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10 東京駅からの高速バス

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 翌日、洋太が意気揚々と仕事に出かけたので、水萌里はある店へ出かけた。そして、目的のものを買い、とある駐車場に着くと助手席に置いた袋の中から買ったものの一部を出した。
 おにぎりとサンドイッチとペットボトルを紙袋に入れて車を降りる。

 水萌里が訪れたのは、ヤマザキショップ干潟石毛店だ。水萌里は再来店でおにぎりをゲットできたことを喜び至福の気持ちでうきうきと左右に木の生い茂る小道を抜けた。

 ★★★

 数ヶ月前、水萌里の夢にも天照大御神様が現れてお告げを残し、少し下調べした水萌里は朝になると軽いハイキングのような格好をして東京駅八重洲口から出発する旭ルート銚子行きの高速バスに乗った。八時少し過ぎた頃出発したバスが高速道路に入ると適度な揺れに誘われて水萌里は眠気にいざなわれていった。夢現ゆめうつつの中でバスが高速道路を降りたようだが、なんとなくまだなような気がする。
 人の動く気配で水萌里はふと目覚めた。前を見ると何人もが降りるために並んでいる。

『こんなにたくさんの人が降りるならきっと中心街だわ』

 水萌里は何も確認せずに人波に付き従うように高速バスを降りてしまった。水萌里の背中でドアが閉まり動き出したバスはカーブに消えていく。
 水萌里が唖然として立ち尽くしたのは、そこはよくある田舎の主要道路で、左右に建物は点在するが、見えるのは農協のマークと郵便局のマークであるからだ。
 水萌里は慌てて一緒に降りた人たちに付いて行ったが、その人たちはバス停裏の駐車場にある車に悠々と乗り込み走り去った。

『まさか無料の駐車場? 信じられないわ。それだけ車があることが前提の街なのね』

 水萌里は免許はあるが近頃運転はしていない。練習しようと決めてバス停まで戻った。
 気持ちを切り替えてあたりを見回す。水萌里の好みの香りがする。

『緑が近いわ』

 多少神力のある水萌里は自然に対して敏感だ。

『あら、お店。コンビニ? そういえばお腹が空いたわ。朝ごはんを食べずに電車に乗っちゃったから』

 東京駅八重洲口までの道のりに電車を利用した水萌里だが、思いの外、東京駅から高速バスのバス停が近く、その上順調に乗り継ぎができてしまったので朝食を買う時間もなかった。時計を見るとまだ九時半を回ったばかりだ。

『ここはもう旭市よね? 一時間半ほどで着いたなんて予想よりずっと近いわ。高速バスって楽なのね』

 水萌里は『トマト』ののぼりや『豆大福』ののぼりに誘われるようにその店に足を向けた。

「いらっしゃいませぇ」

 男性の声に迎え入れられカウンターに目をやると年配の店員が蕩けているのかと思われるほどの笑顔で出迎えてくれていた。

『うふふふ。コンビニの店員さんって無表情なものだと思っていたわ』

 都会にはない親しみ深い雰囲気に顔が綻ぶ。
 中に進むと手作りおにぎりのトレーがあるが、おにぎりは乗っていなかった。

「あぁ。ごめんなさいねぇ。朝方全部買っていってくれたお客樣がいてねぇ。いつもはこんなことないんだけど」

 残念そうな心を見たように声がかけられた水萌里は笑顔で頷いてさらに奥へ進んだ。そこには色とりどりの具材が挟まれたサンドイッチが並んでいた。サンドイッチも『手作り』と書かれている。

「サンドイッチは卵とかカツサンドが人気がありますよ」

 水萌里はレジカウンターの右上にある木箱をチラリと見てからその反対の左のショーケースを見て、一つのサンドイッチに決めた。
 レジへ行くとレジ脇にある陳列にも目が止まる。

『メロンビスケコロネですって!! ホイップ入り? なんて魅惑的なの!』

 水萌里はゴクリと喉をならして視線を右に動かす。水萌里が気になっていた木箱はやはり豆大福だった。左のショーケースには、シュークリームやドーナツやアップルパイが並ぶ。アップルパイの驚きの安さにドキリとしながらも、心を鬼にして覚悟を決めた。

「パイシューを一つください」

「ありがとうございます」

 手際よく袋に入れてくれ、精算を済ませた。水萌里はそれをリュックにしまい店を出ると、店の右手からいい香りがする。ただし、その香りは水萌里にしかわからない。

「あちらにあるわ」

 その香りを辿たどるように右手に北へ進む。

「あ! そちらの道は工事中なので『大原幽学館』へ行くならそちらの大きな道から行ってください」

 ヤマザキショップの服をきた女性が親切に教えてくれ、ペコリと頭を下げてから歩き出した。『大原幽学館』というのがどんなものかはわからないが、水萌里の求める香りを辿るには問題がなさそうに思えた。
 西に向かって歩き、農協の前を通り郵便局の前の信号を右折して北へ向かう。そこからはなだらかな坂道を上がっていった。干潟中学校の校庭から体育の授業なのか、元気な声が聞こえる。
 次の信号には、右折『東総運動場』の看板があり、確かにそびえ立つ観客席が見えた。そちら側が女性店員の言った場所であろうとわかったが、水萌里を誘う香りは別の方向から来ている。

 ☆☆☆
 ご協力
 ヤマザキショップ干潟石毛店様
 
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