【完結】兎が虎よりデカいなんて想定外や!

虎ノ威きよひ

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話し合いは大事

勝手に選ぶな

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 各階の廊下の一角にあるソファが置かれた休憩スペース。
 その自動販売機の前で、ラビは立ち尽くしていた。
 顎に手を当て、形の良い眉が寄せられる。
 その悩ましい表情が絵になる美形が、

(ココアといちごミルクどっちにしようかな)

 などと考えているとは誰も思うまい。
 かれこれ5分間はそうしているのである。

「何か迷っとん?」
「ホットココアか冷たいいちごミルクか迷って……え?」

 耳慣れてきたイントネーションの言葉に、自然と答えてしまってから違和感に気がつく。

 ほぼ真横から声がする。

 横から腕が伸び、ピッという電子決済の音。続いて、ガコンガコンと2回、飲み物が落ちる音がした。その重みのある音は自分達以外は居ない静かな空間に響く。

「ほい。悩んどる時間もったいないで」

 ココアの缶を片手で持ち上げ、差し出してくる、少しラビより目線の高い虎獣人の雄。
 金と黒が混ざった髪、丸い耳の形、尾の縞模様、ラビより焼けて見える肌の色。

 体の大きさ以外は、全て大好きな人とそっくりだった。

 だが、その姿を視界に入れてラビの眉間に皺が刻まれる。
 明るい琥珀色の瞳のタイガとは違い、落ち着いた亜麻色をしたアイトの目が笑みの形を作った。

「白兎ちゃん、有名人やな。何人かに聞いたらすぐ場所分かったわ」
「……お前には近づくなって言われた」

 差し出された缶に手を触れず、ラビは無表情で背を向ける。そのまま立ち去ろうとした手首は骨張った手に掴まれた。
 ネイビーのカーディガンの袖に皺が寄る。

「まだなんもしてへんのに嫌われとるやん」
「タイガが嫌いなやつはオレも嫌いだ。何しに来た」
「聞いとんやったら分かるんちゃう?」

 強い力で腕を引かれたかと思うと、自動販売機の横の白い壁に背中を押しつけられる。
 容赦のない衝撃に、ラビは息を詰めた。

「……っ! お前は雄に抱かれる趣味があるように見えない」
「そらそうや。抱く気やからな」
「冗談だろ」

 ラビは思わず嗤った。
 知人の恋人を横取りしようとしている、というにはあまりにも乱暴だ。
 こんな強引な態度で、今までの雌はあの優しいタイガからアイトに乗り換えたというのだろうか。

(見る目がないとかいうレベルじゃないぞ)

 黙って腕を振り解こうとするラビに、アイトの手には更に力が入る。

「……ちなみに、タイガとはどうなん」
「答える義理はない」

 返した瞬間、ラビの顔の横にココアの缶を持った手が叩きつけられた。
 背中に壁が揺れるような振動が伝わってくる。

「抱いたんか?」

 弧を描いた唇から出る、地の底から響いてくるような声と、細めた目から覗く燃えるような瞳。
 タイガの話から予想はしていたが確信に変わった。
 自分は口説かれているわけではない。
 一点の曇りもなく、敵意を向けられている。
 恋敵、とでも言えばいいのだろうか。

 元来大人しく、争い事は好きではないラビであったが。
 それならば逃げるわけにはいかなかった。
 赤い瞳で真っ直ぐにアイトを見据え、静かに息を吸う。

「自分のだったのに、とでも言いたそうな顔だな」
「は?」

 ずっと笑みの形を保っていたアイトの顔から、スッと表情が抜け落ちた。

「そんくらい、アホになれたら良かったけどな」

 滑り出てきた無気力な声は、ラビがよく知っている声だった。
 完全に、何もかもを諦めている音だ。
 タイガと会う前の自分と同じ。

 話で聞いてイメージしていた煌びやかな姿はそこにはなかった。
 ただ、規格外の体格で肩身の狭い思いをしてきたラビとは違い、アイトは全てを持っているタイプのはずだ。
 それがただひとりを手に入れられないことでこんなにも空虚な目をしているのだ。

 しかも、おそらくだが。敢えてそうしている。
 関係を修復しようと思えば出来たはずだったのに、それを全くしようとした様子はない。
 少なくともタイガには伝わっていない。

「好きな子に悪戯する幼児みたいなことしないで、素直に言ったらいい。タイガは優しいから話くらい聞いてくれる」
「へー。ええんか、言っても?」

 まるで敵に塩を送るような言葉に、目を見開いたアイトの手が緩む。その隙を逃さず、拘束を振り解いた。
 ジン、と痺れるような感覚がある手首へ視線を落とすと、掴まれた痕が赤くくっきりと出ていた。
 小さくため息が出る。

「こんな風に傷つけないならな。結果は変わらない」
「えらい自信やな」
「当たり前だろ。告白してさっさとフラれてしまえ。二度とタイガにちょっかい出すな」

 愛おしい笑顔を頭に思い描く。
 昨日はアイトに会って相当気分を害していたようだったから、とられる心配はない。
 それでも「幼なじみ」という響きのせいか、2人の距離が近く感じてしまうのは否めなかった。

 早く引導を渡したいが、それができるのはラビではない。
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