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「どうした? 松宮」
「い、いえ……なんでもありません。あの、洗面台、使いますか? 俺、どきますよ」
「は? いや、お前が終わってからでいいし」
「……さ、先使うならどうぞ」
「いや、別に……って、どうした? 顎でも切ったのか?」
「ちっ、違います! 切ってないです」
「じゃあ、なんでそこ、押さえてんだよ」
「う、い、いや、ホント、何でもないんで」
「松宮?」
逃げようとした、松宮の腕を門倉はつかんだ。
力勝負では、門倉は松宮の上である。
松宮の背中が壁とぶつかって、どんと音をたてた。両手首を掴まれて、左右に開くようにこじあけられ、泡の付着した掌と、隠されていた顔があらわになる。
「……は?」
松宮の頬は真っ赤にそまっていた。
彼は辛そうに、視線を逸らす。泡がじゅわじゅわと減っていき、彼の素顔があられた。
「な、なんなんですか、もう!」
じっと己の顔を見つめている門倉に、足で蹴りを入れるも、離してくれない門倉に松宮は悲鳴のような声をあげた。
「もう、やだって! 離せよ、門倉さんのくそ!」
「……よかった。本当に、傷はない、みたいだな」
「へ?」
「いや、だから、手、押さえてたから。怪我でもしたのかと思った」
「……ち、違いますよ」
「ほら、まだ剃り残しがあるぞ」
「ひっ」
門倉は、そっと手首を離すとその手指で、彼の顎に触れた。
「ここと、ここ。ふふ、うっすら髭が残ってる」
途端、かーっと松宮の顔が真っ赤になった。
「げふっ!」
松宮の鉄拳が油断していた門倉のみぞおちに命中した。たまらず、崩れ落ちる門倉。
「あほ! デリカシーなし野郎! 馬鹿っ!」
しかし、松宮のほうが余裕がない罵倒を門倉に吐いて、ぱたぱたと廊下を走って行く。
何が起きたのか、わからないのは、門倉ただひとりであった。
(了)
「い、いえ……なんでもありません。あの、洗面台、使いますか? 俺、どきますよ」
「は? いや、お前が終わってからでいいし」
「……さ、先使うならどうぞ」
「いや、別に……って、どうした? 顎でも切ったのか?」
「ちっ、違います! 切ってないです」
「じゃあ、なんでそこ、押さえてんだよ」
「う、い、いや、ホント、何でもないんで」
「松宮?」
逃げようとした、松宮の腕を門倉はつかんだ。
力勝負では、門倉は松宮の上である。
松宮の背中が壁とぶつかって、どんと音をたてた。両手首を掴まれて、左右に開くようにこじあけられ、泡の付着した掌と、隠されていた顔があらわになる。
「……は?」
松宮の頬は真っ赤にそまっていた。
彼は辛そうに、視線を逸らす。泡がじゅわじゅわと減っていき、彼の素顔があられた。
「な、なんなんですか、もう!」
じっと己の顔を見つめている門倉に、足で蹴りを入れるも、離してくれない門倉に松宮は悲鳴のような声をあげた。
「もう、やだって! 離せよ、門倉さんのくそ!」
「……よかった。本当に、傷はない、みたいだな」
「へ?」
「いや、だから、手、押さえてたから。怪我でもしたのかと思った」
「……ち、違いますよ」
「ほら、まだ剃り残しがあるぞ」
「ひっ」
門倉は、そっと手首を離すとその手指で、彼の顎に触れた。
「ここと、ここ。ふふ、うっすら髭が残ってる」
途端、かーっと松宮の顔が真っ赤になった。
「げふっ!」
松宮の鉄拳が油断していた門倉のみぞおちに命中した。たまらず、崩れ落ちる門倉。
「あほ! デリカシーなし野郎! 馬鹿っ!」
しかし、松宮のほうが余裕がない罵倒を門倉に吐いて、ぱたぱたと廊下を走って行く。
何が起きたのか、わからないのは、門倉ただひとりであった。
(了)
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