめる――鋭いな。さっぱりしている性格の彼女だが、案外、胸の小ささは気にしているのかもしれない。
そして、残り一人――この人は、見るのが逆に怖いので、視界から意図的に外していたのだが。
今はもう正隊員になっている彼女の、そのポテンシャルは、訓練生の頃からも感じ取れた。訓練服から垣間見える、その豊満な可能性に。
正直、それを見て俺が、正気でいられるかは分からなかったが、こんな機会はまたとない。これを逃せば、永久に見られないかもしれない。だから俺は、意を決して。彼女の姿を――三輪さんの姿を、目に映す。
「――ば……!」
爆。だった。
肩の紐でつるされ、丈がウエストまであるブラジャー型のビキニを着用し、胸の形が強調されているのも相まって――双房が、はちきれんばかりにその存在を主張している。
結よりも大きい、文句なしのSSSクラス。爆乳だ。
ガタイの良さと、全身のバランスが調和をして、女神のようにも見える――『乳』の神様が居れば、多分三輪さんの形をとって発現するのだろう。
「ねえ皆。もう泳ぎに行った方が良いよ。キモイやつがいるからさ」
俺が感動に打ちひしがれていると、結がみんなの手を引いて、海へ泳ぎに行ってしまった――ああ。どうやら、レッドカードを叩きつけられてしまったらしい。
人生で一度あるかないかの一世一大のイベントは、これをもって終了のようだ。
彼女らは、もう既に海ではしゃいでいる秀隆と守治に混ざって、楽しそうに遊んでいる。
「は、肇くんて、自分では否定しますけど……、や、やっぱり、『助平大臣』、ですよね……」
「だ、太逸君。君まで俺を、そんな不名誉な名で呼ぶのか!」
「い、いや、さっきのを見てたら、誰でもそう思うと思うんですけど……」
ずっと、にやけていましたし……。と。
俺がひとり残された横に、海から戻ってきた土岐堀太逸君が座る。濡れた前髪を上げもせずに、顔面に貼りつかせているが――鬱陶しくないのか?
因みに、男どもが何を着ているかだが、男の水着なんて、詳しく描写する気にもならない。
海パンと海パンと海パンと海パンだ。
「そ、それにしても、色々あったらしいですね……。まさか宍戸くんと肇くんが、喧嘩をするなんて……」
「ああ……。まあ、それについては、一応丸く収まったんだけどさ」
ただ、さっきも言ったが、その事件について俺の中では整理がついていない――胸の話をしている場合ではないのだ。これは、俺の今後の身の振り方にも関わる話だ。
「……わ、悪いことじゃないと、思いますよ」
「え?」
俺が寄せては返す波をぼんやりと眺めていると、隣の太逸君が、ぽつりとつぶやく。
「悪いことじゃ、ないと思います……肇くんのように、自分なりに悩むことができる、というのは……」
太逸君は、俺と同じく海を眺めながら語り始めた。
俺が今の今まで、逡巡していたことを。
「この世に、『悪』は存在します……こ、今回の宍戸さんの行動は間違いなく、『悪行』だったのでしょう……そして、『善』に従い、それを打ち砕くことも、無論必要です……」
というか、今回の肇くんの行動は、限りなくそれに近いでしょう……と、太逸君は続ける。
「し、しかし……もし、何も悩まず、何も考えず……単純に『悪』を潰す行動を続ければ、それは、傲慢に転じる可能性があります……『善』の基準を自分に置いて、自分の価値が、一番なのだと……勘違いをする」
まるで自らが、この世界の価値基準を創造できるかのような、神にでもなったかのような……そんな傲慢に、陥る虞があるのです……。太逸君は、更に続ける。
「ひ、秀隆くんのような部類は、そういった傲慢に、転じる可能性が高いですよね……」
「ああ、確かに……」
俺たちは苦笑しながら、砂の城を作っている秀隆を見つめる。かなりの超大作だ。
あんな風に、これと決めたことに取り組む姿勢は、長所でもあるのだろうが、一歩間違えば、欠点になることもあるのだろう――ああ! 波にさらわれた!!
「だ、だから……肇くんのように、その場その場で……、ば、場面に応じて、どうすればいいかを悩むというのは、悪いことでは無いと思います……。そ、それは、君の優しさとも言えるのかもしれません……。杓子定規にならないという、優しさ……」
「優しさ……」
愕然とした表情で膝をつく秀隆と、それを見て腹を抱えて笑う守治を見ながらも、俺は彼の言葉を繰り返す。
優しさ、か。俺はあの時、宍戸さんに情けをかけていたのだろうか。ここで殴っては可哀想だという、情けを。自分ではそんな風に、思ってはいなかったけれど。
「で、でもね、肇くん」
そこで太逸君は、ひときわ声を強調して――そして、驚くべきことに。
貼りついた前髪を手でかき上げて、俺の眼を見つめた。
彼の瞳をこんなに真っ直ぐ見つめるのは、初めてかもしれない。息を呑んで、彼の言葉に聞き入ってしまう。
「これだけは、忘れないでください……『一線』を忘れない、ということを」
「い、一線?」
また、馬鹿の一つ覚えで彼の言葉をオウム返しする俺に対し、太逸君は、微笑みながら続ける。
「はい、一線です……肇くんの中にある、『これだけはゆずれない』という一線……そこを越えたら、問答無用で実力を行使するという、一線……そ、それだけは、忘れないで欲しい。友人として」
これまた強い口調で、断定的な言い方をする太逸君。本当に、珍しいことに。
「肇くん……き、君もあと一ヶ月とちょっとで、正隊員になります……そうなればいつか、非情な決断をしなければいけない場面が出てくるでしょう……そ、そのときに、きっと動けるように。考える必要が、あるでしょうね」
そこまで言うと、彼は――頭を振って、また前髪を元に戻した。
わざわざ視界を悪くしなくてもいいじゃないかと、思ったのはともかく。
「……なんか、すげえな、太逸君は」
「い、いえいえ……え、偉そうなことを言って、すみません……」
太逸君は謙遜しているが、しかし。ひとの生き方に関わることを、ここまで綺麗に言葉にできるのは、素直にすごいと思う。俺なんかには到底できない。やはり一足先に、前線で働いているだけある。
こういう人なら、本当の意味で『先輩』と呼べるのだろう。俺は、心からそう思った。まあ、彼はあくまで友人なのだが。
――一線。
自分にとって、ゆずれないもの。
俺は左手の薬指の指輪を見つめ、その言葉を繰り返す。太逸君の、その言葉を。
「……よし、太逸君。せっかく海に来たんだから、海に行こうぜ!」
「そ、その会話は流石に、謎ですけど……」
困惑する彼に先んじて、俺は焼けるような砂浜に一歩を踏み出す。ここまで来て水着に着替えて、一度も泳がないというのも馬鹿馬鹿しい。
だから俺は、焼けるような日差しを体に受け、青く澄んだ海へ、全身を投げ出そうとした。
その、瞬間。
「「キャ――――ッ!?」」
けたたましい悲鳴が、海原に響き渡る。
何か、恐ろしいものに遭遇したかのような、襲われたかのような悲鳴が。
これは、この声は――俺が常日頃から聞いているこの声は。
聞き違えるはずがない。紛れもなく、俺の妻の声――結の、声だった。
――ああ。これは、もしかして。
案外早く、来てしまったのかもしれない――『非情な決断をしなければいけない場面』、というやつが。
「へ~。それは、なんというか、強烈な話だね~。まあでも、あんまりかっこよくはないかも~?(三)」
「そう! そうなのっ! あそこではじめちゃんが、『結にふさわしいのはこの俺だ』とか言ってくれたら素直にキュンキュンできたのに、わけのわかんないことをうだうだうだうだ話始めるからさあ。ホント、ああゆうところが陰険だよねっ!(結)」
「まあ、確かに肇さんは、たまに度し難い言動をしますよね(解)」
「ははは。私は、あの時の肇君好きだったけどな。自らの妻を奪おうとした敵に向かって、心裡を披露するなんて(叢)」
「ま、まあまあ。でも実際、枇榔くんも大人しくなったんだし。終わり良ければ総て良しじゃない?(夛)」
俺がぽつねんと、体育座りをしている周り。
その周りを、五人の女性が――俺の妻である御縁結、友人の夛賀波三嵜、叢雲更芽、三輪雛、そして禮斎神宮の巫女、解土竹世の五人が――取り囲み、井戸端会議をしている。
俺を井戸に見立てて、井戸端会議をしている。傍から見れば、生贄を取り囲むサバトのように。
俺が宍戸先輩を撃退した後、夛賀波さんの言う通り、彼はかなり大人しくなってしまった――借りてきた猫のようになってしまった。
『獅子』が『猫』へと、豹変してしまった。だから、結果オーライと言えば、そうなのだが。
しかし、肝心な結は俺の対応に、納得いっていないらしい――というか、他でもない俺自身だって、納得はしていないのだ。
何故、あんなことを言ってしまったのだろうか。
あのとき、どうすればいいか分からなかったのは、本当なのだが。
今になって考えると、支離滅裂で、脈絡のないことを言っていたような気もするし、なんなら、冷静になっているふりをして、怒りが暴発していただけなのかもしれないし。
正義だの悪だのと、難しく考えすぎていたような気もするし。宍戸さんが悪いということに、変わりはなかったのに。
結の言う通り、普通に一発、殴っておけばよかったのかな。
とはいえ、何でこんなにも、五人で寄ってたかって俺を糾弾するような形をとっているんだ。結を助けたはずの、この俺を。俺は、そんなに悪いことをしたのか――したんだろうなあ。
――しかし。
しかし、である。
詰め寄られているはずの俺は、これと言って全く、悪い気はしていない。むしろ、喜びすら感じている。
勘違いして欲しくないが、俺はドMではない。詰め寄られることに、快感を覚える変態ではない。では、何故俺は今、喜びを感じているのか。それは――
「まあ、あんまり責めるのもよしましょう。せっかく海に来たのですから――せっかく結さんが、『水着』を拵えてくれたのですから」
――そう。
解土さんの言う通り。
俺たちは、友人の男子と女子、+巫女長補佐役の解土さんの9人は今、休暇を利用して海に来ているのである。
伊勢の国が誇る、オーシャンブルーへと。
そして、これも解土さんの言う通り――この場の皆は、結が設計をした、向こうの世界の水着を着ているのである。
水着を着ているのである!!(大事なことだから二回言った)
つまり俺は今、五人の水着女子に囲まれているのだ。不肖、漢御縁肇の二十四年の人生で、こんなことは一度もなかった――これを喜びと言わずして、何と言おうか。
(ねえ、はじめちゃんてさ。頭ん中覗けるの忘れちゃってない?)
(ああ、忘れてたッ!)
蛇が蛙を睨むときのような眼光で、結が俺に警告をいれる――イエローカードだ。テレパシーは便利だけど、こういうデメリットがあるからなあ。プライバシーなんて、あったもんじゃない。
(い、いやいや。違う違う。俺はただ、『水着』を見てただけなんだって。よくできてるなあってさ。本当、よくやった! 結!!)
(それで誤魔化せるとでも思ってんの?)
侮蔑交じりの視線が、俺に浴びせられる――心外だな。よくやったというのは、心からの気持ちだというのに。
だから俺は、あくまで「水着」を見るために、周りを見渡す。
まずは、正面に居る結。こいつの水着は見慣れているから新鮮味はないが、王道の、暖色のビキニだ。胸も、いつも通りでかいので言うことは無い。相変わらずの巨乳だ。
その左の夛賀波さんは、オフショルで胸のあたりがひらひらしている、黒いビキニを着ている。結に似て運動好きということもあり、かなり引き締まった体をしているようだ。胸は結ほどではないが、形は美しい。美乳だ。
次は、その横の叢雲さん。形はスク水のようだが、脇腹のあたりがガッツリ抉れている珍妙な水着の上に、薄いカーディガンを羽織っている。肌の露出は控えめだが、そうであるが故に、見えている肌に視線が吸い寄せられる。胸は、まああまりない。微乳だ。
そして、隣の解土さんは、白いワンピース型の水着と、麦わら帽子をかぶっているが――うむ。まあ体型は引き締まっているのだが、あろうことに胸がない。骨格以外の膨らみが、ほとんどない。彼女がこんな、まごうこと無き貧乳だなんて。普段から会っているのに、分からないもんだな。
「肇さん、今何か、最低なことを考えていませんか?」
「ははっ。まさか。僕ほどの紳士が、よこしまなことを考えるはずがないでしょう」
解土さんが怪訝な目つきで、俺を見つめる――鋭いな。さっぱりしている性格の彼女だが、案外、胸の小ささは気にしているのかもしれない。
そして、残り一人――この人は、見るのが逆に怖いので、視界から意図的に外していたのだが。
今はもう正隊員になっている彼女の、そのポテンシャルは、訓練生の頃からも感じ取れた。訓練服から垣間見える、その豊満な可能性に。
正直、それを見て俺が、正気でいられるかは分からなかったが、こんな機会はまたとない。これを逃せば、永久に見られないかもしれない。だから俺は、意を決して。彼女の姿を――三輪さんの姿を、目に映す。
「――ば……!」
爆。だった。
肩の紐でつるされ、丈がウエストまであるブラジャー型のビキニを着用し、胸の形が強調されているのも相まって――双房が、はちきれんばかりにその存在を主張している。
結よりも大きい、文句なしのSSSクラス。爆乳だ。
ガタイの良さと、全身のバランスが調和をして、女神のようにも見える――『乳』の神様が居れば、多分三輪さんの形をとって発現するのだろう。
「ねえ皆。もう泳ぎに行った方が良いよ。キモイやつがいるからさ」
俺が感動に打ちひしがれていると、結がみんなの手を引いて、海へ泳ぎに行ってしまった――ああ。どうやら、レッドカードを叩きつけられてしまったらしい。
人生で一度あるかないかの一世一大のイベントは、これをもって終了のようだ。
彼女らは、もう既に海ではしゃいでいる秀隆と守治に混ざって、楽しそうに遊んでいる。
「は、肇くんて、自分では否定しますけど……、や、やっぱり、『助平大臣』、ですよね……」
「だ、太逸君。君まで俺を、そんな不名誉な名で呼ぶのか!」
「い、いや、さっきのを見てたら、誰でもそう思うと思うんですけど……」
ずっと、にやけていましたし……。と。
俺がひとり残された横に、海から戻ってきた土岐堀太逸君が座る。濡れた前髪を上げもせずに、顔面に貼りつかせているが――鬱陶しくないのか?
因みに、男どもが何を着ているかだが、男の水着なんて、詳しく描写する気にもならない。
海パンと海パンと海パンと海パンだ。
「そ、それにしても、色々あったらしいですね……。まさか宍戸くんと肇くんが、喧嘩をするなんて……」
「ああ……。まあ、それについては、一応丸く収まったんだけどさ」
ただ、さっきも言ったが、その事件について俺の中では整理がついていない――胸の話をしている場合ではないのだ。これは、俺の今後の身の振り方にも関わる話だ。
「……わ、悪いことじゃないと、思いますよ」
「え?」
俺が寄せては返す波をぼんやりと眺めていると、隣の太逸君が、ぽつりとつぶやく。
「悪いことじゃ、ないと思います……肇くんのように、自分なりに悩むことができる、というのは……」
太逸君は、俺と同じく海を眺めながら語り始めた。
俺が今の今まで、逡巡していたことを。
「この世に、『悪』は存在します……こ、今回の宍戸さんの行動は間違いなく、『悪行』だったのでしょう……そして、『善』に従い、それを打ち砕くことも、無論必要です……」
というか、今回の肇くんの行動は、限りなくそれに近いでしょう……と、太逸君は続ける。
「し、しかし……もし、何も悩まず、何も考えず……単純に『悪』を潰す行動を続ければ、それは、傲慢に転じる可能性があります……『善』の基準を自分に置いて、自分の価値が、一番なのだと……勘違いをする」
まるで自らが、この世界の価値基準を創造できるかのような、神にでもなったかのような……そんな傲慢に、陥る虞があるのです……。太逸君は、更に続ける。
「ひ、秀隆くんのような部類は、そういった傲慢に、転じる可能性が高いですよね……」
「ああ、確かに……」
俺たちは苦笑しながら、砂の城を作っている秀隆を見つめる。かなりの超大作だ。
あんな風に、これと決めたことに取り組む姿勢は、長所でもあるのだろうが、一歩間違えば、欠点になることもあるのだろう――ああ! 波にさらわれた!!
「だ、だから……肇くんのように、その場その場で……、ば、場面に応じて、どうすればいいかを悩むというのは、悪いことでは無いと思います……。そ、それは、君の優しさとも言えるのかもしれません……。杓子定規にならないという、優しさ……」
「優しさ……」
愕然とした表情で膝をつく秀隆と、それを見て腹を抱えて笑う守治を見ながらも、俺は彼の言葉を繰り返す。
優しさ、か。俺はあの時、宍戸さんに情けをかけていたのだろうか。ここで殴っては可哀想だという、情けを。自分ではそんな風に、思ってはいなかったけれど。
「で、でもね、肇くん」
そこで太逸君は、ひときわ声を強調して――そして、驚くべきことに。
貼りついた前髪を手でかき上げて、俺の眼を見つめた。
彼の瞳をこんなに真っ直ぐ見つめるのは、初めてかもしれない。息を呑んで、彼の言葉に聞き入ってしまう。
「これだけは、忘れないでください……『一線』を忘れない、ということを」
「い、一線?」
また、馬鹿の一つ覚えで彼の言葉をオウム返しする俺に対し、太逸君は、微笑みながら続ける。
「はい、一線です……肇くんの中にある、『これだけはゆずれない』という一線……そこを越えたら、問答無用で実力を行使するという、一線……そ、それだけは、忘れないで欲しい。友人として」
これまた強い口調で、断定的な言い方をする太逸君。本当に、珍しいことに。
「肇くん……き、君もあと一ヶ月とちょっとで、正隊員になります……そうなればいつか、非情な決断をしなければいけない場面が出てくるでしょう……そ、そのときに、きっと動けるように。考える必要が、あるでしょうね」
そこまで言うと、彼は――頭を振って、また前髪を元に戻した。
わざわざ視界を悪くしなくてもいいじゃないかと、思ったのはともかく。
「……なんか、すげえな、太逸君は」
「い、いえいえ……え、偉そうなことを言って、すみません……」
太逸君は謙遜しているが、しかし。ひとの生き方に関わることを、ここまで綺麗に言葉にできるのは、素直にすごいと思う。俺なんかには到底できない。やはり一足先に、前線で働いているだけある。
こういう人なら、本当の意味で『先輩』と呼べるのだろう。俺は、心からそう思った。まあ、彼はあくまで友人なのだが。
――一線。
自分にとって、ゆずれないもの。
俺は左手の薬指の指輪を見つめ、その言葉を繰り返す。太逸君の、その言葉を。
「……よし、太逸君。せっかく海に来たんだから、海に行こうぜ!」
「そ、その会話は流石に、謎ですけど……」
困惑する彼に先んじて、俺は焼けるような砂浜に一歩を踏み出す。ここまで来て水着に着替えて、一度も泳がないというのも馬鹿馬鹿しい。
だから俺は、焼けるような日差しを体に受け、青く澄んだ海へ、全身を投げ出そうとした。
その、瞬間。
「「キャ――――ッ!?」」
けたたましい悲鳴が、海原に響き渡る。
何か、恐ろしいものに遭遇したかのような、襲われたかのような悲鳴が。
これは、この声は――俺が常日頃から聞いているこの声は。
聞き違えるはずがない。紛れもなく、俺の妻の声――結の、声だった。
――ああ。これは、もしかして。
案外早く、来てしまったのかもしれない――『非情な決断をしなければいけない場面』、というやつが。
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