ルール無用、だから恋

三日月

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営業の王子様

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コトッ

千種は、浮かない顔で匡の前にマグカップを置いた。
ふわりと、そこからコーヒーの香りが広がる。

今日のクレーム対応でかなり疲れているんだろうな。
匡は、自分のマグカップを両手で抱えたままぼんやりしている千種を気遣う。
期末は特に駆け込み売上に走る営業部門は忙しく、今朝立て続けに起こったクレーム発生でもう一週間は会えないかもと覚悟していたのだが・・・千種から変更の連絡が無かったことに甘えて来てしまった。

匡は、香りを十分堪能したあと、まずは一口。
ふわりと鼻孔に広がる柔らかな香り。
豆からこだわっているのだと、ゴリゴリ取っ手を回しながら淹れ方を教えてもらったこともある。
後味にほんのり苦味が残るのは、匠の好み。
酸味の苦手な匡に合わせて、いつの間に豆が変わっていたのだろう。

これまでも、いっぱい取りこぼしてきたんだろうな。

千種の煎れるコーヒーが美味しいと感じるようになって、俺も段々コーヒーの味がわかる大人になったのだと勘違いしていた。
先週、実家に帰省して出てきたインスタントコーヒーは、相変わらずカフェオレ並みにミルクをたっぷり足さないと匡は飲めないままだったのだ。

年の差とか、言い訳はいくらでもできる。
でも、それではダメだ。
匡は気を引き締めると、目の前の千種に向き直った。




匡が働いている会社では、所属している資材部門は黒子扱いで、千種のいる営業部門は表舞台に立つ会社の花形だと言われている。
でも実際のところ、取引先から無茶な注文を入れられたり、他人のミスの尻拭いで走り回ったり。
営業の仕事は矢面に立つ分、想像以上に仕事が多岐にわたり、部署内での競争意識も高い。
これは、千種を仕事中も意識するようになって知ったことだ。

千種と関係が変わるまでは、匡にとって営業は「たまに倉庫に乗り込んできて、一方的に文句を行って帰っていく人」とか、「急にこの品物が必要だと嵐のようにやって来て伝票無しで持ち去っていく人」とか。
あまり良い印象が無かった。

千種本人については、入社当時から女性社員が「営業の王子様」と騒いでいるのを聞いたり、倉庫で上司が珍しくニコニコ対応しているのを見て「なんとなく良い人そう」なイメージ。
でも、営業にはかわりがないから苦手意識はあった。

やや垂れ気味の大きなアーモンド色の瞳に頬に影を落とすくらい長い睫毛、真っ直ぐに伸びた鼻筋と肉感のある桃色の唇がバランスよく配置された顔は、その肌の白さも相まって王子様に相応しい。
部署の飲み会にサプライズゲストとして登場した王子様。
大歓迎の女性陣から公平に距離を置くために、匡がたまたま隣の席になった。

「隣が男で申し訳ないね」

そう詫びられても、近距離で初めて見た千種の透き通る肌や甘い香りに咄嗟に何も返せなかった。
王子様って年じゃないだろうと、若干バカにしていた過去の自分を土下座させたい。
何故かひどく緊張してしまい、まともに顔を見るのさえ憚られてしまった。
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