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3 新しい生活の始まり

3‑9 魔道具の利権

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 馬車なら、貴族屋敷街を抜けて城下町に入り、大通りを通って丘を登坂し、城門から前庭を抜けて魔法省宮まで回るのに小一時間かかるかもしれない。
 でも、ヘンリッキは、突然の呼びかけにもかかわらず、幾つもの紙飛行機と他にも何か試作品を詰め込んだ箱を抱えて、30分かそこらでやって来た。
 
「馬に、風霊の支援と筋力強化をかけて、メイン通りを使わず裏手を抜けて来ました! 幸い、人を引っかけたり物を倒したり壊したりはしてません」
「⋯⋯幸い、なの?」
「あ、いえ、一応、気をつけては、いました」

 カチンコチンに緊張して、敬礼するのも動きが少し変だったけど、ヘンリッキは頰を紅潮させて、興奮気味だった。

「君が、ヘンリッキだね。エステルが信頼する執事の一人なんだって? パァヴォラ家の三男、だったかな」
「で、でで殿下に記憶していただいてるなんて、光栄ですっ」

 ビシッと敬礼で固まるヘンリッキ。パァヴォラ家は、アァルトネン一族と遠縁でもある風の魔法士の家系だ。

「この折り紙の飛行物、中々いい出来だね。アイデアも素晴らしい。精霊に感染させた特殊な紙を作るのに苦労しただろう」

 殿下に誉められ、涙を滲ませるヘンリッキ。

 紙飛行機の性能と特色、私には聞かされていなかった改善すべき点など、その日の業務時間が終わっても話は終わらなかったけど、殿下は、止めたりせず聴いてくださった。

 私は、殿下を巻き込んだそもそもの目的──以前の発明を他人に特許を取られた話にまで持って行き、権利を取り返せないか相談する。
 ついには遅めの晩餐までかかり、官舎の食堂は終わっていたので、王城の来客用食堂を急遽借りる事に。

「来客用とは言っても、個人的に知人を招いて食事をする時用で職員食堂に比べたら手狭だけどね」

 広さはそうでも、装飾品や家具などが、職員食堂と王城の来客用食堂とでは桁違いに高級品だけど、ヘンリッキには関係ないというか、話に夢中で気にしていなかったみたいだった。


「彼は、魔法省で主に取り扱う商品や技術などに関して、役所と開発者との間を取り持つ事を専門とした、宮廷で認可した公正書士だな」
「だから信用したのですが⋯⋯」

 国の行政機関に所属する公正書士が、欺したり権利を詐取したりするとは誰も思わないだろう。
 魔法を取り扱う者なら尚のこと。

「契約書に不審な点はなかったのだな?」
「これが、その時の写しです、が、あれ? 内容が変わってる!? そんなはずは⋯⋯」
「──愚かな。わたしには改竄かいざんは通じないのに。ここの、開発者に関する一文に、上書きされた痕跡が見える。エステル。君なら、精霊を通して、本来あるべき姿が見えるだろう?」

 言われて、自分の眼ではなく、ルヴィラを通じて感知するように視ると、今読める文章がぼやけ、その下から、ヘンリッキがどうやって開発したか、この権利を保持した上でまわりに利用される事を了承する事、そのための条件などを盛り込んだ文章が浮き上がってくる。

「これは⋯⋯!!」

「巧くやったつもりだろうが、精霊は嘘をつかない。嘘をつくという行為が存在しない。大丈夫だ。この者の資格を剥奪し、権利を君の手に戻せるように取り計らおう。これまでに生じた利益も、本来は君のもの。賠償金を上乗せして取り替えしてやろう」
「ありがとうございます!! ですが、利益に関しては、その元々の文の通り、魔道具技師協会の運用費に寄付してください。私は、自分の開発した道具で、金儲けがしたい訳じゃありません。魔法が弱い市民でも魔道具を使って、快適に生活してもらえるならそれでいいんです」
「わかった。そちらも、協会内に流用する不心得者がいないか監査も含めて調整しよう」

 やはり、殿下に相談してよかった!

 ヘンリッキはうれし泣きをしながら、宮廷料理人の飾り盛りされた料理を食べていた。




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