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第四章 大精霊を求めて
4-78 異世界のクリスマスイブ
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翌朝、泉の部屋でやや遅めの朝を迎えた俺は、イズミを連れて王都を離れ村へと向かった。
師匠やその他のメンバーも一緒だ。
すでに村の飾りつけは完璧に終了し、村はもうすっかり隅々までクリスマスムード一色だ。
さすがに他の大きな村や街ではこうはいかないだろう。
やっておくようにとザムザ2000ナンバーズ隊に申し付けておいたので、ザムザ達が練習しておいてくれたクリスマスソングを俺が到着する前からかき鳴らしていた。
鈴虫とかコオロギではなく蟷螂頭が音楽を演奏しているのがなんなのだが、これは体が人であるザムザにしかできない芸当だ。
人間用の楽器がそのまま使えるからな。
本来なら蟷螂などは無音で獲物に襲い掛かる無頼の殺し屋で、このザムザもその例に漏れない。
もっとも、無音ではなく獲物をたっぷりと厳しい言葉攻めにしてから殺しにかかる絶望的にヤバイ奴だったのだが。
もちろん流されているのは、日本でならこの季節にはどこに行っても必ず耳を打つ御馴染みの曲ばかりだ。
それを子供達が取り囲んで楽しそうに聞いている。
ついでにお菓子の籠を置いてあるので、子供達も笑顔が絶えない。
見ていると、たまに精霊がやってきてお菓子を持っていくという異世界ならではのメルヘンな光景もみられた。
本日はエレも泉謹製のサンタバージョンで大変に可愛らしく仕上がっている。
子供達も、あちこちで違う音楽をやっているので、村中をはしごしているのだ。
普段は、村には音楽隊どころか旅芸人さえやって来ないからな。
いつか、ルーテシア城で音楽コンサートでもやろうか。
いつか必ずこの領内から歌姫などを出してやろう。
楽器の著名な演奏家でもいい。
そして王都で華々しくデビューさせてやるのだ。
全国ツアーなんかやったらと思うだけで楽しくなるぜ。
ルーテシア姫は非常によい声をしており、公爵家の催しでは歌う機会も多かったらしい。
楽器もいくつか巧みに弾き鳴らすので、領主夫人自ら村の音楽教師として活躍していただくのもいい。
子供の事はとても好きそうだし、自ら教壇に立つ立派な領主夫人としてこの領地と夫君の名声を高めてくれるだろう。
この村にも正式な学校を作ろうと思う。
そして遠方の子もやってこられるようにスクールバスも走らせよう。
飛空バスは、ちょうど村に帰る前に出来上がりを引き取ってきたが、これがまたいい物だった。
むろん、愛着のあるマルータ号を手放すつもりはないのだがね。
旧車もまた味があっていいものだ。
うちの親なんか俺が生まれる前から同じ車にずっと乗っていたくらいだ。
「いい加減に飽きないか?」と聞いた事があったのだが。
「馬鹿野郎、車なんてものは世界中どこだって、直しては乗って、壊れたらまた直して乗るもんなんだよ。
それで致命的に壊れるまで乗って、どうしても直らなかったら諦めて供養してやり、それから買い換えればいいんだ」だと。
昔は古い車などの場合は、車検が二年に一回だったのが十年くらい経つと一年に一回になってしまったのだが、親父はそれでも手放さなかった。
それを見ていたので子供心ながらつくづく感心していたものだ。
今は車の性能がよくなったので最初は三年で後はずっと二年でいい事になった。
生憎とこの世界に車検はないのだが、このマルータ号は大事に乗って、いつか孫と一緒にドライブに行こう。
それを見せてあげられるように、あちこちへ行って素敵な場所を探しておかないと。
今から宗篤姉妹にもそのオーダーを出しておかないとな。
なるべく風光明媚な場所はチェックしておいてくれるようにとね。
その方があの子達も楽しかろう。
俺に子供ができたら、その子はこっちの人間と結婚するのだろうか。
まあ、こっちで生まれてここの世界に合わせて価値観を育てていくのだから、そうなるんだろうなあ。
入り口に色合いの華やかに作られた見事なクリスマスリースの飾られたカイザの屋敷へお邪魔すると、さっそくクリスマス衣装に着飾った子供達がお出迎えだ。
「カズホー」
「クリスマスイブ!」
彼女達のその可愛らしい手には、フォミオや勇者達の作ったサンタやトナカイ、ミニチュアツリーなんかが握られている。
そして飾られた品々の中で子供達の興味を取り立てて引いているのが、ガラス容器の中にあれこれと詰められていて、中に入れられている水の中をまるで雪が降ったかのように見える日本でもお馴染みの細工だ。
あれ、子供が大好きなんだよな。
うちにも甥っ子姪っ子用にちゃんと置いてあった。
こいつは王都で作らせたので、落としても割れない特殊な魔導細工が施されているので、小さな子供に持たせても安心だった。
「やあメリークリスマス。
マーシャ、アリシャ」
「メリークリスマスなのです、カズホ」
「メリー!」
クリスマスの挨拶のそういう略し方はあまり聞いた事がないが、まあいい。
皆、楽しそうで何よりだ。
「ふふ、メリークリスマス、カズホさん。
お嫁に来てすぐにこんな楽しいイベントがあるなんて素敵な結婚祝いだわ」
「お気に召していただき大変光栄だね、領主夫人様」
「そういや、お前。
どこに行っていたんだ。
勇者の世界のお祭りの前にお前がいなくなるなんて珍しいと思ってなあ」
「あー、ちょっと色々あってな。
あの宗篤姉妹のところへ行っていたり、山奥まで山葵探しにいっていたりでな」
「山葵?」
「ああ、勇者の国の食い物というか、なんというか。
試食してみるかい?」
俺は悪戯心で言ってやったのだが。
「面白い、試してみるか」
マジか、こいつめ。
俺の頭の上でエレが激しく笑い転げているのを、ルーテシアと子供達がじっと見つめていたが、精霊が見えないカイザはまったくそれに気づいていない。
俺は、すりおろされた、その鮮やかな緑の物を皿に盛ってやり一応は忠告しておいた。
「いいけど、口に入れるのは、ほんのちょっとだけにしておけよ」
「ん? ああ」
そんな事を言っておいたのだが、この馬鹿、箸でどっぷりと取ってさっと口に入れてしまった。
あっちゃあ、止める暇もなかったな。
「ふんごおおー」
辺境の領主様は目から火を噴いていた。
こりゃまたサプライズ・パーティになっちまっただろうか。
言葉にならずに喉元を抑えながらバタバタしているので、お茶のペットボトルの蓋を捻って渡した。
「ふ、ふひい。
いや、こいつは一体何に使うものなのだ。
いや、びっくりしたぞ。
勇者の国の連中はまた物好きだな」
「びっくりしたのはこっちだ。
初めて食う『ちょっとだけにしておけ』と注意された食い物をてんこ盛り口に入れやがって。
そんな真似は日本じゃ子供でもやらんぞ」
「いや、まだ箸の使い方が慣れなくてな。
ちょっと手が滑ったのだが、まあいいやと思って」
いつもしっかりした父親の滅多に見られないような醜態に子供達が大喜びだった。
「まあいいやじゃねえよ。
そいつは日本の料理では人気の物に好んで使われる、山葵という物だ。
苦労して探してきたんだぜ。
それがなくちゃ勇者の御馳走は始まらないんだからな!」
「そうだったのか、その料理に興味があるなあ。
一体、何をどうやったら、そいつが美味くなるというのだ?」
「これが美味くなるんじゃなくて、これで美味くするんだよ」
「アリシャも食べる~」
「無理だな、やめておけ」
激しく頷いて同意するカイザと、何故か不満そうなマーシャ様。
そして彼女はこのような事を言い出した。
「ふ、これだから四歳のお子様は困りますわね。
いいですか、アリシャ。
今からお姉さんが六歳児の貫禄という物を見せてあげます」
「え!」
「ちょっと、マーシャ。
待つんだ」
だが、彼女は父親の貴重な体験談からくる忠告には耳も貸さずに、さっと上手に少量の山葵を救い取ると一口でパクっといった。
まあ、大人が刺身料理に使うのなら適量くらいだったかしらね。
「にぎゃあああ」
この聖なるアルフェイムの地の領主館に、まるで猫舌で熱い飲み物に悪戯した猫のようなお嬢様の悲鳴が木霊した。
俺はもう用意しておいたお茶を飲ませてやり、頭を撫でた。
これでうっかりと甘いジュースなんか飲ませたら、逆に山葵の辛さが引き立つんじゃないのかねえ。
俺はそんなアホな事はやった事がないからよく知らないけどな。
もう異世界の幼女様ときたら、本当に碌な事をしねえんだから。
「あうう、大人の味は強烈でした」
ルーテシアは笑ってマーシャの涙目を拭いてあげていた。
ああ、この人もいいお母さんになりそうだ。
師匠やその他のメンバーも一緒だ。
すでに村の飾りつけは完璧に終了し、村はもうすっかり隅々までクリスマスムード一色だ。
さすがに他の大きな村や街ではこうはいかないだろう。
やっておくようにとザムザ2000ナンバーズ隊に申し付けておいたので、ザムザ達が練習しておいてくれたクリスマスソングを俺が到着する前からかき鳴らしていた。
鈴虫とかコオロギではなく蟷螂頭が音楽を演奏しているのがなんなのだが、これは体が人であるザムザにしかできない芸当だ。
人間用の楽器がそのまま使えるからな。
本来なら蟷螂などは無音で獲物に襲い掛かる無頼の殺し屋で、このザムザもその例に漏れない。
もっとも、無音ではなく獲物をたっぷりと厳しい言葉攻めにしてから殺しにかかる絶望的にヤバイ奴だったのだが。
もちろん流されているのは、日本でならこの季節にはどこに行っても必ず耳を打つ御馴染みの曲ばかりだ。
それを子供達が取り囲んで楽しそうに聞いている。
ついでにお菓子の籠を置いてあるので、子供達も笑顔が絶えない。
見ていると、たまに精霊がやってきてお菓子を持っていくという異世界ならではのメルヘンな光景もみられた。
本日はエレも泉謹製のサンタバージョンで大変に可愛らしく仕上がっている。
子供達も、あちこちで違う音楽をやっているので、村中をはしごしているのだ。
普段は、村には音楽隊どころか旅芸人さえやって来ないからな。
いつか、ルーテシア城で音楽コンサートでもやろうか。
いつか必ずこの領内から歌姫などを出してやろう。
楽器の著名な演奏家でもいい。
そして王都で華々しくデビューさせてやるのだ。
全国ツアーなんかやったらと思うだけで楽しくなるぜ。
ルーテシア姫は非常によい声をしており、公爵家の催しでは歌う機会も多かったらしい。
楽器もいくつか巧みに弾き鳴らすので、領主夫人自ら村の音楽教師として活躍していただくのもいい。
子供の事はとても好きそうだし、自ら教壇に立つ立派な領主夫人としてこの領地と夫君の名声を高めてくれるだろう。
この村にも正式な学校を作ろうと思う。
そして遠方の子もやってこられるようにスクールバスも走らせよう。
飛空バスは、ちょうど村に帰る前に出来上がりを引き取ってきたが、これがまたいい物だった。
むろん、愛着のあるマルータ号を手放すつもりはないのだがね。
旧車もまた味があっていいものだ。
うちの親なんか俺が生まれる前から同じ車にずっと乗っていたくらいだ。
「いい加減に飽きないか?」と聞いた事があったのだが。
「馬鹿野郎、車なんてものは世界中どこだって、直しては乗って、壊れたらまた直して乗るもんなんだよ。
それで致命的に壊れるまで乗って、どうしても直らなかったら諦めて供養してやり、それから買い換えればいいんだ」だと。
昔は古い車などの場合は、車検が二年に一回だったのが十年くらい経つと一年に一回になってしまったのだが、親父はそれでも手放さなかった。
それを見ていたので子供心ながらつくづく感心していたものだ。
今は車の性能がよくなったので最初は三年で後はずっと二年でいい事になった。
生憎とこの世界に車検はないのだが、このマルータ号は大事に乗って、いつか孫と一緒にドライブに行こう。
それを見せてあげられるように、あちこちへ行って素敵な場所を探しておかないと。
今から宗篤姉妹にもそのオーダーを出しておかないとな。
なるべく風光明媚な場所はチェックしておいてくれるようにとね。
その方があの子達も楽しかろう。
俺に子供ができたら、その子はこっちの人間と結婚するのだろうか。
まあ、こっちで生まれてここの世界に合わせて価値観を育てていくのだから、そうなるんだろうなあ。
入り口に色合いの華やかに作られた見事なクリスマスリースの飾られたカイザの屋敷へお邪魔すると、さっそくクリスマス衣装に着飾った子供達がお出迎えだ。
「カズホー」
「クリスマスイブ!」
彼女達のその可愛らしい手には、フォミオや勇者達の作ったサンタやトナカイ、ミニチュアツリーなんかが握られている。
そして飾られた品々の中で子供達の興味を取り立てて引いているのが、ガラス容器の中にあれこれと詰められていて、中に入れられている水の中をまるで雪が降ったかのように見える日本でもお馴染みの細工だ。
あれ、子供が大好きなんだよな。
うちにも甥っ子姪っ子用にちゃんと置いてあった。
こいつは王都で作らせたので、落としても割れない特殊な魔導細工が施されているので、小さな子供に持たせても安心だった。
「やあメリークリスマス。
マーシャ、アリシャ」
「メリークリスマスなのです、カズホ」
「メリー!」
クリスマスの挨拶のそういう略し方はあまり聞いた事がないが、まあいい。
皆、楽しそうで何よりだ。
「ふふ、メリークリスマス、カズホさん。
お嫁に来てすぐにこんな楽しいイベントがあるなんて素敵な結婚祝いだわ」
「お気に召していただき大変光栄だね、領主夫人様」
「そういや、お前。
どこに行っていたんだ。
勇者の世界のお祭りの前にお前がいなくなるなんて珍しいと思ってなあ」
「あー、ちょっと色々あってな。
あの宗篤姉妹のところへ行っていたり、山奥まで山葵探しにいっていたりでな」
「山葵?」
「ああ、勇者の国の食い物というか、なんというか。
試食してみるかい?」
俺は悪戯心で言ってやったのだが。
「面白い、試してみるか」
マジか、こいつめ。
俺の頭の上でエレが激しく笑い転げているのを、ルーテシアと子供達がじっと見つめていたが、精霊が見えないカイザはまったくそれに気づいていない。
俺は、すりおろされた、その鮮やかな緑の物を皿に盛ってやり一応は忠告しておいた。
「いいけど、口に入れるのは、ほんのちょっとだけにしておけよ」
「ん? ああ」
そんな事を言っておいたのだが、この馬鹿、箸でどっぷりと取ってさっと口に入れてしまった。
あっちゃあ、止める暇もなかったな。
「ふんごおおー」
辺境の領主様は目から火を噴いていた。
こりゃまたサプライズ・パーティになっちまっただろうか。
言葉にならずに喉元を抑えながらバタバタしているので、お茶のペットボトルの蓋を捻って渡した。
「ふ、ふひい。
いや、こいつは一体何に使うものなのだ。
いや、びっくりしたぞ。
勇者の国の連中はまた物好きだな」
「びっくりしたのはこっちだ。
初めて食う『ちょっとだけにしておけ』と注意された食い物をてんこ盛り口に入れやがって。
そんな真似は日本じゃ子供でもやらんぞ」
「いや、まだ箸の使い方が慣れなくてな。
ちょっと手が滑ったのだが、まあいいやと思って」
いつもしっかりした父親の滅多に見られないような醜態に子供達が大喜びだった。
「まあいいやじゃねえよ。
そいつは日本の料理では人気の物に好んで使われる、山葵という物だ。
苦労して探してきたんだぜ。
それがなくちゃ勇者の御馳走は始まらないんだからな!」
「そうだったのか、その料理に興味があるなあ。
一体、何をどうやったら、そいつが美味くなるというのだ?」
「これが美味くなるんじゃなくて、これで美味くするんだよ」
「アリシャも食べる~」
「無理だな、やめておけ」
激しく頷いて同意するカイザと、何故か不満そうなマーシャ様。
そして彼女はこのような事を言い出した。
「ふ、これだから四歳のお子様は困りますわね。
いいですか、アリシャ。
今からお姉さんが六歳児の貫禄という物を見せてあげます」
「え!」
「ちょっと、マーシャ。
待つんだ」
だが、彼女は父親の貴重な体験談からくる忠告には耳も貸さずに、さっと上手に少量の山葵を救い取ると一口でパクっといった。
まあ、大人が刺身料理に使うのなら適量くらいだったかしらね。
「にぎゃあああ」
この聖なるアルフェイムの地の領主館に、まるで猫舌で熱い飲み物に悪戯した猫のようなお嬢様の悲鳴が木霊した。
俺はもう用意しておいたお茶を飲ませてやり、頭を撫でた。
これでうっかりと甘いジュースなんか飲ませたら、逆に山葵の辛さが引き立つんじゃないのかねえ。
俺はそんなアホな事はやった事がないからよく知らないけどな。
もう異世界の幼女様ときたら、本当に碌な事をしねえんだから。
「あうう、大人の味は強烈でした」
ルーテシアは笑ってマーシャの涙目を拭いてあげていた。
ああ、この人もいいお母さんになりそうだ。
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