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バターの微笑み
06 ー 港街
しおりを挟む一気にビールを流し込む。至福の瞬間だ。後は各自ご自由にと、栓を抜いた瓶をいくつかテーブルに置いて、誠はまたビールを呑んだ。
すると、王冠を持って不思議そうに見ていたドナルドが誠に尋ねる。
「これは初めて見る蓋ですね。瓶も綺麗ですし。マコトさんの故郷の技術は、料理以外も高いんですね」
「あ、こっちには無いのか」
誠はこの際だから、故郷のことも少し話そうと決めた。
「俺が住んでた国って言うか世界は、魔法が無いんだ。だからその分、科学技術とか機械が発達してるんだよ。この蓋も、そうやって作られてるんだ」
「え…!?マジで魔法が無いのか?」
「マジ」
驚いたレビに、誠もそう返す。誠は地球のことと、ついでに獣人は居ないが神には獣人と同じ形態を取る者が居ることや、食事事情のことも伝えた。
「…俺、マコトの住んでる国に住みたい」
食べ物に釣られたのか、レビがそう零す。
「住んでも良いんだろうけど、役所の手続きとか大変だぞ。あと登録とか身分証明とかガチガチだから、現地の職に就くのは大変だろうし。…まあ、遠野の店では働けるし、ツテはあるから神様の手伝いとか?あと、男同士で番うのはあまり居ないから、外でデートはし辛いかもな。あ、あと、剣は持ってるだけで捕まる」
そう言うと、レビは速攻で「やっぱコッチで良い!」と掌を返し、皆に笑われていた。
「それにしても、我々は王都に帰って、普通の食生活に戻れるんでしょうか」
「…それ、僕も心配してます。きっと毎日が遠征中の食事って思うんでしょうね」
ルイージの言葉に続いたドナルドの表情は暗い。
誠は調子に乗り過ぎて、いろんな物を作り過ぎたかと反省したが、アレクセイは大丈夫だと言った。
「マコトの料理が食べたければ、ウチに来ることだな。…まあ、お前達が新婚のヴォルクの家に来れたら…だが」
不敵に笑うアレクセイに、レビ達は戦慄していた。どうやらヴォルク家の伝説は多岐に渡るようだが、誠はアレクセイの言葉に引っかかっていた。
「俺、アレクセイと一緒に住むの?」
そのことを考えていないと言えば、嘘になる。しかし、それはもっと先のことだと思っていた。
「…すまない。俺が先走り過ぎたな」
「や、別にいいんだけど。とりあえず王都には行こうと思ってたけど、そっからの予定は未定だし」
誠がそう言うと、アレクセイ達は驚いていた。
「マコト、班長と一緒に住まないのか?」
「俺の故郷だと、付き合ってすぐに同棲って珍しいんだよ」
「マジか。俺はルイージと付き合ってすぐに、寮に相部屋申請したけどな」
レビの言葉に、今度は誠が驚く番だ。
「そうなの?オスカーとドナルドは?」
「俺は今フリーだから個室。だけど獣人は、付き合ってから同棲までの期間が短い方が多いかも。ツガイに拘る種族は特に」
「ドナルドは?」
「熊系の獣人は、そのヒトによりますね。すぐにツガイになったり、別れたり。僕の家系はツガイを大切にする方なので、じっくりお付き合いをしてから同棲して、ツガイになることが多いと聞いたことがあります」
「へー。熊系はそうなんだ」
それぞれの話を聞き、誠は感心していた。製菓学校時代からの友人、寺田から聞いた人間同士のお付き合いの仕方は熊系獣人に似ていて、ヴォルク家は諏訪に似ているのだろう。
「マコト…俺と一緒に住むのは嫌なのか?」
いきなり誠に爆弾を落とすのが、アレクセイという男だ。
上手く話を逸らしたと思ったのだが、逃がさないというようにアレクセイは誠の腕をがっちりと掴んでいる。
「嫌って言うかさぁ…お前ん家って、こう、『これが貴族の邸です!』って言うような邸っぽいし…って、ああ!」
誠はいきなり大声を上げた。
びっくりしたアレクセイは、それでも誠の腕を離してはいない。
「どうした?」
「どうしたじゃねぇよ。アレクセイって公爵家の坊っちゃんじゃん。俺、こっちでも地元でもただの平民だぞ。貴族のマナーなんて知らないし、お貴族様と一緒に住める気もしないし、仕事は辞めたくないんだけど」
身分制度が廃れて久しい日本で住んでいる誠にとって、「貴族です」と言われても、その人の役職程度にしか思えないし、いまいち実感が湧かない。物語や映画等でしか知らない貴族の生活は、贅沢だろうが体験したいと聞かれたら答えはノーだ。
「マコト。獣人の貴族は、人間の貴族とは違う。ツガイは絶対だ。だからツガイの身分は関係無いし、俺の母は侯爵の出だが、今でも商会を経営しているぞ」
「…そうなの?」
新たな獣人の情報に、誠は少しだけ安堵した。
「そう言えば、ヴォルク公爵夫人のお店で、たまにご本人をお見かけしますね。人間が多い国だと職業婦人は忌諱されることがありますが、この国だと雄が夫人だったり母親だったりするので、仕事を取り上げられることは殆どありませんよ」
「ルイージの言う通りだ。それにヴォルク家はまだ誰が継ぐか決まっていないから、今から同居の心配をしなくても良いぞ。ただ、少しは貴族のマナーを学んでもらうことにはなるだろうが」
他に疑問は無いかとアレクセイに聞かれたが、こうしてどんどんと外堀を埋められている気がする。王都に着く頃には、衣食住と嫁姑問題まで解決しているのではないだろうかと、誠は思ってしまった。
「…疑問点は、思い付いたらその都度聞くってことで」
それだけ言うと、誠はまた豪快にビールを煽ったのだった。
昼食の片付けをしながら、誠はこれからのことを考えていた。
自分の龍玉を渡した相手だ。離れられるはずがない。けれど、いきなり同棲というのも身構えてしまうし、それと同時に楽しみでもある。
だが、先立つ物は金だ。今はまだ統括の神がくれた小遣いとは言い難い程の金があるが、しっかりと生計は立てたい。それに「神様の料理番」という職務だけは全うしたい。それだけは、譲れない。
アレクセイと家業を天秤にかけられない。それがジレンマだ。
「はー…」
大きな溜息を吐いてしまったところで、アレクセイが厨房に入って来た。
「…俺と住むのを悩んでいるのか?」
「違ぇよ。自分のこと。こっちに住みながら、家業を続けられる方法は無いのかなーって」
そう言うと、アレクセイの尾は盛大に揺れていた。
何が琴線に触れたのかとアイスブルーを覗くと、アレクセイはいきなり誠を抱きしめた。
「ちょっ、何。どうした?」
「マコト。それはこちらの世界で住むということか?」
「そうだけど」
「そうか。君は期限が来れば故郷に戻ると、以前言っていただろう。だから、嬉しいんだ」
そう言われ、誠は「あ…」と声を漏らした。以前は日本に戻る時のことばかりを考えていたが、今は違う。それに気付かされたのだ。
誠は、自分で思っている以上に、アレクセイと離れる生活が考えられなくなっていた。
ただの友人なら、別れは寂しいが、いつか会える日を楽しみにするだけで良い。
けれどアレクセイは恋人で、己のツガイだ。あの身を切るような痛みは、いつまでも忘れられないだろうし、二度と経験したくない。己の宝物を傷付ける者が居るならば、自分の全力を使っても呪い殺すだろう。
胸の奥から不穏な気が上ってきたところで、誠はふと我に返る。
ああ、これが恋。そして、遠野の妖狐の独占欲か。
そう思った瞬間、誠は自らアレクセイの唇に自分の唇を重ねた。
「…マコト?」
何度か口付けた後、アレクセイは尾を揺らしながら誠の名前を呼んだ。
「俺、アレクセイと一緒に住みたい。でも、公爵家はちょっと遠慮したいんだけど」
そう言うと、アレクセイは誠を抱き上げた。
「そうか!ありがとう、マコト。けれど俺は騎士団寮に住んでいるから、近くに家を借りるとしよう」
「それは嬉しいけど、俺、小さな家で十分だよ。あんま大きいと管理が大変だし、使用人さんが居る生活って、したことないし」
「ああ。君の希望通りにしよう。…だがそうなると、本当にレビ達が夕飯をたかりに来そうだな」
「偶になら良いんじゃね?」
「…マコトがそう言うなら、仕方が無いな」
アレクセイはしかめ面になったが、誠に眉間をつつかれて頬が緩んでいた。
誠は床に下ろしてもらうと、コーヒーでも飲もうとアレクセイを誘った。
「あー…でもそうなると、マジで仕事どうしようかな」
厨房の中に、コーヒーの香りが広がる。今回はお手軽な個別包装のドリップ式コーヒーにしたが、今度は時間をかけて豆を挽くところからはじめたいものだ。
アレクセイは目をぱちくりさせてから、一口含んだ。
「以前、屋台を開くと言っていただろう。それで収益を得られるんじゃないか?」
「うーん、そうなんだけどさ」
誠はレシピ登録のことを、アレクセイに話した。
クッキーなどの簡単な焼き菓子は、無料で公開しても良いと思っている。しかし、もう少し手の込んだ焼き菓子を作りたいし、食べてもらいたい。けれどレシピを無闇に公開すると、この国の食文化を混乱させる可能性がある。かと言って秘匿すれば、いずれは粗悪な類似品が出回るだろう。誠の懸念は、そこだ。
「マコトは面白いな。普通は誰もそこまで考えないと思うし、レシピを秘蔵する者の方が多い」
「だってさぁ。俺が知っているレシピって、地球上の歴史と料理人の試行錯誤が積み重なった結果だよ。だから俺がこの世界で独り占めするのは何か違うし、粗悪品が出回るのは許せないんだよ」
実家の「café 紺」は、神々への供物。だから利益よりも、実益が誠には染み付いている。「美味しい」の笑顔を見たいのだ。だが、ボランティアではないので、しっかり貰う物は貰っているのだが。
「別にさあ、俺がこの世界のスイーツを制す!って思ってる訳じゃないんだけど、どうせなら利益と笑顔、両方欲しいなって思って」
「…随分と難しそうな計画だ」
「だろ?妖怪は欲張りだし、人を驚かすのが仕事みたいなもんだからさ」
そう言って笑うと、アレクセイも誠に笑い返した。
「俺も驚かされているうちの一人か。…まあ、レシピのことは兄上と母上、あとは商業ギルドの職員を交えて話した方が、誠の希望に沿う案が出そうだな」
「え、オニーチャンも一緒?」
「ああ。最高権力者のうちの一人が居た方が、何かと役に立つだろう」
そう言ってニヤリと笑う顔が、フレデリクにダブった。立っている者は親でも使え、という言葉があるが、アレクセイもそのクチなのだろうか。
「商業ギルドって、権力に弱いんだ?」
「いや。商業ギルド専用の契約魔法があるから、登録者が秘匿すると決めた物は、他者に漏れることはない。だが、マコトの後ろ盾が我がヴォルク家と兄上だと知れば、ギルドへの信用度も上がるだろう。それに、各種手続きも早い。何しろ王弟殿下と公爵家だからな」
「なるほど」
アレクセイの母親がどんな人物かは分からないが、王弟と公爵夫人。パワーワード過ぎる気もしないでもない。
「でもさあ、協力してもらえるかな?」
パワーワードは良いのだが、誠としてはそこがネックだ。オニーチャンはローゼスへのスイーツで協力を仰げそうな気がするが、将来義母となるアレクセイの母親はどうだろうか。
嫁姑問題は、少しの歪みが致命的になるようだ。だから誠としては、仲良くやっていきたいと思っている。
「ああ。もうマコトのことは知らせてある。早く家に連れて来いと、母は嬉しそうにしていた」
「え。言ったの?早くね?」
「ヴォルク家は、ツガイを見つけることは死活問題だからな。もう、一族への披露目パーティーの準備を始めたらしい」
「うへぇ…マジか。アレクセイ、俺にマナー講座、よろしく」
「大丈夫だ。俺も教えるし、執事のロッテンマイヤーも協力してくれるだろう」
「執事…」
やっぱり居るんだ。そうだよ。当たり前だよねー。と、誠は少し項垂れた。
互いの生活習慣の違いを擦り合わせるのは大変そうだ。だが、こちらの要求ばかりを突き付けても、上手くいくはずがない。
頑張ろう。
誠は前を向いた。
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