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第7章
#161 水面下
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フェデモニカ皇后陛下。
数人の侍女と護衛を従えて近づいてくる。
その瞳は、大きな声を出した侍従に、ピタリと向けられて。
件の侍従は青ざめ、小刻みに震えてさえ居た。
「我が国の臣下がご迷惑をおかけしていますか」
場の静寂を乱さない程度の、しかし迷いの無い声。
「皇后陛下にご挨拶申し上げます」
王子始め、我々はみな皇后陛下に王族への礼を取り、頭を下げた。
「どうぞ、お楽になさって」
「感謝申し上げます」
我々が顔を上げたところで、「エレオノール殿下、この度は大変でしたね。どうぞお力落とし無く。わたくしどもに何か出来る事がございましたら、どうぞ遠慮無く頼って下さいませね」と王子に対してお悔やみの言葉を述べた。
「皇后陛下のお優しさに痛み入ります」
王子は、弱々しく微笑んで見せた。
皇后陛下は、神妙に頷くと視線を俺に向け「こちらが、殿下の大切なお方?」と問われたから胸に手を当て一礼した。
「異世界から参りました、ダイと申します。どうぞ、お見知りおき下さいませ」
「貴方には火山観測所近くに大量発生したファイアーバイソンの件で、お世話になりました。アハティア将軍からも詳細を聞き及んでいます。どれ程の被害を回避出来たことか。
現場にいた者達やその家族に成り代わり、お礼を申します」
「もったいないお言葉でございます」
「今回、直接ご本人に感謝を伝える機会がもてたのは幸甚でした。…で…?」
皇后陛下はナシェガ皇国側の者達に視線を廻らせてから問うた。
「一体何事だったのでしょうか」
「…い、いえ、…あの…」
先ほど大きな声を出した侍従はもごもごと言いよどむ。
かといって、王子もナーノ様もどう言ったものかと言葉を選んで逡巡している様子。
俺はこの世界の常識に疎い異世界人であると言う特権をフル活用して、忌憚なく伝える。
「皇帝陛下が我が殿下を、自室にお招きになられたのですが、予めのお約束も無かったのでご譲歩頂きたくお願い申していたところなのです。ご覧の通り、現在我が国は極めて重要な儀式の最中で、沢山の賓客をお迎えしておりますし、殿下は身がひとつでは足りないくらいにお忙しいので」
俺はザックリと説明した。もっと色々とチクりたいところではあるがまずはザックリで。
「何という事でしょう。それは大変に申し訳無い事を致しましたわね、エレオノール殿下」
皇后陛下が軽く頭を下げたのを見て、ナシェガ陣営は息を飲んだ。
「いえ…」と、それを止めようとした王子の両手を掬い上げ、皇后陛下は僅かに腰を落としてその手を押し頂き、王子を見上げた。
「以前は我が愚息が殿下に度々ご迷惑をおかけしていたと聞きます。
陛下はきっとその件の謝罪を直にお伝えしたかったのだと思いますわ。
そう滅多にはお目にかかれる機会も無い間柄ですから、きっと気持ちだけが逸ってしまったのでしょう。
陛下は真っ直ぐな御気性で融通が利かないところがおありなのです。
悪気はないのですが、ともすると強硬に取られてしまいがちなのですわ。
とはいえ、このような厳粛な期間に、ご無礼をはたらきましたね。
陛下に代わり陳謝致します。どうか、ご海容下さいませね。
陛下にはわたくしから伝えておきますから、どうか殿下はお父上のお見送りに全力を注がれて」
「お心遣いに感謝致します」
取られた両手を軽く握り返して、王子は恐縮しきりに皇后陛下に取りなしの礼を述べ、丁重に追悼の儀への参列に対する感謝と共に挨拶に代えて、その場を辞去した。
王子はここしばらくの多忙さ故に、だいぶ疲れた顔色だったのだけれど、ナシェガの皇后陛下の言葉には明らかに安堵を見せていた。
実際に、あそこまで険悪な空気になるとは思っていなかったのだろう。
止めどころや止める方法を頭の中で模索していたに違いない。
王子の性格からして、最悪、相手の要求を呑む形になったかも知れないとも思える。
皇后陛下が現れて下さって、本当によかった。
それにしても、思いのほか皇后陛下が公正な方でビックリしてしまった。
あの国王の伴侶、あの王子の母親であるいうのは相当なご苦労を重ねていることだろう。
俺達一行は無言のまま迎賓棟を後にして、宰相補佐と臨時の護衛騎士達は重要棟に戻った。
一連の出来事を宰相に報告するためだ。
俺は、王子とホランド様ナーノ様と共に王族居住エリアに向かうことにした。
俺を呼びに来たミックも一緒だ。
「神殿に行かなければいけないのでは無いの?司祭様が私をお呼びと…」
ふと思い出したように王子が俺の顔を見上げた。
「ああ、先ほどのあれは、殿下をあの場から連れ出すための方便ですから」
俺が微笑みを向けると王子は僅かにくすりと笑った。
そして、遠くに視線を向けながら回想して。
「今思うと、私がナシェガ皇国に留学していたときも、幾度か皇后陛下には助けて頂いた気がします。
その時にはよく分からなかったのですが。たまたま…偶然に通りかかってという体で。
あれらも偶然で無いのだとしたら、本当に周りに細やかな注意を払って居るお方だと思います。
…おそらく、幾人かものすごく有能な手のものも居るのでしょうね」
「フェデモニカ皇后陛下の場合、敵対国に目を光らせるよりも、むしろ身内のやらかしに神経を注ぐ必要があるのがお気の毒ですけどね」
ふふっとホランドさんが思わずといった風に漏らす。
それを受けて。
ナーノ様が苦々しくため息をついて小声でぶーたれた。
「ええ、本当に。皇后陛下のご苦労は察するに余り有りますね。
あの侍従もね。よほど皇帝陛下に強く言われていたんでしょう。
普通はああいう風に緊急の使者が来たら引き下がりますよ。こちらの予定を無視して強引に向こうの都合をねじ込んできたのですからね。
それなのに、それでも引き下がらないとは、本当に非常識極まりないですし、品格を疑われるというものです」
「相手が皇帝陛下という事で、絶対にこちらが断らないと思っていたのでしょう。相手が相手だけに苦情も突きつけられませんしね」
ミックも鼻息荒かった。
迎賓棟から重要棟、そこから王族居住エリアまでは、建物自体は回廊などで繋がっては居るのだが、かなり道のりが遠い。
一旦外に出て馬車に乗った方が早い。
だが、今他国の人々も含め、王城内には色々な人間が出入りしている時期で、夜も更けてきた時間に屋外に出るのは憚られる。
その為にこそ重要棟の中に転移スポットがある。
お疲れの幼い王族や、仮に具合が悪いときなどはすぐに自室に戻れるように、だ。
俺達一行は、一度に二人ずつしか転移出来ないそのスポットから、順次王族エリアに飛んだ。
王子の自室に戻って、ラフな部屋着に着替えてから、そこに設置されていた通信魔道具で魔道棟のオーデュカ長官と繋がる。
長官は下賜品のパイ包みと共に、いくつかの夜食を貰っていたらしく、なにやら頬を膨らませてモグモグやっているところだった。
オーデュカ長官の後ろに、喪章を付けた騎士団長の姿がモニターに映り込む。
通信魔道具を前にして、ナーノ様が茶を淹れてくれた。
「どうでしたか?」
オーデュカ長官も食事中だというのもあり、どことなくリラックスした状態で、茶を嗜みながらモニターの向こうに俺は声をかける。
「ああ、いくつかの班に分かれて張り込んでいたら、やっぱり何人かの怪しい者が、貴族牢の近辺を探っていた。魔道棟の近くにも寄ろうとしたようだけど、結界に弾かれたみたいだな」
オーデュカ長官の肩越しに騎士団長が答えた。
実は、ナシェガ皇国側の誰か、もしくはナシェガの手駒となって居るシンクリレア人が、何らかのアクションを起こすであろう事は想定内だった。
おそらく、イエイツ辺境領にはもうブリアンテ中尉が居ない事は分かっているはずだ。
ただ、何処へ移動したとまではまだ特定できて居ないだろう。
それでも普通に考えて、捕虜としての重要度でいっても、イエイツ辺境伯領に居なければ、当然王都だとは思うはずだ。
だから今回、皇族に付き従うという大義名分の元、相当数のナシェガ国側の人間が堂々と王都入りできる機に、動きはあるだろうと踏んでいた。
皇帝陛下がしつこくエレオノール王子に呼び出しをかけるなどという迷惑行為に出たのも、おそらくは王子を呼び出せば必ず俺が付いて行くと思ったからだろうと、宰相や騎士団長、オルタンスさんなどは言う。
ブリアンテ中尉が捕虜となった際も、巨大弩砲を破壊されたときも、"山賊"どもを殲滅に追い込んだのもいずれも俺が居た。
だから、彼らにしてみると俺がしゃしゃり出てこないようにどこかに繋いでおきたかったのだろうと。
俺を迎賓棟に引き寄せ、足止めして、その間に囚獄エリアを探ろうとしたのだろう。
彼らからしてみたら、現在国賓が多く集まる迎賓棟と、式典の心臓部である王城内神殿にこそ警備が集中しているはずだと考えたはずだ。
その分、牢獄や収監所はいつもよりは手薄なはずであろうと。
ナシェガ皇国にとっては、ブリアンテ中尉がこちらの手の内にあるのは、かなり気まずいことのはず。
現在表向き行方不明のコーデリア王妃様にとっては?
王妃様に、異父弟に対する情があるとは考えにくい。
もし、王妃様もブリアンテ中尉の解放を望んでいるとしたら、それはおそらく“情”ゆえにではないだろう。
それはそれとして。
ホスヒュー・センネル・ブリアンテ中尉が、養子として迎え入れられたブリアンテ伯爵家は、裏で諜報にかかわる組織を動かしている側面を持つ。
表立っては見えないが、きっと手を尽くして中尉の所在は探っていると考える。
シンクリレア王国の内部にも間者を潜ませているに違いない。
そもそも、だからこそあの今際の際にあった国王陛下の病室に、あんな仕掛けを持ち込めたのだ。
王妃殿下が、血統的にも魔力が多かったとしても、あれほどに厳重な最奥にある国王陛下の寝所に、あんな術を展開出来たのは、あの魔法陣を施した花籠が有ったからだ。
持ち込んだのは普通に侍女が。
その侍女は何も知らない。
城のあちこちに置かれる生花のアレンジメントは、生ける侍女が持ち回りで代わる。
一定エリア分が一箇所で生けられ、それを彼女達が端から設置していく。
ほぼ機械的な流れ作業だ。
あの花籠の魔法陣が誰によっていつ施されたのかなんて、誰も認識していなかった。
侍女達の聞き取りをした現場に立ち合ったが、嘘をついている者は居なかった。
いつでも入り込めるのだと、見せつけたかったのかも知れない。
どれ程厳重に警備するなり結界を施すなりしても。
その上で、こちら側の動向を全て把握しているのだとも知らしめたかったのかも知れない。
そして、その先は?
王妃殿下はこの先、何を成そうとしている?
ナシェガ皇国に身を寄せて。
親ナシェガのシンクリレア貴族達を使って。
「あの花籠の魔法陣だけどさ」
オーデュカ長官が口いっぱいに頬張っていた夜食をゴックンしてから思案気にいった。
「王妃殿下の魔力と、おそらく魔族のものであろう魔力が混じっていたよ。
その魔族もかなりレベルの高いヤツね。…まあ、たとえていうなら魔族の中でも王族とか、将軍とか、そういうレベルの」
隣に座る王子の身体がガクリと脱力して沈んだ。
両手で頭を抱えている。
…ああ、やっぱり…
そんな空気がその場に居る全員から流れていた。
数人の侍女と護衛を従えて近づいてくる。
その瞳は、大きな声を出した侍従に、ピタリと向けられて。
件の侍従は青ざめ、小刻みに震えてさえ居た。
「我が国の臣下がご迷惑をおかけしていますか」
場の静寂を乱さない程度の、しかし迷いの無い声。
「皇后陛下にご挨拶申し上げます」
王子始め、我々はみな皇后陛下に王族への礼を取り、頭を下げた。
「どうぞ、お楽になさって」
「感謝申し上げます」
我々が顔を上げたところで、「エレオノール殿下、この度は大変でしたね。どうぞお力落とし無く。わたくしどもに何か出来る事がございましたら、どうぞ遠慮無く頼って下さいませね」と王子に対してお悔やみの言葉を述べた。
「皇后陛下のお優しさに痛み入ります」
王子は、弱々しく微笑んで見せた。
皇后陛下は、神妙に頷くと視線を俺に向け「こちらが、殿下の大切なお方?」と問われたから胸に手を当て一礼した。
「異世界から参りました、ダイと申します。どうぞ、お見知りおき下さいませ」
「貴方には火山観測所近くに大量発生したファイアーバイソンの件で、お世話になりました。アハティア将軍からも詳細を聞き及んでいます。どれ程の被害を回避出来たことか。
現場にいた者達やその家族に成り代わり、お礼を申します」
「もったいないお言葉でございます」
「今回、直接ご本人に感謝を伝える機会がもてたのは幸甚でした。…で…?」
皇后陛下はナシェガ皇国側の者達に視線を廻らせてから問うた。
「一体何事だったのでしょうか」
「…い、いえ、…あの…」
先ほど大きな声を出した侍従はもごもごと言いよどむ。
かといって、王子もナーノ様もどう言ったものかと言葉を選んで逡巡している様子。
俺はこの世界の常識に疎い異世界人であると言う特権をフル活用して、忌憚なく伝える。
「皇帝陛下が我が殿下を、自室にお招きになられたのですが、予めのお約束も無かったのでご譲歩頂きたくお願い申していたところなのです。ご覧の通り、現在我が国は極めて重要な儀式の最中で、沢山の賓客をお迎えしておりますし、殿下は身がひとつでは足りないくらいにお忙しいので」
俺はザックリと説明した。もっと色々とチクりたいところではあるがまずはザックリで。
「何という事でしょう。それは大変に申し訳無い事を致しましたわね、エレオノール殿下」
皇后陛下が軽く頭を下げたのを見て、ナシェガ陣営は息を飲んだ。
「いえ…」と、それを止めようとした王子の両手を掬い上げ、皇后陛下は僅かに腰を落としてその手を押し頂き、王子を見上げた。
「以前は我が愚息が殿下に度々ご迷惑をおかけしていたと聞きます。
陛下はきっとその件の謝罪を直にお伝えしたかったのだと思いますわ。
そう滅多にはお目にかかれる機会も無い間柄ですから、きっと気持ちだけが逸ってしまったのでしょう。
陛下は真っ直ぐな御気性で融通が利かないところがおありなのです。
悪気はないのですが、ともすると強硬に取られてしまいがちなのですわ。
とはいえ、このような厳粛な期間に、ご無礼をはたらきましたね。
陛下に代わり陳謝致します。どうか、ご海容下さいませね。
陛下にはわたくしから伝えておきますから、どうか殿下はお父上のお見送りに全力を注がれて」
「お心遣いに感謝致します」
取られた両手を軽く握り返して、王子は恐縮しきりに皇后陛下に取りなしの礼を述べ、丁重に追悼の儀への参列に対する感謝と共に挨拶に代えて、その場を辞去した。
王子はここしばらくの多忙さ故に、だいぶ疲れた顔色だったのだけれど、ナシェガの皇后陛下の言葉には明らかに安堵を見せていた。
実際に、あそこまで険悪な空気になるとは思っていなかったのだろう。
止めどころや止める方法を頭の中で模索していたに違いない。
王子の性格からして、最悪、相手の要求を呑む形になったかも知れないとも思える。
皇后陛下が現れて下さって、本当によかった。
それにしても、思いのほか皇后陛下が公正な方でビックリしてしまった。
あの国王の伴侶、あの王子の母親であるいうのは相当なご苦労を重ねていることだろう。
俺達一行は無言のまま迎賓棟を後にして、宰相補佐と臨時の護衛騎士達は重要棟に戻った。
一連の出来事を宰相に報告するためだ。
俺は、王子とホランド様ナーノ様と共に王族居住エリアに向かうことにした。
俺を呼びに来たミックも一緒だ。
「神殿に行かなければいけないのでは無いの?司祭様が私をお呼びと…」
ふと思い出したように王子が俺の顔を見上げた。
「ああ、先ほどのあれは、殿下をあの場から連れ出すための方便ですから」
俺が微笑みを向けると王子は僅かにくすりと笑った。
そして、遠くに視線を向けながら回想して。
「今思うと、私がナシェガ皇国に留学していたときも、幾度か皇后陛下には助けて頂いた気がします。
その時にはよく分からなかったのですが。たまたま…偶然に通りかかってという体で。
あれらも偶然で無いのだとしたら、本当に周りに細やかな注意を払って居るお方だと思います。
…おそらく、幾人かものすごく有能な手のものも居るのでしょうね」
「フェデモニカ皇后陛下の場合、敵対国に目を光らせるよりも、むしろ身内のやらかしに神経を注ぐ必要があるのがお気の毒ですけどね」
ふふっとホランドさんが思わずといった風に漏らす。
それを受けて。
ナーノ様が苦々しくため息をついて小声でぶーたれた。
「ええ、本当に。皇后陛下のご苦労は察するに余り有りますね。
あの侍従もね。よほど皇帝陛下に強く言われていたんでしょう。
普通はああいう風に緊急の使者が来たら引き下がりますよ。こちらの予定を無視して強引に向こうの都合をねじ込んできたのですからね。
それなのに、それでも引き下がらないとは、本当に非常識極まりないですし、品格を疑われるというものです」
「相手が皇帝陛下という事で、絶対にこちらが断らないと思っていたのでしょう。相手が相手だけに苦情も突きつけられませんしね」
ミックも鼻息荒かった。
迎賓棟から重要棟、そこから王族居住エリアまでは、建物自体は回廊などで繋がっては居るのだが、かなり道のりが遠い。
一旦外に出て馬車に乗った方が早い。
だが、今他国の人々も含め、王城内には色々な人間が出入りしている時期で、夜も更けてきた時間に屋外に出るのは憚られる。
その為にこそ重要棟の中に転移スポットがある。
お疲れの幼い王族や、仮に具合が悪いときなどはすぐに自室に戻れるように、だ。
俺達一行は、一度に二人ずつしか転移出来ないそのスポットから、順次王族エリアに飛んだ。
王子の自室に戻って、ラフな部屋着に着替えてから、そこに設置されていた通信魔道具で魔道棟のオーデュカ長官と繋がる。
長官は下賜品のパイ包みと共に、いくつかの夜食を貰っていたらしく、なにやら頬を膨らませてモグモグやっているところだった。
オーデュカ長官の後ろに、喪章を付けた騎士団長の姿がモニターに映り込む。
通信魔道具を前にして、ナーノ様が茶を淹れてくれた。
「どうでしたか?」
オーデュカ長官も食事中だというのもあり、どことなくリラックスした状態で、茶を嗜みながらモニターの向こうに俺は声をかける。
「ああ、いくつかの班に分かれて張り込んでいたら、やっぱり何人かの怪しい者が、貴族牢の近辺を探っていた。魔道棟の近くにも寄ろうとしたようだけど、結界に弾かれたみたいだな」
オーデュカ長官の肩越しに騎士団長が答えた。
実は、ナシェガ皇国側の誰か、もしくはナシェガの手駒となって居るシンクリレア人が、何らかのアクションを起こすであろう事は想定内だった。
おそらく、イエイツ辺境領にはもうブリアンテ中尉が居ない事は分かっているはずだ。
ただ、何処へ移動したとまではまだ特定できて居ないだろう。
それでも普通に考えて、捕虜としての重要度でいっても、イエイツ辺境伯領に居なければ、当然王都だとは思うはずだ。
だから今回、皇族に付き従うという大義名分の元、相当数のナシェガ国側の人間が堂々と王都入りできる機に、動きはあるだろうと踏んでいた。
皇帝陛下がしつこくエレオノール王子に呼び出しをかけるなどという迷惑行為に出たのも、おそらくは王子を呼び出せば必ず俺が付いて行くと思ったからだろうと、宰相や騎士団長、オルタンスさんなどは言う。
ブリアンテ中尉が捕虜となった際も、巨大弩砲を破壊されたときも、"山賊"どもを殲滅に追い込んだのもいずれも俺が居た。
だから、彼らにしてみると俺がしゃしゃり出てこないようにどこかに繋いでおきたかったのだろうと。
俺を迎賓棟に引き寄せ、足止めして、その間に囚獄エリアを探ろうとしたのだろう。
彼らからしてみたら、現在国賓が多く集まる迎賓棟と、式典の心臓部である王城内神殿にこそ警備が集中しているはずだと考えたはずだ。
その分、牢獄や収監所はいつもよりは手薄なはずであろうと。
ナシェガ皇国にとっては、ブリアンテ中尉がこちらの手の内にあるのは、かなり気まずいことのはず。
現在表向き行方不明のコーデリア王妃様にとっては?
王妃様に、異父弟に対する情があるとは考えにくい。
もし、王妃様もブリアンテ中尉の解放を望んでいるとしたら、それはおそらく“情”ゆえにではないだろう。
それはそれとして。
ホスヒュー・センネル・ブリアンテ中尉が、養子として迎え入れられたブリアンテ伯爵家は、裏で諜報にかかわる組織を動かしている側面を持つ。
表立っては見えないが、きっと手を尽くして中尉の所在は探っていると考える。
シンクリレア王国の内部にも間者を潜ませているに違いない。
そもそも、だからこそあの今際の際にあった国王陛下の病室に、あんな仕掛けを持ち込めたのだ。
王妃殿下が、血統的にも魔力が多かったとしても、あれほどに厳重な最奥にある国王陛下の寝所に、あんな術を展開出来たのは、あの魔法陣を施した花籠が有ったからだ。
持ち込んだのは普通に侍女が。
その侍女は何も知らない。
城のあちこちに置かれる生花のアレンジメントは、生ける侍女が持ち回りで代わる。
一定エリア分が一箇所で生けられ、それを彼女達が端から設置していく。
ほぼ機械的な流れ作業だ。
あの花籠の魔法陣が誰によっていつ施されたのかなんて、誰も認識していなかった。
侍女達の聞き取りをした現場に立ち合ったが、嘘をついている者は居なかった。
いつでも入り込めるのだと、見せつけたかったのかも知れない。
どれ程厳重に警備するなり結界を施すなりしても。
その上で、こちら側の動向を全て把握しているのだとも知らしめたかったのかも知れない。
そして、その先は?
王妃殿下はこの先、何を成そうとしている?
ナシェガ皇国に身を寄せて。
親ナシェガのシンクリレア貴族達を使って。
「あの花籠の魔法陣だけどさ」
オーデュカ長官が口いっぱいに頬張っていた夜食をゴックンしてから思案気にいった。
「王妃殿下の魔力と、おそらく魔族のものであろう魔力が混じっていたよ。
その魔族もかなりレベルの高いヤツね。…まあ、たとえていうなら魔族の中でも王族とか、将軍とか、そういうレベルの」
隣に座る王子の身体がガクリと脱力して沈んだ。
両手で頭を抱えている。
…ああ、やっぱり…
そんな空気がその場に居る全員から流れていた。
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