旦那様、本当によろしいのですか?【完結】

翔千

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とどめを刺します

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ファーガスのいきなりの手のひら返しの謝罪と離縁撤回の言葉に、ロザリアは思わず嫌そうに顔を顰めてしまう。

「明らかに絶対的に自分が不利だと今更思い知って、急に態度を変えて気持ちの悪いことを言わないで下さい。悪寒を通り過ぎて虫唾が走ります」
「な、なんだと!?!?」
「貴方の言葉だけの謝罪なんて、羽虫の足一本分の価値もありません」
「な、そ、そんな事言うな!!謝っただろう!?愛人とは縁を切るし、仕事もちゃんとやるし、お前の事もちゃんと可愛がる!!なんなら、子供だって作らせてやる!!これ以上何を求めるんだ!?」

明らかなロザリアの拒絶の言葉に声を荒げる。

「・・・・・ハァ」

あまりのファーガスの愚言にロザリアは思わずため息吐く。


「絶対に嫌です。お断りします」
「な!?」

確かに彼は自分が発端とは言え、借金が原因で私の夫になった。言ってしまえば、借金のカタに公爵家に売られたようなものだ。
今思えば、彼自身の気持ちの配慮が足らなかったかもしれない。
ロザリア自身仕事が楽しすぎて、ファーガスに寄り添う時間が思ったよりも少なかったかもしれない。
もっと親身になって寄り添っていればここまで事態は大ごとにならなかったかもしれない。

だけど、

「貴方が泣こうが喚こうが離縁。この決定は覆りません」

それとこれとは話は別です。

「貴方は私と離縁をして契約違反の慰謝料、5年間の浮気の慰謝料、私の精神的苦痛の慰謝料、ライド商会での横領の全額返金、デリー夫人が勝手に他の商会に持ち込んだドレスのデザインの損害賠償。その他諸々。
併せて152、800、000Gお支払いを要求します」
「は?」

ロザリアの言葉を聞いて頭が真っ白になった。

「い、いちお、く?は?・・・・・・な、何を、う,嘘を吐くな!!」
「嘘ではありませんわ。ちゃんと調べた正当な請求額ですわ。
契約違反の慰謝料が5、000、000G。浮気の慰謝料、5、000、000G。精神的苦痛の慰謝料2、000、000G。ライド商会の横領50、000、000G。損害賠償60、000、000G。大切な懐中時計を質屋に売った損害賠償8,000,000G後は、私の所有物を勝手持ち出してお金に換えていた分の弁償。秘密裏でアークライドの名使って借りた借金。そして、愛人さんと遊び、貢ぐために使い込んだお金。
合計、152,800,000G になります」

あまりの請求額の高さに、血の色さえも見えないほど顔面蒼白になるデリー伯爵一家。

「そ、そんな大金、払えるわけ無いだろう!!!」

情けなく震える声を張り上げるファーガス。

「払えますよ。デリー伯爵家の財産全て差押えてデリー一家が今後の人生ずっと働き続ければ、そうですね、55年後には全額返済出来ますね」

そう言いながら子供のようなあどけない笑顔をするロザリア。

この場にいない人間が見ただけなら、あどけない笑顔のロザリアに見惚れるであろう。
だが、目の前が真っ暗になるような現実を目の当たりにしているデリー一家はまるで恐ろしい悪魔を見ている気分だった。

「まぁ、無駄話はこれくらいにして、デリー伯爵卿、こちらに離縁確定状が有ります。こちらにサインをお願いします」
「・・・・・はい」
「ま、待て!!父上!!!」
「アナタ!!書いちゃ駄目よ!!!!」

デリー伯爵が震える手で手元の万年筆に手を伸ばすと、ファーガスと夫人が必死の形相で声を荒げる。

「ヨハネス。ルイス」
「「はい」」
「なっ!!んんぐぐ!!」
「ちょ、ま、んんんん!?!?」

ロザリアが2人に声をかけると、有能な2人は素早く口うるさいファーガスと夫人の口に猿轡を噛ませ、言葉を奪った。

そんな息子と妻を見たデリー伯爵は離縁確定状の上で万年筆を彷徨わせていた。

「んんん!!!!んんぐぐがぁ!?」
「んん!!んんーー!!」

口を塞がれていてもファーガスと夫人が何か喚いている。

そんな光景を見ていたら、

「デリー伯爵卿」

お父様が徐ろにデリー伯爵卿に声をかける。

「は、はい!?!?」

お父様の声かけに過剰な程肩を跳ね上がらせるデリー伯爵卿。
だけど、お父様の声はファーガスを責めていた時ほどの重圧感は無かった。

「私は貴殿を高く評価しているつもりだ」
「は?へ?」
「少々、デリー伯爵家について調べさせてもらった。
45年前、経営不振だったとある商人の息子だった貴殿は、資金を援助してもらう見返りにデリー伯爵家の一人娘と結婚、婿入りした。
御実家の家業は6年程前に畳んでしまっているようだが」
「・・・・・・・・・はい。両親がかなり高齢になってしまったので、」
「・・・・・・違うな。6年前の子息が作った借金を工面する為に畳むしか無かったのではないか?」
「・・・・・・・・」

お父様の質問にデリー伯爵卿は俯いてしまった。

「貴殿が実家の商家を救ったデリー伯爵家に未だに恩義を感じ、デリー伯爵家に尽くしているのであれば、もう既に、その恩義を果たしていると私は思うのだが?」
「・・・・・、」
「貴殿が、デリー伯爵家の一人娘を娶り、跡継ぎをつくり、先代のデリー伯爵家当主が亡き後も新たな当主として領地を立派に治めていた。それだけでも、十分デリー伯爵家への恩を返したように思える。子息の借金も本来ならば子息本人に片付けさせるべきだった。違うか?」

お父様の静かで重い言葉に、

「・・・・・・、分かって、いたんです」

デリー伯爵卿は嗄れた小さな声でポツポツと呟いた。

「息子が投資に失敗をして、莫大な借金を背負った時、もうデリー伯爵家は終わりだと思った。だが、妻が、
「当主として何とかしろ」
「潰れかけた商家を救ってやったのは誰だ?」
「父親として夫として息子と妻を守るのは当たり前の事」
「私達を路頭に迷わせるなど不甲斐ない以外何者でも無い」
ずっと、そう言われてきました」

万年筆握るデリー伯爵卿の右手が震えていた。

「ずっと、ずっと、頑張ってきた。結婚してから、何かミスをする度に妻や義理の両親から実家の商家を潰すと脅され、罵られ、嘲笑われ、家では私の居場所など無く、外に仕事出ることで成果を上げ、気を紛らわし、必死に居場所を作った。だが、もう!!」

今までの不満を吐き出すように叫ぶデリー伯爵卿。

「もう、どうしようもないんだ・・・・・。必死になって借金を返すべく奔走したが、それが、全て無駄になってしまった。この状況でデリー伯爵家の財産を全て差し出してもどんなに足掻いても、まだ、50、000、000G近い借金が残ってしまう・・・・」

そして、万年筆を手放し、絶望したように両手で髪を掻き乱し両手で顔を覆い、そのまま弱々しく机に肘を着いた。

「お義父様」

ロザリアはそんな義父に優しく声をかける。

「この離縁は、譲る事は出来ません。もちろん慰謝料も賠償金も譲れません」
「・・・・・・・」
「ですが、お義父様にささやかな贈り物を贈る事は出来ます」
「ぇ・・・・・?」

そう言いながら、ロザリアはデリー伯爵卿に再び数枚の書類を差し出す。

「ロザリア様、これは?」
「デリー伯爵卿の奥様の不貞行為の証拠をまとめた書類です」
「へ?」
「んんんーーーーーー!!!!???」

ロザリアの明るい言葉に伯爵卿は呆けたような声を出し、夫人は目がこぼれ落ちそうなほど目を見開き塞がれた口で叫んだ。

「バーバラの不貞、行為?」
「はい、随分と派手に遊んでいたようですね。それも、随分と前から」

私がそう言うとデリー伯爵卿は書類を取り目を通す。
その間、夫人が車椅子を壊さんばかりに身を捩り、汚く叫んでいた。
まぁ、皆無視していたけど。

「この書類はお義父様に差し上げます」
「ロザリア様・・・・・」
「デリー伯爵家が差し押さえられた後、これまでの事を全て水に流して、家族一丸となり再出発するのもよし。ご子息を愛の鞭でご子息自身に借金を返済させるのもよし。
・・・・・・・それぞれの負債をそれぞれ、きれいに分けるのも、また、よし。
離縁確定の後にご家族で、話し合ってください」

私がそう言うと、デリー伯爵卿は弱々しいがどこか吹っ切れたように小さく笑った。

「・・・・・・・・ロザリア様、ありがとうございます」
「はい」

弱々しいが小さく笑うデリー伯爵卿に私は笑顔で答える。

「お義父様、離縁確定状にサインをお願いします」
「はい」

デリー伯爵卿は再び万年筆を握り、今度は迷いなく離縁確定状にペン先を走らせた。

「んん!?んんんぐふん!?!?」
「ふんーーーんん!?んん!!!」

夫人とファーガスは往生際が悪く、渾身の力を込めて意味の分からない声を上げて暴れる。

その光景を見て、私の中でスッと何かが冷めていくのを感じる。

「これは、貴方が招いた結果ですわ。ファーガスさん」
「フンググ!?」
「楽しかったですか?」
「ッッ、」
「表面上で私との夫婦生活。お遊び程度の仕事をして、私が稼いだお金を夫人と一緒に湯水のように使い込み、愛人さん達と遊びまくった、この5年間。楽しかったでしょ?」
「ぅぅぅぅ、」
「貴方はそれだけの事をしたのです。それに私言いましたよね?
「旦那様、本当によろしいのですか?」っと、」
「っ、・・・・・!!」
「私を怒らせたのは、ファーガスさん、貴方自身です」
「っ、」
「自身の身の破滅なんて覚悟の上でしょう?」

自分にニッコリと笑いかける妻だった10歳年下の女にファーガスは、身動きすることさえも出来ない程、恐怖した。

「さて、お義父のサインももらえた事なので、私達は席を外しまししょう。お父様、お母様、お兄様」
「ああ、」

私がそう言うと、お父様達が席を立つ。

「お義父様、ご家族と話し合いの場にこのお部屋をお貸しします。どうぞ、存分に話し合って下さい」
「・・・・・・・・はい、お心遣い感謝します」

デリー伯爵卿も席を立ち、私達公爵家に深く頭を下げる。

「テオ、ルイス、ヨハネス、ラン。行くわよ」
「「「はい」」」

私達公爵家と使用人が部屋を出ようとしたその時、

「んんーーーーー!!!!!」

後ろから、こもった叫びが上がった。
後ろを振り向くと、もう、元夫となったファーガスが、縋ったような目で私を見つめている。

だから、私は、

「さようなら、元旦那様」

無邪気な笑顔で別れを告げた。

「んん!!ぐんんん!!ぐんんん!!!!!!」

閉ざされた扉の向こうで耳障りな叫びが響いた。

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