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第三章

5切れが限界

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「皆さん、そろそろ召し上がって? せっかく用意したんだもの」

 私がなんとも微妙な雰囲気にしてしまった空気を、皇后がにこやかに入れ替えてくれる。
 おっとりとした響きの声が心地良い。

 そして待ってましたおやつの時間!
 言い出して良いのか迷ってたから助かるなぁ。

 その場の全員が自然とテーブルの上の甘味を眺めた。
 周囲にいたメイドの皆さんが、心の中でそろそろ出番かと準備運動している気がする。

「ラナージュ、パトリシア、アンネ。遠慮しないでね? きっと殿方たちは甘いものはそんなにいっぱい食べないわ」
「ありがとうございます、皇后陛下」

 皇后の言葉に、美しく微笑むラナージュが答え、アンネとパトリシアは合わせて会釈した。
 仲良しでも序列きっちりしてるよなぁ。

 言葉通り、男性陣はそこまで嬉しそうでもない。
 こんなに美味しそうなものを目の前にして。
 目を輝かせているのはラナージュとパトリシアだけだ。
 アンネは、緊張で喉を通らなそうな表情をしている。

「あと、シンも」
「はい?」

 自分で思ったより気の抜けた返事をしてしまう。
 いつ声をかけられても良いように心の準備をしていたつもりが、ケーキやお菓子に気を取られて疎かになっていたようだ。

 でも、間抜けな返答のことは気にした様子もなく、皇后は胸の前で、シンプルな金の指輪のみをしている手を合わせた。
 そして、とても楽しそうかつ嬉しそうに声を弾ませる。

「甘いものが好きなんでしょう? アレハンドロから聞いたわ! この子、普段は口を出さないのに今回わざわざいちごと生クリームのケーキと」
「おい、皇后陛下はあのいちごのケーキをご所望だそうだ」

 すごくお母さんってテンションで話し始めた皇后の言葉の途中、アレハンドロが近くのメイドに低い声を向ける。
 その場で一番しっかりしていそうな年配の女性は、返事をするとすぐに指示通り動いた。

 相当圧のある声だった気がするが、口がむずむずしてそうな表情のベテランメイド。絶対微笑ましいなって思ってる。

 アレハンドロが強制的に話を切ったことに、目を瞬かせて皇后は口元に手を当てた。

「あら」
「ははは、ありがとうございます皇太子殿下。せっかくだから私もそれをいただきます」

 私はアレハンドロを揶揄いたい気持ちがどうしても抑えきれずに、私のために用意してくれたといういちごショートをとるように近くのメイドにお願いする。

 アレハンドロが舌打ちしたそうな顔で睨んでくる。照れ隠しなのが分かっていると全然怖くないな。
 かわいいやつめ。さては私のことが大好きだな?

 その様子を見て、コーヒーカップを持ち上げていたエラルドが肩を震わせていた。

「シンなら、ここにあるケーキ全部食べられそうだなぁ」

 いや、それはさすがに無理でしょ。6号くらいのケーキが何ホールもあるんだから。
 内心でツッコんでいると、ケーキが目の前に置かれたので口元が緩んだ。

 隣のデルフィニウム公爵は、そんな私を黙って優しい顔で見ている。
 きっと子どもの頃から好きな物が変わらないな、とか思っているんだろう。
 そういうの、ちょっと嬉しいよね。
 
 食べ始めると場が和んだ。
 良い頃合いで大人たちにはアルコールのグラスが渡され、つまみの皿も出された。
 お茶の場じゃなかったのか。

 パトリシアの父親が上機嫌で、クラッカーにチーズが乗ったお菓子を手に持って口を開いた。

「甘いものといえば、アンネちゃんとうちの娘も永久に食べられますよ!」
「わ、私はアンネほど食べません! 5切れが限界です!」

 パトリシアが既に2切れ目のケーキにフォークを刺しながら慌てて反論した。
 いや、反論出来てない。
 サイズによるけどすごい量を食べられることがわかった。

「その細い体のどこにそんなに入るんだ」

 信じられない、という顔のネルスが小さく呟く。
 しかし私は、さすが男子と感嘆するレベルでネルスがご飯をバキュームしているのをいつも見ている。対象がケーキなのか揚げ物なのかの違いだ。
 お前が言うなってやつである。

「アンネ、お前そんなに食べるのか?」

 食べ物にも飲み物にも手をつけず、ずっと大人しく黙ってたお父さんが目を丸くする。
 思わずと言った風に口を開いた。
 まぁ一般家庭でそんなにケーキを食べさせる機会ないもんな。

「へ!? えと、その!」

 意外にもまったりと幸せそうにチーズケーキを味わっていたアンネは、急に自分の名前が出て文字通り飛び上がった。
 ガタンっと椅子が鳴る。

「あ……! 申し訳ございませ」
「この間、アンネの誕生日に一緒にケーキの食べ放題のお店にいって」
「待ってパトリシアちゃん! こんなところで言わないで!」

 完全に素のアンネは立ち上がり、父親越しに乗り出してパトリシアの口を手で塞いだ。
 きっとものすごい量を食べたんだろう。恥ずかしいのは分かるけど、この場でいつも通りの態度がとれるとは。
 すごい度胸というか、かわいい顔をして心臓に毛が生えているとしか思えない。

 さすがヒロイン。

「ふふふ、余らせるともったいないもの。遠慮しないでね」

 皇后は女の子たちのやり取りを穏やかな表情で見守っている。

「アンネ、一緒にチョコレートのケーキも食べませんこと?」
「は、はい!」

 ラナージュの言葉を聞いたアンネは、先ほどまでの上品なペースであればあと二口ほどで終わりそうなチーズケーキを、大きな口を開けて一口で頬張った。

 そんな急がなくても。口いっぱいで美味しそうだけども。
 かわいいな。

「まぁ、お好きなの?」
「大好きです!」

 首を傾げる皇后に対してアンネは両頬に手を当て、素直に輝かんばかりの笑顔で頷いた。
 一点の曇りもなく、お世辞でもないことがよく分かる表情だ。

「うふふふふ、そうなのね?」

 意味深に目を細めて、皇后が再びアレハンドロの方へと視線をやる。
 いや、さすがに見ないであげて。息子さん、お年頃だから。

 明らかに目を逸らしてカップに口を付けてる銀髪褐色肌の美形がいるし。
 お前もお前で分かりやすいな。かわいいやつめ。

 チョコレートでコーティングされて光沢のある土台の上にトリュフチョコが飾ってあるケーキは、チョコが好きならたまらないだろう。
 アンネ、チョコレートが大好きで、学校に入るための勉強のお供だったっていつも言ってるからな。
 
 その後はお酒が回ってきた大人たちが上機嫌になってきて、縮こまっていたアンネの父親も打ち解けやすい空気になった。
 元々面識があったネルスの父とパトリシアの父がたくさん話しかけて飲ませ食わせをしていたので心配になったほどだ。

 そんな中、わざわざ私のところに移動してきた皇帝にコソコソと耳打ちされた。

「あのおさげ髪ちゃんが俺の娘になる子か?」

 ものすごい気が早いなこのイケオジ。

 息子本人に聞け本人に! 
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