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二章

第15話 その頃、王都では……(アンダーソン夫人視点)

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 その頃、王都では――。
 アンダーソン子爵家で、夫人主催のお茶会が催されていた。
 以前からアンダーソン家のお茶会はお茶もお菓子も美味しいと評判で、質の良い美しいドレスで着飾った夫人の華やかさも有名だった。
 しかし今では、お茶もお菓子も夫人のドレスも以前と比べると明らかに質が落ちている。
 お茶会に招かれた上流階級の女性たちは、目敏く見抜いていた。

「アンダーソン夫人はどうなされたのかしら? 以前はあんなに素敵なお茶会だったのに……」
「最近はお顔の色が悪いみたいだし……どこか具合が良くないんじゃないかしら?」
「お可哀想にねぇ」

 噂好きの女性たちは、アンダーソン家について語り合う。
 アンダーソン夫人は表向きは笑顔を保ちながらも、時折耳に届く噂話に冷や汗を流していた。

「み……皆様! 本日はわたくしがケーキを焼きましたのよ。どうぞご賞味くださいな!」
「まあ、ありがとうございます。こちらのお屋敷でお出しされるケーキは絶品ですもの。いただきますわね。…………あ、あら?」
「どうなさったの? …………まあ、これは……」

 ケーキを食べた女性たちの期待に満ちた表情が失望に変わる。
 もちろん彼女たちも上流階級。せっかく振舞われた食事に対して、露骨に不味いという事はない。

「お……美味しいですわ。さすがアンダーソン夫人ですわね」
「え、ええ。……でも私、ダイエット中なので一口で十分でしてよ」

 けれど一瞬見せた表情は、アンダーソン夫人のケーキが期待外れだったことを雄弁に語っていた。
 それを見ていたアンダーソン夫人の顔色がますます悪くなる。

(やはりネリネさんのケーキでないと、皆様ご不満のご様子だわ……)

 お茶会の参加者たちは皆、ネリネが焼いたケーキを絶賛していた。しかし客人たちは今まで食べていたケーキを焼いていたのがネリネだとは知らない。
 ネリネが家から追放された今、夫人は自らケーキを焼く必要があった。
 だから久しぶりに自分でお菓子作りをしたのだが、ネリネのケーキを期待してやって来た貴族の女性たちは落胆している。
 それはつまり、自分とネリネの腕には雲泥の差があると証明されたようなものだ。
 結局、気まずい空気のままお茶会は終了した。
 帰り際、主催者であるアンダーソン夫人に挨拶する貴族たちは、誰もが同情の眼差しを向ける。

「奥様、あまりご無理をなさいませんよう……」
「どうかお体を大事にして下さいませ」
「ありがとう。皆様の優しさに感謝します」

 表面上は穏やかに取り繕ろうが、内心は疲れ果てていた。
 それもその筈だ。かつてあれほど社交界の華として輝いていたはずの彼女は、今や見る影もない。
 かつては美しく結い上げていた髪は乱れ、肌艶も悪い。
 今までアンダーソン家では、ネリネに家の雑用を全て任せていた。
 ネリネは生活魔法を使って、一生懸命家を支えていた。
 料理、栄養管理、洗濯、アイロンがけ、裁縫、刺繍、夫人やミディアの髪や肌のお手入れ――。
 だがネリネがいなくなった現在、それらの行為は生活魔法を使えないただの使用人が行っている。
 ネリネの魔法の効果がなくなった途端、夫人とミディアは華やかな美しさを失った。
 まさに魔法が解けたのである。
 これまで分不相応な称賛を浴びていただけに、あまりに激しい落差に夫人は打ちひしがれていた。

「……ただいま帰りましたわ、お母様……」
「あら、ミディア……おかえりなさい」

 しかも夫人の心労はこれだけで終わらない。
 ローガン・オニール伯爵令息と婚約した娘のミディアだ。
 ミディアも母親同様、ネリネの魔法の恩恵を受けていた。
 そのおかげで美しいと評判だったが、今ではやはりかつての美貌を失っている。
 その結果、ローガンはミディアにも冷たく対応するようになっていた。
 そう、まるでかつてのネリネがされていたように――。
 オニール家の昼食会に招かれていたミディアが帰宅する。その頬には赤い手形がついており、一目で殴られたのだと分かる。

「まあ、その顔はどうしたの!? まさか……」
「……お母様!! あの男との婚約を解消してください! ローガン様ったら近頃はいつも苛立っていて、私を見ると怒ってばかりなの! そして今日はついに鬱陶しいと頬を殴られて……あんな男だと知っていたら、ネリネお姉様から奪わなかったのに!!」
「落ち着きなさい、ミディア。アンダーソン家とオニール家の婚約は絶対よ。今更婚約解消なんて出来ないわ。あなただってそれを承知していたんでしょうに」
「だからって……私を殴るような男のところに嫁ぎたいなんて思わないわ! ああ、こんなことならネリネお姉様を追い出すんじゃなかった……医療院での慈善活動も私たちが行わなければならなくなったし……こんな生活が続いていたら、こちらまで病気になってしまうわ!」

 アンダーソン家の女性たちは、今まで上流階級の女性の美徳とされる弱者救済の慈善活動を全てネリネに行わせていた。アンダーソン家は聖魔法の使い手の一族だから、その手の活動はある種の義務でもあった。
 だがネリネがいなくなった今、彼女たちが行わなければならない。
 夫人はともかく、ミディアは乳母日傘で育った箱入り娘だ。不潔で貧しい救貧院や医療院での活動に嫌気が差していた。

「お母様……。もう手遅れかもしれませんが、ネリネお姉様を連れ戻すことは出来ませんの!? もうこんな生活は嫌だわ! お姉様に謝って、連れ戻して、今まで通り生活しましょう!」
「それは無理よ……ネリネさんの追放はお父様が決めたことですもの。あの方はネリネさんを憎んでいらっしゃるわ。ネリネさんがいなくなったことの不利益は理解されているでしょうけど、だからといって撤回することは……ありえないでしょうね」
「そんなぁ……!」

 ミディアは母に縋って泣き始めた。ミディアは自分の身に起きた不幸を――しかも自ら引き起こしてしまった不幸を嘆くばかり。甘え切った娘の精神性に夫人は溜息を吐く。
 だが、こんな娘に育ててしまったのは紛れもなく自分たち夫婦だ。
 威圧的で暴力的な夫と、それを恐れて恭順するしかない妻。
 長女を虐げる夫と、保身の為にそれを見て見ぬ振りすることで加担した妻。
 ……そんな両親を見て育ったのだ。ミディアの精神と認知が歪んだのもおかしくない。
 虐待はされた張本人だけでなく、それを見ていた者の心も歪めるのだ。
 夫人は娘を宥めながら、ネリネに対する行いとミディアへの教育を激しく後悔するのだった。
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