王子の宝剣

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第7章

#160 国葬

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ゼル地区砦で捉えた敵組織のリーダーは、マティウス様に引き渡した。

これで、ブリアンテ中尉と共に、手の内にある捕虜が増えた。

今回の紛争は、体裁上ただの山賊の暴挙という事になっているが、それでも即座に異変を通達しても来ず、領属騎士への対応の指示も出さなかった暫定領主のスヴォズス伯爵は糾弾されることなった。

本人は国家の喪中という事も有り、騒ぎ立てることを憚ったためなどと言い訳をしていたが、その結果として、現実に国境近くの村ではそれなりに被害もあった。
オルタンス兄貴達が早めに乗り込んだことで、最小限にとどめたとは言え、農地を荒らされたり家畜を奪われたり、僅かながら死傷者も出た。

騎士団長や宰相などは、どうやら最初から、中央の議会で選出されたこのスヴォズス伯爵自体が、親ナシェガの一派に紛争の手引き要員として送り込まれたのだろうと踏んでいる。

「じっくりと時間をかけて白状させるとするよ。その間のウラ取りも暗部に探らせる。最終的な処断は、王太子の身体がもう少し自由になってからになるだろうが」

国王陛下の崩御を受けて、アレクシス王太子殿下は既に実質国王であるが、即位の儀は完全に喪が明けてからになる。
この世界の、この国では9ヶ月後だ。
即位の儀の後、所謂世代交代とも言うべき中央組織の刷新も行われるらしく、新国王体制として国の運営の舵取りを始めるのはほぼ1年後になるのだという。

国葬は、具体的な日程など星読みの魔導師が割り出してから決まる。
一ヶ月半後くらいらしい。
それまでの間、式典庁始め、関係省庁はほぼそれに向けての準備に忙しくなる。
友好国の王族も参列するのだから、騎士団も総出で警備に当たらなくてはいけない。

俺がエレオノール王子と婚姻した事実は、アレクシス陛下即位の式典後催される夜会で発表されるらしい。
それまでは、婚姻の件は表沙汰にせず、今まで同様婚約者の立ち位置でいることになる。婚姻を先にしてしまった経緯も込みで、その場で説明をするとのこと。

中央神殿には既に届けが出ており、受理されている。
ただ、それら式典の都合に合わせて当分婚約者扱いという事情も、各方面共有している。

それも踏まえて。
さすがに貴族社会の喪が明けるまでは、神殿を光らせるわけにはいかないよね、というのが、俺と王子の暗黙の了解だった。
聖女様達や司祭達は気にしていたのだけど、俺達はそれほど気にしていなかった。

なにしろ、とにかく忙しかったから、思いのほか日々があっという間にすぎた。

王子はもちろん、王族としてもだけれど、現状姉君に成り代わって裁量を任されている大聖女としての職務もある。
葬儀自体が神殿の管轄である以上、それに伴っての準備も多くなるのは仕方が無かった。
そのポジションは他の誰にも振り分けられないのだから。

騎士団の国葬に関わる手順の確認や、予行演習の合間に、俺は第2騎士団に顔を出して、シシャンブノスさん達から、以前のワイバーンの件に関する情報を貰っていた。
そして、その間にオーデュカ長官とその分野が得意とされている魔導師数人で、王妃の影を導き出した花籠の魔法陣を分析する作業も頼んでいた。

まず、先だってのワイバーンの件。第二騎士団から得た情報。

他種族の言語も操れるが、言語という形式に拘らずともある程度の意思の疎通を図れるシシャンブノスさんがワイバーンから聞いた話では。
というか、ワイバーンも長老レベルにならないと意思を言語化出来ないらしいのだけど、その長老が言うには、やはり笛の音が原因だったと。
その笛も人工的に作られた弱めの魔獣使いの笛などとは異質な、仲間の警報に近い音だったという。

ピノーデン市との間にある原生林は、基本的にその範囲内での生態系が完結しているから、滅多なことではワイバーンクラスのものが外部に飛び出してくることは無い。皆無とは言わないが。
ただ、飛び出しても王都にもピノーデン市にも、魔物センサーが張られていて、逆にやられてしまうことになるから、長老としては、近づくなと命じているくらいだったのだ。

ただ、どうしてもああいう音で煽られてしまうと、見に行かずにはいられなくなる、ということだった。
その上で、もしあの音を出す笛を人工的に作っているならばやめて欲しいのだとも。

その話を踏まえた上で、今はその音を発した笛の取扱者、製造者や持ち主などを捜しているという。あの音が聞こえた獣人騎士達が、市井にいる獣人達に聞き込みに行ったりなどしている。
地道にそれを重ねて今はある程度、笛が鳴った範囲が絞られてきているとのことだ。

レヒコさん始め極めて耳のいい獣人騎士達は、危険だけどもう一度鳴ってくれたら絶対場所を特定出来ると言っていた。

それとは別働隊として、禁制品などを扱っている地下組織の調査も進めている。

あと、一度だけハルエ様の庵に飛んで、氷原王エンデュサピオン様と魔皇后陛下フィンヌンギシス様に会い、星岳の魔王ヴィンディアレムの事を聞いてみたりもした。
フィンヌンギシス様は神妙な面持ちで「探っておくよ」と応えて下さった。



式典の打ち合わせやら練習やら、ワイバーン関連の調査などに明け暮れていたら、あっという間に国葬の日が来てしまった。

三日ほど前から王子は神殿での潔斎をして、儀式に必要な神具に魔力を込めたり、儀式に先駆けての、女神への祈りを捧げたり、大聖女様代行の諸々をこなしていた。

王太子殿下ご一家もまたそれぞれに前日から潔斎をして、儀式に臨んだ。

祭壇の前には白い花々が幾重にも飾られ、棺の周りを覆うように設えられて居る。
棺には、重厚な金のモールで縁取られた王家の紋章付きの白絹が被せられ。
その手前に金糸のクッション。そして王冠と王杓が置かれていた。

最初は全国の領主貴族、貴族院や元老と言われる重鎮、その後に次々と国賓の皆様が入場して所定の席について行く。
会場には極めて静かに、修道士達による無伴奏の禱歌が流れている。
王太子殿下を先頭として、陛下の血を引く殿下達とそのご家族が次々と入場して、陛下の棺に跪く。
その場に王妃殿下のお姿が無い事に、僅かに動揺する空気もあったが、その場の厳粛さに皆その違和感を黙殺した。

暫し祈りを捧げたあとに、王太子殿下が立ち上がり、国王陛下を讃える言葉を厳かに語り、三柱女神に、天国への導きを請う祈りを捧げる。

続いて、中央神殿大司祭の言葉。
縁の深い他国王家からの献花。

俺は、神殿の正面で第一騎士団員として整列していた。
式典の際の整列では、近衛騎士団以外は基本的に甲冑に黒マント姿だ。

バイザーの隙間から次々と通り過ぎる人々を横目で見ていた。
案内役が掌サイズの紋章を持っているから、紋章の区別が付けば何処の王家か分かる。
一応俺は、デュシコス様とルネス様の勉強会のおかげで、何とか周辺国家の紋章をそこそこ覚えていた。
さすがにセタ・ヨーグドホン連合国家の、全ての紋章までは覚えきっていないのだが。

多くの国賓が通過する際、ナシェガ皇国の皇帝夫妻も居た。
ああ、あの方々がそうなのか、あの皇子の両親なのかと思った。皇帝陛下は想像していたよりも若く、マキスレイヤン皇子にどことなく似ていた。
皇后陛下は気高く聡明そうな美女だが、どことなく冷たい印象を受ける。

二人にくっついてマキスレイヤン皇子も入国するのでは無いかと少々緊張していたのだが、今のところそんな情報は無い。

厳かに滞りなく儀式は幕を閉じた。
国賓の皆様は係の者達に導かれて、晩餐の席に移動していった。

慶事とは違い、賑やかな歌舞音曲などは無しだから、晩餐のみだ。
生前の陛下の好物が並んで居るらしい。

陛下はどうやらパイ生地でくるまれた料理がお好きだったと言う事で、この夜供された料理のうち、最も手軽な鳩肉の一口大パイ包みの一品は、後日、弔問に来た人々に神殿前広場でも配られるらしい。
この日、職務を終えたあとの騎士団にも配給された。
おそらく城内に勤める全ての臣下にも配られたはずだ。
陛下による最後の下賜品として、有り難く頂戴しつつ祈りを捧げるのだという。
パイ生地のかけらを口の周りに付けながら、袖で涙を拭っている先輩騎士が何人も居た。

国賓が滞在しているという事で、騎士団は持ち回りで夜中警護に当たる。

さすがに夜警の際には甲冑は外す。
甲冑を外して一旦、王城内の控え室で暫しの休憩を入れた後、また持ち場に向かうのだが、その暫しの休憩の際に、ミックが駆け込んできた。

周りにも休憩中の騎士達が居る。
喪服姿のミックはそれでも、極力バタバタしないようにしつつも速歩で進んできたのだろう。
さすがに、国葬中は厳粛にしなくてはいけないから。
それでも、汗だくで息を切らせて転ぶように俺に駆け寄って小声で告げた。

「先ほどから、エレオノール殿下が何度かナシェガの皇帝陛下から滞在中の部屋に呼ばれているのです。
本日の殿下にはこなさねばならない公務が詰まっていて、無理なのだとやんわりとお断りしても、何度もご使者を迎えによこして来るのです。信じられない非常識です」

確かに各国からの要人が集まるのだから、こういう場で無ければ会えない国の者同士が声掛けし合ってそれぞれ談話室などを使っての会談の場を持つ事はある。
国賓として式典に参列するのは王族だけだとしても、当然王族だけが来るわけでは無い。外交関連の大臣や文官は必ず同行している。

こういった場合、王族は王族同士談話の機会をもつし、外交官は外交官同士で席を設けたりもする。
葬儀への出席という趣旨である事もあり、さらっとした挨拶程度の事が多いが、人によってはしっかり交流する事もある。
王族に関しては、他国との婚姻関係を結んだりして、久し振りに会う血縁だったりする場合も有るのだし。

だが、そういった血縁とか、親友とかいう間柄でも無ければ宛がわれた自分用の客室に呼んだりはしない。
談話室を利用するのが普通だ。

「行ってこい、ダイ。夜警の方は俺達がシフト調整するから大丈夫だ」
オルタンスさんにそう促された。
俺はオルタンスさん始め、第一騎士団の兄貴達に礼を言ってからミックと一緒に、奥の王宮エリアに向かった。

迎賓棟に駆けつけると、ホールの一角で小声で揉めているらしき集団を見つけた。

王子を背に庇うように立ちはだかるホランド様と、ナーノ様がナシェガの従者らしき者達を相手にしている姿だった。
無論、相手がナシェガ国の者という事もあり、他にも10名前後の護衛を伴っているものものしさだ。宰相補佐も同行しているところを見ると、宰相の指示での要警戒という事だろう。

ただ、近づくにつれ聞こえてくる口論では、もともと王子は客人の個室には訪問しないということで、では談話室でいいといってきた様子。
なのに、迎賓棟まで来てみたら、そのまま個室に連れて行こうとした、と言う事らしい。
挙げ句の果てに、伴の者はここに残して王子一人で訪れるようにと要求してきているようだった。

王子はこういう場なのだから、極力説得しようとした様子なのだけど、王子の周りを固めているシンクリレア側の護衛や従者がだいぶピリ付いている。
まあ、国葬という極めてナーバスな行事の最中に行われている横暴に、苛立たないわけが無い。

俺はズカズカと近寄って「こちらにいらっしゃいましたか、殿下。お探し申しました」とナシェガ側の者達が見えていないかのように、王子にだけ向かって突進した。

一同が一斉に俺を見る。
俺は手を伸ばして王子の肩に触れ、周りに居るホランド様、ナーノ様、その他のシンクリレア側スタッフに軽く会釈をしながら告げた。

「大司祭様がお探しでした。今すぐに城内神殿にお急ぎ下さい」
王子の肩に触れている手の先に少しだけ力を入れて、王子の身体の向きを変えさせ、そのままエントランスに向かう体制に入った。

「お待ちください。エレオノール王子殿下には我が皇帝陛下がご用があってお待ちなのです」

「そのような予定は伺っておりませんが」

「先ほど王子殿下にも会って頂けるというお返事を頂けて、ご案内申し上げたのです」

「失礼ながら、殿下は分刻みのご予定の元に動かれておいでです。突発的な面談の要請はご遠慮願います。何より今は急いでいますので。そのように御主君へお伝え願います」

そう言い残して王子を連れ去ろうとすると、側の騎士達が回り込んでこちらを囲む。

「困ります!ここまでいらして下さっておきながら去られては、私どもが罰されてしまいます」

やや半ギレ気味に追いすがる筆頭の従者に、俺は心から同情している表情で「それはお気の毒に」と胸に手を当てて、そのまま彼を置き去りに王子を抱えるようにエントランスに向いた。

「おいっ!」

背後から引き留めようと大きな声がする。

曲がりなりにもここは迎賓棟のホール通路。まばらではあるが他国の要人も行き交っている。
大きな声に、皆がこちらに注意を向けた。

俺は口に指を当てて「どうぞ、ご静粛に」と告げる。
相手は顔を赤くして「途中から割り込んで、何なのですかあなたは」とわなわなと震え、騎士達に目配せを送る。
それを合図に取り囲んでいたナシェガの騎士達の包囲が狭まった。

騎士の中には剣の柄に手をかけている者も居る。
マジかよコイツら。人ンちの葬式に出席して刃傷沙汰やる気か?あぁん?

マジで切れる3秒前状態の時に涼やかな声が響いた。

「そなた達、何をしているのです」

振り向くと、そこには凜として冷ややかな美貌の貴婦人、ナシェガ皇国の皇后陛下がゆっくりと近づいて来ていた。
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