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第一章「和」国大乱

第十二節「一線」

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「……て、いう話があったんだよね(夛)」
「へ~。それは、なんというか、強烈な話だね~。まあでも、あんまりかっこよくはないかも~?(三)」
「そう! そうなのっ! あそこではじめちゃんが、『結にふさわしいのはこの俺だ』とか言ってくれたら素直にキュンキュンできたのに、わけのわかんないことをうだうだうだうだ話始めるからさあ。ホント、ああゆうところが陰険だよねっ!(結)」
「まあ、確かに肇さんは、たまに度し難い言動をしますよね(解)」
「ははは。私は、あの時の肇君好きだったけどな。自らの妻を奪おうとした敵に向かって、心裡を披露するなんて(叢)」
「ま、まあまあ。でも実際、枇榔ひろくんも大人しくなったんだし。終わり良ければ総て良しじゃない?(夛)」

 俺がぽつねんと、体育座りをしている周り。

 その周りを、五人の女性が――俺の妻である御縁結みえにしゆい、友人の夛賀波三嵜たがなみみさき叢雲更芽むらくもさらめ三輪雛みわひな、そして禮斎神宮の巫女、解土竹世けどたけよの五人が――取り囲み、井戸端会議をしている。

 俺を井戸に見立てて、井戸端会議をしている。傍から見れば、生贄を取り囲むサバトのように。

 俺が宍戸先輩を撃退した後、夛賀波さんの言う通り、彼はかなり大人しくなってしまった――借りてきた猫のようになってしまった。

『獅子』が『猫』へと、豹変してしまった。だから、結果オーライと言えば、そうなのだが。

 しかし、肝心な結は俺の対応に、納得いっていないらしい――というか、他でもない俺自身だって、納得はしていないのだ。

 何故、あんなことを言ってしまったのだろうか。

 あのとき、どうすればいいか分からなかったのは、本当なのだが。

 今になって考えると、支離滅裂で、脈絡のないことを言っていたような気もするし、なんなら、冷静になっているふりをして、怒りが暴発していただけなのかもしれないし。

 正義だの悪だのと、難しく考えすぎていたような気もするし。宍戸さんが悪いということに、変わりはなかったのに。

 結の言う通り、普通に一発、殴っておけばよかったのかな。

 とはいえ、何でこんなにも、五人で寄ってたかって俺を糾弾するような形をとっているんだ。結を助けたはずの、この俺を。俺は、そんなに悪いことをしたのか――したんだろうなあ。

 ――しかし。

 しかし、である。

 詰め寄られているはずの俺は、これと言って全く、悪い気はしていない。むしろ、喜びすら感じている。

 勘違いして欲しくないが、俺はドMではない。詰め寄られることに、快感を覚える変態ではない。では、何故俺は今、喜びを感じているのか。それは――

「まあ、あんまり責めるのもよしましょう。せっかく海に来たのですから――せっかく結さんが、『水着』をこしらえてくれたのですから」

 ――そう。

 解土さんの言う通り。

 俺たちは、友人の男子と女子、+巫女長補佐役の解土さんの9人は今、休暇を利用して海に来ているのである。

 伊勢の国が誇る、オーシャンブルーへと。

 そして、これも解土さんの言う通り――この場の皆は、結が設計をした、向こうの世界の水着を着ているのである。

 水着を着ているのである!!(大事なことだから二回言った)

 つまり俺は今、五人の水着女子に囲まれているのだ。不肖、おとこ御縁肇の二十四年の人生で、こんなことは一度もなかった――これを喜びと言わずして、何と言おうか。

(ねえ、はじめちゃんてさ。頭ん中覗けるの忘れちゃってない?)
(ああ、忘れてたッ!)

 蛇が蛙を睨むときのような眼光で、結が俺に警告をいれる――イエローカードだ。テレパシーは便利だけど、こういうデメリットがあるからなあ。プライバシーなんて、あったもんじゃない。

(い、いやいや。違う違う。俺はただ、『水着』を見てただけなんだって。よくできてるなあってさ。本当、よくやった! 結!!)
(それで誤魔化せるとでも思ってんの?)

 侮蔑交じりの視線が、俺に浴びせられる――心外だな。よくやったというのは、心からの気持ちだというのに。

 だから俺は、あくまで「水着」を見るために、周りを見渡す。

 まずは、正面に居る結。こいつの水着は見慣れているから新鮮味はないが、王道の、暖色のビキニだ。胸も、いつも通りでかいので言うことは無い。相変わらずの巨乳だ。

 その左の夛賀波さんは、オフショルで胸のあたりがひらひらしている、黒いビキニを着ている。結に似て運動好きということもあり、かなり引き締まった体をしているようだ。胸は結ほどではないが、形は美しい。美乳だ。

 次は、その横の叢雲さん。形はスク水のようだが、脇腹のあたりがガッツリ抉れている珍妙な水着の上に、薄いカーディガンを羽織っている。肌の露出は控えめだが、そうであるが故に、見えている肌に視線が吸い寄せられる。胸は、まああまりない。微乳だ。

 そして、隣の解土さんは、白いワンピース型の水着と、麦わら帽子をかぶっているが――うむ。まあ体型は引き締まっているのだが、あろうことに胸がない。骨格以外の膨らみが、ほとんどない。彼女がこんな、まごうこと無き貧乳だなんて。普段から会っているのに、分からないもんだな。

「肇さん、今何か、最低なことを考えていませんか?」
「ははっ。まさか。僕ほどの紳士が、よこしまなことを考えるはずがないでしょう」

 解土さんが怪訝な目つきで、俺を見つめる――鋭いな。さっぱりしている性格の彼女だが、案外、胸の小ささは気にしているのかもしれない。

 そして、残り一人――この人は、見るのが逆に怖いので、視界から意図的に外していたのだが。

 今はもう正隊員になっている彼女の、そのポテンシャルは、訓練生の頃からも感じ取れた。訓練服から垣間見える、その豊満な可能性に。

 正直、それを見て俺が、正気でいられるかは分からなかったが、こんな機会はまたとない。これを逃せば、永久に見られないかもしれない。だから俺は、意を決して。彼女の姿を――三輪さんの姿を、目に映す。

「――ば……!」

 爆。だった。

 肩の紐でつるされ、丈がウエストまであるブラジャー型のビキニを着用し、胸の形が強調されているのも相まって――双房が、はちきれんばかりにその存在を主張している。

 結よりも大きい、文句なしのSSSクラス。爆乳だ。

 ガタイの良さと、全身のバランスが調和をして、女神のようにも見える――『乳』の神様が居れば、多分三輪さんの形をとって発現するのだろう。

「ねえ皆。もう泳ぎに行った方が良いよ。キモイやつがいるからさ」

 俺が感動に打ちひしがれていると、結がみんなの手を引いて、海へ泳ぎに行ってしまった――ああ。どうやら、レッドカードを叩きつけられてしまったらしい。

 人生で一度あるかないかの一世一大のイベントは、これをもって終了のようだ。

 彼女らは、もう既に海ではしゃいでいる秀隆ひでたか守治もりはるに混ざって、楽しそうに遊んでいる。

「は、肇くんて、自分では否定しますけど……、や、やっぱり、『助平大臣』、ですよね……」
「だ、太逸君。君まで俺を、そんな不名誉な名で呼ぶのか!」
「い、いや、さっきのを見てたら、誰でもそう思うと思うんですけど……」

 ずっと、にやけていましたし……。と。

 俺がひとり残された横に、海から戻ってきた土岐堀太逸ときほりだいつ君が座る。濡れた前髪を上げもせずに、顔面に貼りつかせているが――鬱陶しくないのか?

 因みに、男どもが何を着ているかだが、男の水着なんて、詳しく描写する気にもならない。

 海パンと海パンと海パンと海パンだ。

「そ、それにしても、色々あったらしいですね……。まさか宍戸くんと肇くんが、喧嘩をするなんて……」
「ああ……。まあ、それについては、一応丸く収まったんだけどさ」

 ただ、さっきも言ったが、その事件について俺の中では整理がついていない――胸の話をしている場合ではないのだ。これは、俺の今後の身の振り方にも関わる話だ。

「……わ、悪いことじゃないと、思いますよ」
「え?」

 俺が寄せては返す波をぼんやりと眺めていると、隣の太逸君が、ぽつりとつぶやく。

「悪いことじゃ、ないと思います……肇くんのように、自分なりに悩むことができる、というのは……」

 太逸君は、俺と同じく海を眺めながら語り始めた。

 俺が今の今まで、逡巡していたことを。

「この世に、『悪』は存在します……こ、今回の宍戸さんの行動は間違いなく、『悪行』だったのでしょう……そして、『善』に従い、それを打ち砕くことも、無論必要です……」

 というか、今回の肇くんの行動は、限りなくそれに近いでしょう……と、太逸君は続ける。

「し、しかし……もし、何も悩まず、何も考えず……単純に『悪』を潰す行動を続ければ、それは、傲慢に転じる可能性があります……『善』の基準を自分に置いて、自分の価値が、一番なのだと……勘違いをする」

 まるで自らが、この世界の価値基準を創造できるかのような、神にでもなったかのような……そんな傲慢に、陥るおそれがあるのです……。太逸君は、更に続ける。

「ひ、秀隆くんのような部類は、そういった傲慢に、転じる可能性が高いですよね……」
「ああ、確かに……」
 
 俺たちは苦笑しながら、砂の城を作っている秀隆を見つめる。かなりの超大作だ。

 あんな風に、これと決めたことに取り組む姿勢は、長所でもあるのだろうが、一歩間違えば、欠点になることもあるのだろう――ああ! 波にさらわれた!!

「だ、だから……肇くんのように、その場その場で……、ば、場面に応じて、どうすればいいかを悩むというのは、悪いことでは無いと思います……。そ、それは、君の優しさとも言えるのかもしれません……。杓子定規にならないという、優しさ……」
「優しさ……」

 愕然とした表情で膝をつく秀隆と、それを見て腹を抱えて笑う守治を見ながらも、俺は彼の言葉を繰り返す。

 優しさ、か。俺はあの時、宍戸さんに情けをかけていたのだろうか。ここで殴っては可哀想だという、情けを。自分ではそんな風に、思ってはいなかったけれど。

「で、でもね、肇くん」

 そこで太逸君は、ひときわ声を強調して――そして、驚くべきことに。

 貼りついた前髪を手でかき上げて、俺の眼を見つめた。

 彼の瞳をこんなに真っ直ぐ見つめるのは、初めてかもしれない。息を呑んで、彼の言葉に聞き入ってしまう。
 
「これだけは、忘れないでください……『一線』を忘れない、ということを」
「い、一線?」

 また、馬鹿の一つ覚えで彼の言葉をオウム返しする俺に対し、太逸君は、微笑みながら続ける。

「はい、一線です……肇くんの中にある、『これだけはゆずれない』という一線……そこを越えたら、問答無用で実力を行使するという、一線……そ、それだけは、忘れないで欲しい。友人として」

 これまた強い口調で、断定的な言い方をする太逸君。本当に、珍しいことに。

「肇くん……き、君もあと一ヶ月とちょっとで、正隊員になります……そうなればいつか、非情な決断をしなければいけない場面が出てくるでしょう……そ、そのときに、きっと動けるように。考える必要が、あるでしょうね」

 そこまで言うと、彼は――頭を振って、また前髪を元に戻した。

 わざわざ視界を悪くしなくてもいいじゃないかと、思ったのはともかく。

「……なんか、すげえな、太逸君は」
「い、いえいえ……え、偉そうなことを言って、すみません……」

 太逸君は謙遜しているが、しかし。ひとの生き方に関わることを、ここまで綺麗に言葉にできるのは、素直にすごいと思う。俺なんかには到底できない。やはり一足先に、前線で働いているだけある。

 こういう人なら、本当の意味で『先輩』と呼べるのだろう。俺は、心からそう思った。まあ、彼はあくまで友人なのだが。

 ――一線。

 自分にとって、ゆずれないもの。

 俺は左手の薬指の指輪を見つめ、その言葉を繰り返す。太逸君の、その言葉を。

「……よし、太逸君。せっかく海に来たんだから、海に行こうぜ!」
「そ、その会話は流石に、謎ですけど……」

 困惑する彼に先んじて、俺は焼けるような砂浜に一歩を踏み出す。ここまで来て水着に着替えて、一度も泳がないというのも馬鹿馬鹿しい。

 だから俺は、焼けるような日差しを体に受け、青く澄んだ海へ、全身を投げ出そうとした。

 その、瞬間。

「「キャ――――ッ!?」」

 けたたましい悲鳴が、海原に響き渡る。

 何か、恐ろしいものに遭遇したかのような、襲われたかのような悲鳴が。

 これは、この声は――俺が常日頃から聞いているこの声は。

 聞き違えるはずがない。紛れもなく、俺の妻の声――結の、声だった。

 ――ああ。これは、もしかして。

 案外早く、来てしまったのかもしれない――『非情な決断をしなければいけない場面』、というやつが。
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