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15 鉄塔と田んぼ
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真守はふうふうとお茶を冷まして一口飲んだ。
「旭警察署の近くだよ。旭中央病院から北へ真っ直ぐ行く道の途中の右手におにぎりの看板があるんだ。そこから五十メートルくらいのところにある店だ」
「おお! 警察署あったぞ! イオンタウンが近いじゃないか。ここなら自転車で行けるな!」
地図を指さして洋太が喜んだ。
洋太は水萌里が用事があるときには一人で自転車でおひさまテラスへ行っていた。自転車といっても神力で少し風に背を押してもらってスイスイと進むので、少しくらい距離が伸びても問題はない。
「確か『おにぎりまめふく』って店だよ。おにぎり二つ選んでおかずと汁物が付くセットが美味いんだ。甘じょっぱい生姜おにぎりが最高。梅シラスも美味いんだけど、時々メニューが変わるから今のメニューはわからないな。
それを注文して待つ間に窓際のカウンターに座ってぼぉっと外を眺めるんだよ。圧巻の風景とは全く違う……こう……ほのぼのとした……田舎だけど街っていう絶妙なコラボレーションが成り立つところにある店なんだよね」
「どういうこと?」
「眼の前にさぁ、田んぼが広がるわけ。俺が見た時はもう田植えは終えて随分と大きくなっていたな。旭市は田植えが早いんだなって思った」
「そうね。私もそれは感じたわ」
「その田んぼの中にどっどーんと鉄塔が立っているんだ、青空に喧嘩売るみたいにしてさ。稲がそれを笑って見てるかんじ。さらに奥には旭の中心地の建物が見えて、決して生活が厳しくなるところじゃないって安心感みたいなものがある。
真正面が旭中央病院だからねぇ」
「ほどよく田舎でほどよく都会な街よね」
「そう。それを切り取ったように見せる風景がある店なんだ」
「それは絶対に自転車で行くべきだな!」
「あ、その店、美味いからリピーターが多くて閉めるの早い時があるから気をつけてね。
なんだかほんわかした女性二人でやっている店でさ、ついついおにぎりを追加注文したんだよね」
「具は?」
「豚キムチ」
「何それ!? 食べたいっ!」
洋太は食べたことも聞いたこともない具であったので首を傾げたが、水萌里は飛びつくように反応する。
「お昼前に行けば買えるけど、残念ながら、豚キムチはローテーションもので常備おにぎりではないって聞いた気がする」
「真守さんの「聞いた気がする」は信用できないわ。明日にでも自分で行きます」
「やったぁ! 明日も夕飯はおにぎりだな」
洋太は何を出されても喜ぶのだが、二人はそれにはツッコまない。
「ええ……またぁ。ならせめて汁物は豚汁にしてくれよぉ」
「いいわよ」
二人は『おにぎりまめふく』の汁物が夏以外は豚汁であることをまだ知らない。
洋太が自室へ行き、水萌里が風呂へ行ったのを見計らって、真守はそっと黄色のミニトマトジュースを冷蔵庫からとりだした。棚のウォッカを使ってブラッディーマリーを作ると椅子をダイニングテーブルへ動かし深く座る。ゆっくりと呑み始めた顔はユルユルだった。
翌日、水萌里はお昼前に『おにぎりまめふく』へ行ったが本当に豚キムチではなかった。でも、キムチ納豆があったのでそれを中心に購入してきた。水萌里は喜んで食べていたが、洋太はその味に驚きキョトキョトしながら食べており、真守はキムチ納豆には手を出さなかったが好きなおにぎりは二つ確保していた。
「生姜おにぎり、本当に美味いな」
この日も三人で十個のおにぎりを完食した。そして、洋太はキムチ納豆にハマってしまう。
数日後、洋太がおにぎりを三つ買って帰ってきた。
「母さん! オヤジ! 見てくれ、二人とも食べてないと思う」
袋にはこれまでのフィルムパックとは明らかに違うハードパックにされたものが入っていた。透明のハードパックから見えるおにぎりには海苔ではなくシソが乗せられている。
三人は興味津々で開け、誰が声をかけたわけでもないのに同時に口へ入れた。
「おいしっ!」
「うまっ!」
水萌里と洋太は素直に感動するが真守は解剖解説したくなる質である。
「これは辛味噌か。だが、最後に鼻に抜けるかぐ芳わしい香ばしさ……これは…………。
はっ! ピーナッツかっ! これは懐かしのみそピーの辛味バージョン! 給食に出たあの味は子供用で、これぞ大人のみそピー!」
真守がおにぎりを捧げ持った。
「はいはい。洋太のおかげで新作が食べられて良かった。確かに旭市にはピーナッツ屋さんがそこここにあるね」
「これは新作ではないそうだぞ。えーっと、何て言ったかなぁ……。あ、スポット! スポットメニューだって言っていた!」
「尚更に貴重ひーーーん!!! すごいぞ洋太。このタイミングで行くとは素晴らしい勘だ!
これで『おにぎりまめふく』制覇も間近だぁ!」
真守は拳を高く天井へ向けた。
真守はまだ知らないのだ。ローテーションものがたくさんあり、鯛めしおにぎりも、たこ飯おにぎりも、卵黄身おにぎりも、スパムおにぎりも、ウィンナーおにぎりも、ドライカレーおにぎりも真守は食べたことがないことを。
これからも新作が出てくるだろうということも考慮していない。店に行けばおにぎり茶漬けが食べられることも……。
そして作者は知っている……秋に出るサツマイモおにぎりが絶品であることを……。
真守の全メニュー制覇にはまだまだ遠いな、ふっふっふ。
「もぐもぐ。そういえば、イオンタウンに母さんのオススメおにぎりが売っていたぞ。サンドイッチとか、あの豆大福も」
「え!?」「なにっ!?」
すごい勢いで洋太の顔を見た二人であるが、洋太は平然とおにぎりを食べていた。どうやら自分の分は一つポケットに入れていたらしい。
「イオンタウンの中にある『めとはな』ってとこの販売スペースで売ってたぞ」
水萌里は「よしっ!」と拳を握り、真守はニヤリと笑った。二人の目的は一緒だろう。
「あ、『まめふく』。明日十月二日から新作を出すってさぁ。豚汁も秋で再開だぞぉ」
居間を離れる時に少し振り向いた洋太は爆弾を落として去って行った。
さてと、近々私も行かなくては。
☆☆☆
ご協力
おにぎりまめふく様(『おにぎり まめふく』で検索して新作情報をゲットしてください)
めとはな様(イオンタウン一階の販売ブース)
「旭警察署の近くだよ。旭中央病院から北へ真っ直ぐ行く道の途中の右手におにぎりの看板があるんだ。そこから五十メートルくらいのところにある店だ」
「おお! 警察署あったぞ! イオンタウンが近いじゃないか。ここなら自転車で行けるな!」
地図を指さして洋太が喜んだ。
洋太は水萌里が用事があるときには一人で自転車でおひさまテラスへ行っていた。自転車といっても神力で少し風に背を押してもらってスイスイと進むので、少しくらい距離が伸びても問題はない。
「確か『おにぎりまめふく』って店だよ。おにぎり二つ選んでおかずと汁物が付くセットが美味いんだ。甘じょっぱい生姜おにぎりが最高。梅シラスも美味いんだけど、時々メニューが変わるから今のメニューはわからないな。
それを注文して待つ間に窓際のカウンターに座ってぼぉっと外を眺めるんだよ。圧巻の風景とは全く違う……こう……ほのぼのとした……田舎だけど街っていう絶妙なコラボレーションが成り立つところにある店なんだよね」
「どういうこと?」
「眼の前にさぁ、田んぼが広がるわけ。俺が見た時はもう田植えは終えて随分と大きくなっていたな。旭市は田植えが早いんだなって思った」
「そうね。私もそれは感じたわ」
「その田んぼの中にどっどーんと鉄塔が立っているんだ、青空に喧嘩売るみたいにしてさ。稲がそれを笑って見てるかんじ。さらに奥には旭の中心地の建物が見えて、決して生活が厳しくなるところじゃないって安心感みたいなものがある。
真正面が旭中央病院だからねぇ」
「ほどよく田舎でほどよく都会な街よね」
「そう。それを切り取ったように見せる風景がある店なんだ」
「それは絶対に自転車で行くべきだな!」
「あ、その店、美味いからリピーターが多くて閉めるの早い時があるから気をつけてね。
なんだかほんわかした女性二人でやっている店でさ、ついついおにぎりを追加注文したんだよね」
「具は?」
「豚キムチ」
「何それ!? 食べたいっ!」
洋太は食べたことも聞いたこともない具であったので首を傾げたが、水萌里は飛びつくように反応する。
「お昼前に行けば買えるけど、残念ながら、豚キムチはローテーションもので常備おにぎりではないって聞いた気がする」
「真守さんの「聞いた気がする」は信用できないわ。明日にでも自分で行きます」
「やったぁ! 明日も夕飯はおにぎりだな」
洋太は何を出されても喜ぶのだが、二人はそれにはツッコまない。
「ええ……またぁ。ならせめて汁物は豚汁にしてくれよぉ」
「いいわよ」
二人は『おにぎりまめふく』の汁物が夏以外は豚汁であることをまだ知らない。
洋太が自室へ行き、水萌里が風呂へ行ったのを見計らって、真守はそっと黄色のミニトマトジュースを冷蔵庫からとりだした。棚のウォッカを使ってブラッディーマリーを作ると椅子をダイニングテーブルへ動かし深く座る。ゆっくりと呑み始めた顔はユルユルだった。
翌日、水萌里はお昼前に『おにぎりまめふく』へ行ったが本当に豚キムチではなかった。でも、キムチ納豆があったのでそれを中心に購入してきた。水萌里は喜んで食べていたが、洋太はその味に驚きキョトキョトしながら食べており、真守はキムチ納豆には手を出さなかったが好きなおにぎりは二つ確保していた。
「生姜おにぎり、本当に美味いな」
この日も三人で十個のおにぎりを完食した。そして、洋太はキムチ納豆にハマってしまう。
数日後、洋太がおにぎりを三つ買って帰ってきた。
「母さん! オヤジ! 見てくれ、二人とも食べてないと思う」
袋にはこれまでのフィルムパックとは明らかに違うハードパックにされたものが入っていた。透明のハードパックから見えるおにぎりには海苔ではなくシソが乗せられている。
三人は興味津々で開け、誰が声をかけたわけでもないのに同時に口へ入れた。
「おいしっ!」
「うまっ!」
水萌里と洋太は素直に感動するが真守は解剖解説したくなる質である。
「これは辛味噌か。だが、最後に鼻に抜けるかぐ芳わしい香ばしさ……これは…………。
はっ! ピーナッツかっ! これは懐かしのみそピーの辛味バージョン! 給食に出たあの味は子供用で、これぞ大人のみそピー!」
真守がおにぎりを捧げ持った。
「はいはい。洋太のおかげで新作が食べられて良かった。確かに旭市にはピーナッツ屋さんがそこここにあるね」
「これは新作ではないそうだぞ。えーっと、何て言ったかなぁ……。あ、スポット! スポットメニューだって言っていた!」
「尚更に貴重ひーーーん!!! すごいぞ洋太。このタイミングで行くとは素晴らしい勘だ!
これで『おにぎりまめふく』制覇も間近だぁ!」
真守は拳を高く天井へ向けた。
真守はまだ知らないのだ。ローテーションものがたくさんあり、鯛めしおにぎりも、たこ飯おにぎりも、卵黄身おにぎりも、スパムおにぎりも、ウィンナーおにぎりも、ドライカレーおにぎりも真守は食べたことがないことを。
これからも新作が出てくるだろうということも考慮していない。店に行けばおにぎり茶漬けが食べられることも……。
そして作者は知っている……秋に出るサツマイモおにぎりが絶品であることを……。
真守の全メニュー制覇にはまだまだ遠いな、ふっふっふ。
「もぐもぐ。そういえば、イオンタウンに母さんのオススメおにぎりが売っていたぞ。サンドイッチとか、あの豆大福も」
「え!?」「なにっ!?」
すごい勢いで洋太の顔を見た二人であるが、洋太は平然とおにぎりを食べていた。どうやら自分の分は一つポケットに入れていたらしい。
「イオンタウンの中にある『めとはな』ってとこの販売スペースで売ってたぞ」
水萌里は「よしっ!」と拳を握り、真守はニヤリと笑った。二人の目的は一緒だろう。
「あ、『まめふく』。明日十月二日から新作を出すってさぁ。豚汁も秋で再開だぞぉ」
居間を離れる時に少し振り向いた洋太は爆弾を落として去って行った。
さてと、近々私も行かなくては。
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ご協力
おにぎりまめふく様(『おにぎり まめふく』で検索して新作情報をゲットしてください)
めとはな様(イオンタウン一階の販売ブース)
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