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バターの微笑み
04 ー 魔剣
しおりを挟む「ジュリオー!」
その声に、ケルベロスは一瞬怯む。誠はその隙を見逃さず、更に風を叩き込んだ。
「オオォォ…」
その勢いに押され、ケルベロスは転倒する。立ち上がろうともがいている途中で、ケルベロスは氷の鎖に体中を拘束され、地面に縫い付けられていた。
アレクセイだ。誠は空を見上げた。
オスカーが地面に降りる。背中から飛び降りたアレクセイは、誠の方に駆け寄ってきた。
「班長、ケルベロスの真ん中の頭って、どう見てもジュリオですよね」
人型に戻ったオスカーもこちらに寄って来て、弓を構えている。レビ達も集まり、アレクセイの前に壁を作っていた。
「そうだ。…両脇の二つの頭は、奴の側近の可能性がある…か」
「だとしたら、封印するのはまずいんじゃないですか?っつーか、何でこうなってんだよ…」
「分からん。しかし、マコトが瘴気を浄化してくれたおかげで、奴は力を削がれたことだけは分かるな」
アレクセイは暴れようとするケルベロスから視線を逸らさずに、オスカーに答える。それを聞きながら、誠は崩れそうになる膝を叱咤しつつ、鉄扇を支えにしながら立っていた。
力の使い過ぎだ。ただでさえ、龍脈の作業で力を使っていた。それに加え、周りやケルベロス内に捕らえられている三人へ配慮しながらの繊細な攻撃は、更に誠の精神力も奪っていた。
汗で鉄扇が滑り、誠は膝を折る。
「マコト!」
アレクセイが、名前を呼ぶ。しかしアレクセイも、魔法の制御で一杯一杯のはずだ。誠は視線だけ返すと、何とか体制を戻し、ケルベロスを睨みつけた。
今は動きを封じられているが、もしアレクセイの魔法が砕けてしまったら、こちらには打つ手が無い。相手はただの魔獣ではなく、レイナルドの息子とその側近達だ。どういう理由であのような姿になったのかは不明だが、過度な攻撃は彼らの命を奪うことと同じ意味を持つ。
何か打開策は無いのか。
そう思いながらケルベロスの様子を伺っていると、もがく巨体の傷口から鈍く光る物が見えた。あの三人か、魔物の核か。もっと良く見ようと思ったが、体内に潜ってしまった。
「…あ、鑑定」
誠は統括の神から授けられたスキルを思い出した。慌てて鑑定スキルを使って傷口を見ると、魔剣の文字が傷口付近に浮かぶ。
「アレクセイ…」
「どうした?」
「ケルベロスの体内に、魔剣がある」
「何だと!?もしかして…」
思い当たる節があるのか、アレクセイは一度言葉を切った。
「もしかしたらその魔剣は、礼拝堂に納めていた物かもしれない」
「礼拝堂に?じゃあ、俺が感じた嫌な気配の正体って…」
「ああ。その魔剣だろう」
「じゃあ、全ての元凶は、その魔剣ってことか」
そしておそらく、ケルベロスの核も魔剣だろう。いや、魔剣が彼らを取り込み、ケルベロスの形を成したと言った方が正解かもしれない。体内に渦巻いている瘴気と魔剣の瘴気の種類は同じだ。
それに気付いた誠の行動は早かった。アレクセイ達が止める前にケルベロスに近付き、傷口から両手を突っ込む。
「くぅっ…」
瘴気の圧が誠に伸し掛かるが、それだけだ。触れる瘴気を片っ端から己の神気で浄化して、相殺させる。
手に魔剣の刃が触れる。誠は掌が切れるのも気にせず、そのまま掴むと足でケルベロスの腹を押さえながら、魔剣を引き摺り出した。
核を失ったケルベロスは、途端に瘴気の塊へと変わる。誠は素早く魔剣を地面に突き刺すと、鉄扇を引き寄せて特大の風を起こし、上空へと巻き上げてしまった。
「ちょっ…さすがに、もう無理」
手から鉄扇が滑り落ちる。ドスンと鈍い音を立てて鉄扇が地面に落ちると同時に、誠はその場に崩れ落ちてしまった。
「マコト!」
「来るな!」
アレクセイが一歩踏み出す前に、誠は制止する。ただでさえ、すぐ近くに濃い瘴気を漏らしている魔剣があるのだ。こんなものを、アレクセイを近付けたくない。自分はまだいいが、アレクセイ達が触れでもすれば、命の危険に晒されるだろう。
「アレクセイ、あの二人呼んで来て。結界術使えた奴」
「…分かった。辺境伯、クラウスとクルトを借りますよ」
半ば脅すようにアレクセイは許可を貰うと、近くに居たレイナルドの部下にその二人を呼び寄せるよう頼んでいた。
とにかく、魔剣の処理が先だ。
誠は掌の傷を治してからバッグからタオルを出して、汗と血を拭った。少しふらつきながらも立ち上がると、三人の様子を見に向かった。
ジュリオ達は瘴気の中に居たせいか、気絶している。肌がところどころ黒くなっているのも、そのせいだろう。誠は三人に向かって手をかざし、浄化の風を送った。
ある程度瘴気を浄化させると、アレクセイの方を見る。やっとクラウスとクルトが揃ったのか、二人は錫杖を構えている途中だった。
少し下がってその様子を見ていると、誰かが動く気配がした。
目が覚めたか。
三人の方を向くと、ジュリオが起きあがろうとしていた。手を貸すかどうしようか悩んでいると、ジュリオからは瘴気が立ち上りはじめる。
「マジかよ」
誠は急いで浄化の風をぶつけようとするが、よろめいて地面に手を着いてしまった。
「ああぁぁ…アレクセイイイィィィ!!」
ジュリオは濁った目でアレクセイの名を叫ぶと、まだ結界が発動途中の魔剣を掴み、アレクセイとの距離を一気に詰めて、斬りかかる。
アレクセイは、一度は己の剣で弾いたが、瘴気の渦に襲われて膝を着く。その隙を見逃さなかったジュリオは、一気にアレクセイの胸を突いた。
「…は?」
何が起こったんだ。
誠の周りから、音が消えた。
重い足を引き摺離ながら、アレクセイの元に向かう。途中で羽虫がまとわり付いてきたが、手で払い退けた。
「アレクセイ…?」
地面に寝かされたアレクセイの周りで、クラウスとクルトが黒く変色した傷口に手をかざしている。しかし効果が無いのか、アレクセイは吐血してしまった。ヒュー、ヒューと、嫌な呼吸音が誠の耳に届く。
「退けよ」
目をみはりながらこちらを見てくる二人には目も向けず、誠はアレクセイだけを見つめていた。傍に跪くと、こちらに伸ばされる手を握った。
「マコ、ト…」
こんなにも弱々しいアレクセイの声なんか、聞きたくなかった。咳き込むごとに、口からは血が溢れている。
「ちょっと待ってろ。俺が浄化して…」
「綺麗な、耳…と、尾だな…」
「え?何…?」
アレクセイの姿が、ぼやけて見える。
誠は傷口の上に両手を重ね、圧迫止血を試みながら、神気で浄化させつつ治癒術も施す。だがアレクセイの胸の内側に留まっている瘴気は濃く、そのせいで治癒の術が阻害されてしまっている。
「クソっ。待ってろよ、アレクセイ。今、俺が…」
体中から神気を上らせながら、誠はアレクセイの傷口に集中する。その手に、アレクセイの手が重ねられた。
その手があまりにも冷たく、誠は思わずアレクセイの顔を見る。
「マコト…愛、して…る…」
掠れた声は、赤黒く染まった口元は、確かにそう告げていた。
「ア…アレクセイ…?」
小さく微笑んだアレクセイは、ふぅ、と息を吐き出すと、そのまま瞼をゆっくりと閉じてしまった。
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