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4 困惑と動悸の日々
4‑8 魔法実習
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✡
今日は、エリオス殿下は研究を兼ねて、下級生に魔力操作と属性について講義する日である。
当然、私も助手として参加する。
「第二王子殿下の講義を受けられて、アァルトネン公爵令嬢に見守られるなんて、緊張しますぅ」
縦長のグラスの中で弾けるシャンパンのような、光の具合でオレンジにも黄色にもピンクにも見えるシャンパンゴールドの艶のある髪をアップにした伯爵令嬢──カステヘルミ嬢が、頰を染めて身をくねらせる。
「いつのものようにすればいいのよ」
カステヘルミ嬢とは、友人とまでは行かないものの、お茶会や夜会で会うと必ず挨拶してくれる三つ年下の子だ。
昨年までは領地のマナーハウスで淑女教育に励んでいたらしいが、今年に入って急激に魔力が強くなったため、急遽下級生に混じって魔法士学校へ入学したと言う。
まわりが年下の初心者ばかりでも、恥じたり億劫がらずに、真面目に学んでいるらしい。
「あれ? 今日は、エステル様も緊張してらっしゃるのですかぁ?」
「え?」
「ルヴィラちゃんでしたっけ? 光りようか揺らいでて、エステル様も平常じゃないのかなって」
そう。この子は、ルヴィラが見える。精霊に対する眼、精霊眼を持っている。
そのせいか、少ない魔力でも魔術の効きがよく、精霊との関係性も良い。
先祖にアァルトネン一族の血が入っているのか、もっと昔の、先祖返りか。
私の事を公爵令嬢ではなく名前で呼び、ルヴィラをちゃん付けする辺り、口で言うほど緊張はしていないと見える。
「そうね。殿下の研究員になってから、初めての講義実習なの。そのため、少しだけ、緊張しているわ」
「魔力操作と属性についての講義なんですから、大した問題もなく、すぐに終わりますよぉ」
この、語尾を延ばす話し方は直した方が良いと何度か言ったけれど、すぐに延びてしまうらしい。
小さい子供みたいで可愛らしいけれど、早い子になれば親の決めた相手と結婚していてもおかしくない歳なのに、もうちょっと考えた方が良いと思うけど。
でも、悪い子じゃない。
殿下の説明を聞いて、多少は魔法に馴染みのある貴族階級の子達がやってみている。
カステヘルミ嬢も含め、貴族出身者はみな、難なく熟していく。
大変なのは、魔力こそ持っていても、魔法を使ったことのない庶民達。
それでも、中産階級の子らや、職人・商人の子らは、親が仕事で使うこともあるからだろう、基礎を押さえるのは早かった。
問題は、両親も魔法に馴染みがなく、基礎を教える初等教育すら受けたことのない庶民の子。
地精や精霊達の営みを感じるところから始めなくてはならず、入学してから数ヶ月は経っているはずなのに、自らの体内で循環させる魔力操作すら覚束ない子もいる。
問題なのは、魔力はたくさん持っている、と言うこと。
いつ、魔力暴走が起こっても大変なので、魔力操作と基礎魔法だけでも使えるようになりたいところ。
見かねた貴族出身者達が、自分の失敗例と上手く動かすコツなどを教えていた。
それをよしとせず不快そうに見ている子も居て、貴族平民の貴賤は無しというルールが守れていないのが見てとれる。
それでも、農民の子で親が田畑や日常生活で基礎魔法を使っていたのを見て育ったと言う子は何とかなってきた。
順調に授業は進み(経験のない庶民の子らが苦戦するのは想定内)本日の講義も終わりを告げる頃──
最期まで苦戦していた子が、やっと魔力をまわせるようになって来た。
それが嬉しかったのだろう、どんどん内に魔力を集めていく。
さっきまでの苦労が嘘のように、全身に魔力を巡らせ、地面や草木などの周りからも地精を集め、自身の魔力や霊力と馴染ませていく。
それを微笑ましく見守っていたのも束の間。
逆に、どんどん膨らんでいき、次第に彼のコントロールから離れてしまう。
すぐに気づいたエリオス殿下が駆けつけ、彼の魔力溜まりを解体しようと試みる。
膨らむスピードは落ちたが、まだ止まらない。
私は、周りの子たちを集め、万が一に備え精霊たちの壁を作る。複数の属性のたくさんの精霊たちが壁になってくれるため、どの属性の魔法力が暴走しても、無効化してくれると信じる。
まだ魔術として完成していない、ただの魔力塊なので、逆に分解しにくいらしく、殿下も手こずっていた。
にしても、すごい才能だ。と、思っていたら、彼と中のいい子がこっそり教えてくれる。
「オッシは、両親はただの雑貨屋だけど、母親の父が、オッシの祖父が、どっかの侯爵様の三男で元騎士だって聞いたことあります」
お祖父様が、跡目を継げずに平民に下る貴族子息のひとりなのね。
もしかしたら、父親も、先祖に貴族がいたのかも。それくらい、貴族(魔力持ち)に匹敵する素質だったから。
パシっと魔力塊が弾けて霧散する。
その際、少し小さな魔力塊がこちらへも飛んで来たけれど、精霊たちが難なく無力化してくれたので、生徒達には被害はなかった。
最後まで苦戦していた子──オッシは、疲れ果てたのか魔力切れを起こしたのか、その場に崩れる。
生徒達に悲鳴のような声が上がるけれど、エリオス殿下がオッシを受け止め、怪我もなく済んだ。
「わたしは、オッシを救護センターへ運ぶから、エステルは、生徒たちを頼む」
そう言って魔法士学校の施設が立ち並ぶ区画へ向かう殿下の眼が、また、赤かったような気がした──
今日は、エリオス殿下は研究を兼ねて、下級生に魔力操作と属性について講義する日である。
当然、私も助手として参加する。
「第二王子殿下の講義を受けられて、アァルトネン公爵令嬢に見守られるなんて、緊張しますぅ」
縦長のグラスの中で弾けるシャンパンのような、光の具合でオレンジにも黄色にもピンクにも見えるシャンパンゴールドの艶のある髪をアップにした伯爵令嬢──カステヘルミ嬢が、頰を染めて身をくねらせる。
「いつのものようにすればいいのよ」
カステヘルミ嬢とは、友人とまでは行かないものの、お茶会や夜会で会うと必ず挨拶してくれる三つ年下の子だ。
昨年までは領地のマナーハウスで淑女教育に励んでいたらしいが、今年に入って急激に魔力が強くなったため、急遽下級生に混じって魔法士学校へ入学したと言う。
まわりが年下の初心者ばかりでも、恥じたり億劫がらずに、真面目に学んでいるらしい。
「あれ? 今日は、エステル様も緊張してらっしゃるのですかぁ?」
「え?」
「ルヴィラちゃんでしたっけ? 光りようか揺らいでて、エステル様も平常じゃないのかなって」
そう。この子は、ルヴィラが見える。精霊に対する眼、精霊眼を持っている。
そのせいか、少ない魔力でも魔術の効きがよく、精霊との関係性も良い。
先祖にアァルトネン一族の血が入っているのか、もっと昔の、先祖返りか。
私の事を公爵令嬢ではなく名前で呼び、ルヴィラをちゃん付けする辺り、口で言うほど緊張はしていないと見える。
「そうね。殿下の研究員になってから、初めての講義実習なの。そのため、少しだけ、緊張しているわ」
「魔力操作と属性についての講義なんですから、大した問題もなく、すぐに終わりますよぉ」
この、語尾を延ばす話し方は直した方が良いと何度か言ったけれど、すぐに延びてしまうらしい。
小さい子供みたいで可愛らしいけれど、早い子になれば親の決めた相手と結婚していてもおかしくない歳なのに、もうちょっと考えた方が良いと思うけど。
でも、悪い子じゃない。
殿下の説明を聞いて、多少は魔法に馴染みのある貴族階級の子達がやってみている。
カステヘルミ嬢も含め、貴族出身者はみな、難なく熟していく。
大変なのは、魔力こそ持っていても、魔法を使ったことのない庶民達。
それでも、中産階級の子らや、職人・商人の子らは、親が仕事で使うこともあるからだろう、基礎を押さえるのは早かった。
問題は、両親も魔法に馴染みがなく、基礎を教える初等教育すら受けたことのない庶民の子。
地精や精霊達の営みを感じるところから始めなくてはならず、入学してから数ヶ月は経っているはずなのに、自らの体内で循環させる魔力操作すら覚束ない子もいる。
問題なのは、魔力はたくさん持っている、と言うこと。
いつ、魔力暴走が起こっても大変なので、魔力操作と基礎魔法だけでも使えるようになりたいところ。
見かねた貴族出身者達が、自分の失敗例と上手く動かすコツなどを教えていた。
それをよしとせず不快そうに見ている子も居て、貴族平民の貴賤は無しというルールが守れていないのが見てとれる。
それでも、農民の子で親が田畑や日常生活で基礎魔法を使っていたのを見て育ったと言う子は何とかなってきた。
順調に授業は進み(経験のない庶民の子らが苦戦するのは想定内)本日の講義も終わりを告げる頃──
最期まで苦戦していた子が、やっと魔力をまわせるようになって来た。
それが嬉しかったのだろう、どんどん内に魔力を集めていく。
さっきまでの苦労が嘘のように、全身に魔力を巡らせ、地面や草木などの周りからも地精を集め、自身の魔力や霊力と馴染ませていく。
それを微笑ましく見守っていたのも束の間。
逆に、どんどん膨らんでいき、次第に彼のコントロールから離れてしまう。
すぐに気づいたエリオス殿下が駆けつけ、彼の魔力溜まりを解体しようと試みる。
膨らむスピードは落ちたが、まだ止まらない。
私は、周りの子たちを集め、万が一に備え精霊たちの壁を作る。複数の属性のたくさんの精霊たちが壁になってくれるため、どの属性の魔法力が暴走しても、無効化してくれると信じる。
まだ魔術として完成していない、ただの魔力塊なので、逆に分解しにくいらしく、殿下も手こずっていた。
にしても、すごい才能だ。と、思っていたら、彼と中のいい子がこっそり教えてくれる。
「オッシは、両親はただの雑貨屋だけど、母親の父が、オッシの祖父が、どっかの侯爵様の三男で元騎士だって聞いたことあります」
お祖父様が、跡目を継げずに平民に下る貴族子息のひとりなのね。
もしかしたら、父親も、先祖に貴族がいたのかも。それくらい、貴族(魔力持ち)に匹敵する素質だったから。
パシっと魔力塊が弾けて霧散する。
その際、少し小さな魔力塊がこちらへも飛んで来たけれど、精霊たちが難なく無力化してくれたので、生徒達には被害はなかった。
最後まで苦戦していた子──オッシは、疲れ果てたのか魔力切れを起こしたのか、その場に崩れる。
生徒達に悲鳴のような声が上がるけれど、エリオス殿下がオッシを受け止め、怪我もなく済んだ。
「わたしは、オッシを救護センターへ運ぶから、エステルは、生徒たちを頼む」
そう言って魔法士学校の施設が立ち並ぶ区画へ向かう殿下の眼が、また、赤かったような気がした──
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