39 / 64
3 新しい生活の始まり
幕間 新しい補佐官のオンナノコ
しおりを挟む
👧
昨日紹介された時は、緊張していたのだろう白い顔をして頭を下げる様子が、聞いている年齢よりも大人びて見える真面目そうな子だな、と思った。
が、今朝は、新しい机に座り、まだ何も置かれていない、真新しいので傷ひとつない盤面を撫でて、ニコニコして嬉しそうな姿は年相応⋯⋯いや、それよりも幼く見えた。
「でも、女の子一人入っただけで、部屋の空気変わりますね」
自分の下で働く同僚、煉瓦色の巻き毛を短く切り、まだ学生のように見えるウルマスは、嬉しそうにヘーゼルの目を笑みに歪めてエステル嬢を見ているが、そのウルマスを刺すような視線でエリオス殿下が睨みつけている。大丈夫かな? ウルマスは時々空気読めないからな。
昨日の自己紹介ではフルネームで名乗ったのに、今日は簡単に名前のみ「エステル・フェリシアです。本日よりよろしくお願いします」と頭を下げたエステル嬢。
だから、ウルマスは、彼女が公爵家のご令嬢だと気づいてない可能性がある。
「殿下、あんな可愛い子、どこで見つけてきたんですかぁ? 女っ気ない噂心配してましたけど、ちゃんといるんですね」
あ、バッカ!! 地雷を踏む気か!?
「そんなんじゃないよ。魔法士学校の同級生だ。生真面目な子だから、揶揄ったりするんじゃないよ」
「同級生ってことは、次、卒業ですか? 卒業間近の優等生をスカウトしてきたんですか?」
「そんなところだ」
そんなところってどんなところ? 殿下は、エステル嬢のことを、ウルマスには話さないつもりなのかな。
「エステルちゃんから見て、学校での殿下ってどんな感じ?」
「研究チームに入ったばかりで、まだ、一緒に学んだことはありませんが、生徒代表委員としても、ヒトの上に立ちその背中を見せて歩かなくてはならない王族としても、同級生としても、とても誠実で真面目で、お心遣いの細やかな、とても優しい方です」
「ひょ? 殿下って、学校では優しい人なの? 思いやり? 誠実で真面目だろうけど、優しい、ねぇ? 別人28号かな」
「ウルマス」
懲りない奴だ。殿下に睨まれて、笑っていられる奴なんて、ウルマスくらいのものだ。
でも、そうか。学校では、人当たりのいい、優しい、子供の頃の素直な殿下のままの顔を出しているのか。
今は、佞臣や、未成年だと侮る大人達に、王族としての威光を見せるため、隙のない第二王子を演じて、どちらが本物なのか判らなくなってきていたけれど、ちゃんと、学校では、年相応の青年でいられるのか。
それもあと半年ほどだけれど──
「エステルちゃん、解らないことがあったら何でも聞いてね。お兄さんと、これからのことについて、お茶しながらお話ししようか?」
「ウルマス。エステルは、わたしの下に就かせるのも、職員寮に出すのも、渋る親から最終的には王族の力で攫うように預かってきた、大切なご令嬢だ。揶揄ったり面白がったりするなら、明日の朝日といわず、今夜の月も見られなくなると思え」
「ひょええぇ。やっぱり、殿下の大切な人なんじゃないんですか?」
ウルマスは従僕から執事見習いに上がったばかりで、まだ殿下の執務の全てには携われない。
プライベートな事柄にも、半分も触れることは出来ない。
だから、知らないのだろう。
殿下にとって、エステル嬢がどんな存在か。
親兄弟でも譲渡不適合な事が殆どの、個体差が大き過ぎる魔力質。
それが、エステル嬢からは、痛みも不快も不調も魔力酔いもなく、大量に譲り受けられるという。
しかも、その量とスピード足るや、専門職の癒し姫の回復ですら彼女の足元にも及ばないという。
殿下は肯定なさらないけれど、幾度となく魔力を譲渡してもらい、恩を感じていると手の届く場所に置こうとしておられるのは、単に恩義だけではないように思う。
「まあ、癒し姫もメじゃない親和性で、大量に急速に魔力譲渡が出来ると言うだけでも、そうそうは手放せないだろうな⋯⋯」
「マティアス。わたしは、そんな事のために彼女を、研究チームに入れたり、魔法士師団司令部副長官補佐に任命した訳じゃない」
うおっと、ひとりごとなのに、聞かれてたか。
「ですが、彼女、昨日引き合わされた時はフルネームで名乗ったのに、ウルマスには、名前しか伝えませんでしたね?」
「ウルマスには、名乗る必要はない。と、思った訳ではなく、爵位や親の威光などを気にせず、自分自身を見て欲しかったからだろう。彼女のウィークポイントだ。あまりそこには触れないでやってくれ」
「まあ、アァルトネンの名がなくても、爵位を振りかざさなくても、あの、彼女の周りに集まる精霊を見れば、魔法士ならたいてい、己との力量の差を感じて近寄れませんがね」
鈍感なウルマスは、ただの魔法士学校の生徒の一人だと思っているようだが。
まあ、魔力の高さは一般的に貴族が高い──血系魔法や血族体質、能力値などを後継に繋ぐため、貴族同士で婚姻を重ねて高め合ってきた歴史があるから、基本的には、魔法士は貴族出身者が多いんだけど。
もちろん、僕も侯爵家の二男だし、ウルマスも伯爵家の三男で、二人とも、殿下の執務の関係で、下の者を動かしたり貴族でないと出来ない事柄などを上手く回すために、子爵位は授爵してるんだけどな。
エステル嬢の親といえば、精霊魔法で追随を許さないアァルトネン一族の長の公爵閣下。
亡きご母堂は、魔法士師団の司令部副長官──殿下と同じ職務に就いていた。
父親はあまりいい噂を聞かないけど、扱う魔法は大きいらしい。
あんなに、判りやすい容姿──淡い黄色味を帯びた月のような白金の髪と、湖水のようなミントグリーンの瞳──なのに、ファーストネームとセカンドネームまで名乗ったのに、ウルマスには、思い当たらないらしい。
まぁ、いいけど。
彼女がそばにいることで、殿下が安らげるというなら、仕事が捗るというのなら、可愛い女の子は大歓迎だし、ウルマスに限らず、馬鹿が手を出したりしないよう見張るくらい、なんて事ないな。
殿下は、蜂蜜やメープルシロップを垂らし混んだハニーバターケーキのように甘い顔をして、エステル嬢に、過去の事例やこれからの仕事について説明していた。
昨日紹介された時は、緊張していたのだろう白い顔をして頭を下げる様子が、聞いている年齢よりも大人びて見える真面目そうな子だな、と思った。
が、今朝は、新しい机に座り、まだ何も置かれていない、真新しいので傷ひとつない盤面を撫でて、ニコニコして嬉しそうな姿は年相応⋯⋯いや、それよりも幼く見えた。
「でも、女の子一人入っただけで、部屋の空気変わりますね」
自分の下で働く同僚、煉瓦色の巻き毛を短く切り、まだ学生のように見えるウルマスは、嬉しそうにヘーゼルの目を笑みに歪めてエステル嬢を見ているが、そのウルマスを刺すような視線でエリオス殿下が睨みつけている。大丈夫かな? ウルマスは時々空気読めないからな。
昨日の自己紹介ではフルネームで名乗ったのに、今日は簡単に名前のみ「エステル・フェリシアです。本日よりよろしくお願いします」と頭を下げたエステル嬢。
だから、ウルマスは、彼女が公爵家のご令嬢だと気づいてない可能性がある。
「殿下、あんな可愛い子、どこで見つけてきたんですかぁ? 女っ気ない噂心配してましたけど、ちゃんといるんですね」
あ、バッカ!! 地雷を踏む気か!?
「そんなんじゃないよ。魔法士学校の同級生だ。生真面目な子だから、揶揄ったりするんじゃないよ」
「同級生ってことは、次、卒業ですか? 卒業間近の優等生をスカウトしてきたんですか?」
「そんなところだ」
そんなところってどんなところ? 殿下は、エステル嬢のことを、ウルマスには話さないつもりなのかな。
「エステルちゃんから見て、学校での殿下ってどんな感じ?」
「研究チームに入ったばかりで、まだ、一緒に学んだことはありませんが、生徒代表委員としても、ヒトの上に立ちその背中を見せて歩かなくてはならない王族としても、同級生としても、とても誠実で真面目で、お心遣いの細やかな、とても優しい方です」
「ひょ? 殿下って、学校では優しい人なの? 思いやり? 誠実で真面目だろうけど、優しい、ねぇ? 別人28号かな」
「ウルマス」
懲りない奴だ。殿下に睨まれて、笑っていられる奴なんて、ウルマスくらいのものだ。
でも、そうか。学校では、人当たりのいい、優しい、子供の頃の素直な殿下のままの顔を出しているのか。
今は、佞臣や、未成年だと侮る大人達に、王族としての威光を見せるため、隙のない第二王子を演じて、どちらが本物なのか判らなくなってきていたけれど、ちゃんと、学校では、年相応の青年でいられるのか。
それもあと半年ほどだけれど──
「エステルちゃん、解らないことがあったら何でも聞いてね。お兄さんと、これからのことについて、お茶しながらお話ししようか?」
「ウルマス。エステルは、わたしの下に就かせるのも、職員寮に出すのも、渋る親から最終的には王族の力で攫うように預かってきた、大切なご令嬢だ。揶揄ったり面白がったりするなら、明日の朝日といわず、今夜の月も見られなくなると思え」
「ひょええぇ。やっぱり、殿下の大切な人なんじゃないんですか?」
ウルマスは従僕から執事見習いに上がったばかりで、まだ殿下の執務の全てには携われない。
プライベートな事柄にも、半分も触れることは出来ない。
だから、知らないのだろう。
殿下にとって、エステル嬢がどんな存在か。
親兄弟でも譲渡不適合な事が殆どの、個体差が大き過ぎる魔力質。
それが、エステル嬢からは、痛みも不快も不調も魔力酔いもなく、大量に譲り受けられるという。
しかも、その量とスピード足るや、専門職の癒し姫の回復ですら彼女の足元にも及ばないという。
殿下は肯定なさらないけれど、幾度となく魔力を譲渡してもらい、恩を感じていると手の届く場所に置こうとしておられるのは、単に恩義だけではないように思う。
「まあ、癒し姫もメじゃない親和性で、大量に急速に魔力譲渡が出来ると言うだけでも、そうそうは手放せないだろうな⋯⋯」
「マティアス。わたしは、そんな事のために彼女を、研究チームに入れたり、魔法士師団司令部副長官補佐に任命した訳じゃない」
うおっと、ひとりごとなのに、聞かれてたか。
「ですが、彼女、昨日引き合わされた時はフルネームで名乗ったのに、ウルマスには、名前しか伝えませんでしたね?」
「ウルマスには、名乗る必要はない。と、思った訳ではなく、爵位や親の威光などを気にせず、自分自身を見て欲しかったからだろう。彼女のウィークポイントだ。あまりそこには触れないでやってくれ」
「まあ、アァルトネンの名がなくても、爵位を振りかざさなくても、あの、彼女の周りに集まる精霊を見れば、魔法士ならたいてい、己との力量の差を感じて近寄れませんがね」
鈍感なウルマスは、ただの魔法士学校の生徒の一人だと思っているようだが。
まあ、魔力の高さは一般的に貴族が高い──血系魔法や血族体質、能力値などを後継に繋ぐため、貴族同士で婚姻を重ねて高め合ってきた歴史があるから、基本的には、魔法士は貴族出身者が多いんだけど。
もちろん、僕も侯爵家の二男だし、ウルマスも伯爵家の三男で、二人とも、殿下の執務の関係で、下の者を動かしたり貴族でないと出来ない事柄などを上手く回すために、子爵位は授爵してるんだけどな。
エステル嬢の親といえば、精霊魔法で追随を許さないアァルトネン一族の長の公爵閣下。
亡きご母堂は、魔法士師団の司令部副長官──殿下と同じ職務に就いていた。
父親はあまりいい噂を聞かないけど、扱う魔法は大きいらしい。
あんなに、判りやすい容姿──淡い黄色味を帯びた月のような白金の髪と、湖水のようなミントグリーンの瞳──なのに、ファーストネームとセカンドネームまで名乗ったのに、ウルマスには、思い当たらないらしい。
まぁ、いいけど。
彼女がそばにいることで、殿下が安らげるというなら、仕事が捗るというのなら、可愛い女の子は大歓迎だし、ウルマスに限らず、馬鹿が手を出したりしないよう見張るくらい、なんて事ないな。
殿下は、蜂蜜やメープルシロップを垂らし混んだハニーバターケーキのように甘い顔をして、エステル嬢に、過去の事例やこれからの仕事について説明していた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
1,996
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる