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「おーい坊やー今日は腰、重点的に頼むー」
失礼します、と部屋に入った矢先に掛けられた力の抜け切った声に、銀髪の青年は深くため息をついた。
緑の瞳を動かすと、声の主は扉から一番遠い場所に設置されたベッドにうつ伏せになっている。こちらに足を向けて。
「いつも思うんですけど、これ騎士の仕事じゃないですよね」
坊やと呼ばれた20歳の青年、フリシェス・グリューンは半眼で文句をいいながらも、袖を捲って近づいていく。
適度に筋肉がつき、ほとんど傷のない若々しい腕が剥き出しになる。
フリシェスの自室よりも広い部屋の絨毯を踏みしめ、男が寝ていても幅に余裕のあるベッドの横に立つ。
腰に履いた剣を床に横たえると慣れた様子でベッドに上がり、寝ている男の背に跨った。
ひと月前に騎士団に入団したばかりのフリシェスとは比べ物にならないほど鍛え上げられた体には、無数の古傷が舞っている。
ゴツゴツとした筋肉に沿って両手を当てた。
「ちゃんと専門家に依頼したらどうですか」
「そこまでじゃないんだよ。部下に軽くやってもらうくらいが丁度良いんだって……ぐぁー……っ、いきなりキクー」
「はぁ。何が悲しくてこんなおっさんの背中を毎日毎日揉まないといけないんだろ…」
溜息が止まらない。
注文を受けた腰ではなく肩甲骨に沿って親指を食い込ませると、低く心地良さげな声の振動が手に伝わる。
「仕方ないだろ? 坊やが一番上手いんだから」
「その、坊やって呼び方やめてくださいって何回言わせるんですか」
「ん゛んーッ」
反抗心で必要以上に強く、一点に向かって体重を掛ける。しかし嬉しそうな呻き声が上がっただけだった。
「お前だっておっさんって言ってるからおあいこだろ? 人のこと父親と同い年だって言ってたしなー」
「まだ根に持ってるんですか。同い年じゃなくて、同じくらいって言ったんです」
「38と40は同じくらいじゃねぇだろう!」
「2歳差ですけど!?」
「グゲェッ」
ツッコミがてら張っている背中に肘打ちすると、流石にカエルが潰れたような声が聞こえた。
若い騎士に跨られて汚い声を上げているのは、アルター・フォーゲル。
世界最強と歌われるこの国が誇る騎士団の第一部隊長を務める男だ。
若い時分から死をも恐れぬ勇猛さと狡猾さで国を勝利に導いてきた英雄である。
何者にも染まらぬ漆黒の髪に金の瞳、そして英雄の名に恥じぬ精悍な容姿。
彼に憧れて騎士になることを志望する者も多い。
フリシェスも、アルターの凱旋式を見て瞳を輝かせたひとりだった。
だが。
(目の前に居るのは無精髭生やしたただの……いや、もの凄くだらしないおっさん……あの時見た英雄は幻だったのかな……)
そもそも、入団初日からしておかしかった。
栄えある第一騎士団に配属になり、胸を躍らせていた若者たち。
新人はひとりずつ部隊長の部屋に行けと指示された通り、廊下で待っていた。
だが同期たちは皆、首を傾げて部屋から出てきた。
それもそのはず。
入室したフリシェスが、部隊長に与えられる豪奢な部屋に圧倒される間も無くアルターが告げた言葉は、
「ほい、じゃあ肩揉んでくれ」
だったのだから。
そして、どうやらフリシェスのマッサージをお気に召してしまったらしい。
その日から、就業時間後に毎日部屋に呼ばれるようになったのだ。
どんなに体が疲れていようとも、上官の命令は絶対だ。
問答無用だった。
「あ゛ーそこそこ……もっと強くぐりぐりしてくれーぅ゛ぁ――気持ちいい――もっと下ーケツの方――」
右肘に体重をかけ、流石に年齢を感じる柔らかさが出てきた腰をグリグリと押す。
威厳も色気もない声を聞いていると、フリシェスにだんだんイタズラ心が湧いてきた。
「ケツねぇ……」
今日の昼食時のこと。
いつも気にかけてくれている先輩の騎士が「戦場での秘密の慣習」について教えてくれた。
戦場には女性が居ないため強制的に禁欲生活を強いられる。
そうすると、騎士同士で慰め合いが発生することが多いのだとか。
「年下は下になるもんだから初陣決まったら慣らしとけ」
と、いつも明るい先輩騎士は真面目な表情で本を貸してくれた。「どうしても無理なら私のところへ逃げてこい」と添えて。
新人騎士の中でも飛び抜けて美形かつ実家が没落しかけているという、ちょっかいをかけられやすい属性のフリシェスを先輩騎士が心から心配してのことだったが。
好奇心も性欲も旺盛な年頃のフリシェスはその場でその本を開き読み始めた。
「危ないから人前で読むな!」
と叱られたので触りしか読めていないが、今この状況は新しい扉を覗き見るチャンスなのではないかと思ってしまった。
自分が今跨っているのは、完全にマッサージで溶けているおっさんひとり。
部屋は鍵がかけられており、何か緊急事態でもない限りは誰も訪ねてこないだろう。
(マッサージ中に手が滑って尻の穴を触るくらい問題ないだろ)
問題、大有りである。
しかし、嗜める者は誰もいない。
フリシェスはアルターの下衣を鷲掴みにすると、下着ごと勢いよく剥ぎ取った。
失礼します、と部屋に入った矢先に掛けられた力の抜け切った声に、銀髪の青年は深くため息をついた。
緑の瞳を動かすと、声の主は扉から一番遠い場所に設置されたベッドにうつ伏せになっている。こちらに足を向けて。
「いつも思うんですけど、これ騎士の仕事じゃないですよね」
坊やと呼ばれた20歳の青年、フリシェス・グリューンは半眼で文句をいいながらも、袖を捲って近づいていく。
適度に筋肉がつき、ほとんど傷のない若々しい腕が剥き出しになる。
フリシェスの自室よりも広い部屋の絨毯を踏みしめ、男が寝ていても幅に余裕のあるベッドの横に立つ。
腰に履いた剣を床に横たえると慣れた様子でベッドに上がり、寝ている男の背に跨った。
ひと月前に騎士団に入団したばかりのフリシェスとは比べ物にならないほど鍛え上げられた体には、無数の古傷が舞っている。
ゴツゴツとした筋肉に沿って両手を当てた。
「ちゃんと専門家に依頼したらどうですか」
「そこまでじゃないんだよ。部下に軽くやってもらうくらいが丁度良いんだって……ぐぁー……っ、いきなりキクー」
「はぁ。何が悲しくてこんなおっさんの背中を毎日毎日揉まないといけないんだろ…」
溜息が止まらない。
注文を受けた腰ではなく肩甲骨に沿って親指を食い込ませると、低く心地良さげな声の振動が手に伝わる。
「仕方ないだろ? 坊やが一番上手いんだから」
「その、坊やって呼び方やめてくださいって何回言わせるんですか」
「ん゛んーッ」
反抗心で必要以上に強く、一点に向かって体重を掛ける。しかし嬉しそうな呻き声が上がっただけだった。
「お前だっておっさんって言ってるからおあいこだろ? 人のこと父親と同い年だって言ってたしなー」
「まだ根に持ってるんですか。同い年じゃなくて、同じくらいって言ったんです」
「38と40は同じくらいじゃねぇだろう!」
「2歳差ですけど!?」
「グゲェッ」
ツッコミがてら張っている背中に肘打ちすると、流石にカエルが潰れたような声が聞こえた。
若い騎士に跨られて汚い声を上げているのは、アルター・フォーゲル。
世界最強と歌われるこの国が誇る騎士団の第一部隊長を務める男だ。
若い時分から死をも恐れぬ勇猛さと狡猾さで国を勝利に導いてきた英雄である。
何者にも染まらぬ漆黒の髪に金の瞳、そして英雄の名に恥じぬ精悍な容姿。
彼に憧れて騎士になることを志望する者も多い。
フリシェスも、アルターの凱旋式を見て瞳を輝かせたひとりだった。
だが。
(目の前に居るのは無精髭生やしたただの……いや、もの凄くだらしないおっさん……あの時見た英雄は幻だったのかな……)
そもそも、入団初日からしておかしかった。
栄えある第一騎士団に配属になり、胸を躍らせていた若者たち。
新人はひとりずつ部隊長の部屋に行けと指示された通り、廊下で待っていた。
だが同期たちは皆、首を傾げて部屋から出てきた。
それもそのはず。
入室したフリシェスが、部隊長に与えられる豪奢な部屋に圧倒される間も無くアルターが告げた言葉は、
「ほい、じゃあ肩揉んでくれ」
だったのだから。
そして、どうやらフリシェスのマッサージをお気に召してしまったらしい。
その日から、就業時間後に毎日部屋に呼ばれるようになったのだ。
どんなに体が疲れていようとも、上官の命令は絶対だ。
問答無用だった。
「あ゛ーそこそこ……もっと強くぐりぐりしてくれーぅ゛ぁ――気持ちいい――もっと下ーケツの方――」
右肘に体重をかけ、流石に年齢を感じる柔らかさが出てきた腰をグリグリと押す。
威厳も色気もない声を聞いていると、フリシェスにだんだんイタズラ心が湧いてきた。
「ケツねぇ……」
今日の昼食時のこと。
いつも気にかけてくれている先輩の騎士が「戦場での秘密の慣習」について教えてくれた。
戦場には女性が居ないため強制的に禁欲生活を強いられる。
そうすると、騎士同士で慰め合いが発生することが多いのだとか。
「年下は下になるもんだから初陣決まったら慣らしとけ」
と、いつも明るい先輩騎士は真面目な表情で本を貸してくれた。「どうしても無理なら私のところへ逃げてこい」と添えて。
新人騎士の中でも飛び抜けて美形かつ実家が没落しかけているという、ちょっかいをかけられやすい属性のフリシェスを先輩騎士が心から心配してのことだったが。
好奇心も性欲も旺盛な年頃のフリシェスはその場でその本を開き読み始めた。
「危ないから人前で読むな!」
と叱られたので触りしか読めていないが、今この状況は新しい扉を覗き見るチャンスなのではないかと思ってしまった。
自分が今跨っているのは、完全にマッサージで溶けているおっさんひとり。
部屋は鍵がかけられており、何か緊急事態でもない限りは誰も訪ねてこないだろう。
(マッサージ中に手が滑って尻の穴を触るくらい問題ないだろ)
問題、大有りである。
しかし、嗜める者は誰もいない。
フリシェスはアルターの下衣を鷲掴みにすると、下着ごと勢いよく剥ぎ取った。
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