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第二章 始まりの街防衛戦‼

第百七十八話 ゴブリン・キング《作戦開始》

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 そして時間は戻ってナギとソルテはゴブリン・キングと向かい合っていた。
 お互いに見せてもいい攻撃手段を全て使った状態のため迂闊に攻めることが出来なくなっていたのだ。もっともナギの方だけは別の狙いがあるのだが、それを悟られないように動きを合わせて膠着状態を演出していた。

「さて、これからどうやって時間を稼ごうか…」

『例の作戦と言う奴ですか?』

「そうだよ。まだ準備完了の合図がこないからな」

 ナギはそう言って静かに足元を確認した。別にそこに何かある訳ではなく、相対した状態で視線を逸らした状態で知るのは危険なのですぐに視線を戻した。
 だがゴブリン・キングは何度となく背後に回られ、ダメージこそたいしたことはなかったが背中を火魔術で焼かれた事が強く印象に残って行動を抑制していた。

 その事を相手の反応を見て理解したナギは意地の悪い笑みを浮かべて作戦までの時間稼ぎの方法を思いついた。

「いいこと思いついたちゃった~♪」

 ご機嫌に声を弾ませてそう言ったナギは丸で警戒した様子も無く軽い足取りでゴブリン・キングへと向かった。
 ゴブリン・キングも最初は無警戒に歩いてくるように見えるナギを見て警戒していたが、何もしないのは逆に危険だと知っているので全力で迎え撃つ構えをとった。
 そんなゴブリン・キングの目の前でナギはゆっくりとした足取りで進んで距離を適度に詰めると足を止め、手を向けて魔術を使用すした。

『ファイヤーボール』『ファイヤーボール』『ファイヤーボール』

 何度連続で発動した魔術によって生み出された火球を見たゴブリン・キングは先ほどまでに受けた攻撃を思い出し、慌てて距離を取ろうと反射的に後ろへと下がっていた。
 しかしそれこそがナギの狙いだった。何度も喰らった事で火球に対して必要以上に警戒するようになっていたゴブリン・キング、だからこそ同じ種類の魔術を使用すれば警戒して防御姿勢を取ると簡単に予想できたのだ。

 完全に狙い通りに進んだことにナギは小さく笑みを浮かべて、今回のイベントでは使った事がない程に火球を野球のボールほどの大きさまで圧縮した。

「さて、これを喰らったらどんな反応してくれるのかな?」

 心底楽しそうにそう言ったナギはゴブリン・キング目掛けて一斉に放った。
 ゴブリン・キングも無防備に攻撃を受けるほど間抜けではなく、向って来る普通の火球よりも数段と小さいそれに上手く大剣を当てて撃ち消そうとした。

 ただ火球が大剣に当たるとボガァァァァァァァァッ!と間延びしたような爆音が周囲に響き渡った。
 しかも爆炎によって発生した煙でゴブリン・キングの周囲は見えなくなっていた。そんな中でもまたもや火魔術で攻撃された事に怒り狂ったゴブリン・キングは煙を突き抜けてナギへと襲い掛かろうとした。
 
 だが煙から抜けると一瞬の浮遊感の後ゴブリン・キングは落下した。そこにはゴブリン・キングの巨大が見えなくなるほどの巨大な落とし穴になっていた。
 しかも穴の底には一目で毒物だとわかる不気味な色の液体が満ちていてゴブリン・キングの膝までを覆っていた。
 そんなゴブリン・キングを落とし穴の上から見下ろしてナギは笑顔を浮かべていた。

「いや~見事に作戦が決まったな!」

「…あたりまえ…」

「何せワシ等2人が協力して作った力作だからな‼」

 ナギの言葉に同意しながら現れたのはアリアとゴド爺さんの2人だった。
 今の言葉から分かるように今回の落とし穴は2人の協力によって作られた物だった。穴をゴド爺さんとアリアの使い魔の土妖精『サグリ』が協力して作り、底に溢れる毒物はアリア特性の猛毒で竜種にもそれなりの確率で効果を破棄する劇物を使用していた。
 そんな落とし穴に落ちたゴブリン・キングは毒の効果が出たのか上の3人を見つめながら、苦しそうに胸元を押さえていた。頭上の残りHPの表示の横に毒状態を表すアイコンが増え、他にもいくつかの状態異常が増えていた。

「あれ幾つの状態異常になるんですか?」

「…たしか5つ?…だったと思う…」

「しかも今は毒で見えんが、そこにはワシ特性小型の刃が大量に敷き詰めてあるからな。それで傷つき、傷口から毒液が直接入って状態異常は持続し続ける。これで逃げることは当分無理だろうな‼」

「でも倒せはしないんですか?」

「それはわからん。倒せればそれでいいが、何事も不測の事態と言う物は存在するからの」

 聞いた限り逃げられるとは全く思えなかったナギが確認すると、ゴド爺さんはいつになく真剣な表情でそう告げた。
 それを聞いたナギは納得したように頷いて真剣な表情でゴブリン・キングを見た。穴の中では毒液まみれになりながらゴブリン・キングが抜け出そうと壁に手をかけていた。
 もっとも壁にも土で隠してあるがゴド爺さん特性の刃が設置されていて掴むと手が切り刻まれるようになっていた。それでも時間を掛けて無事に登れる場所を見つけて順調に登れるようになっても、わざわざ無防備な相手を放置するような御人好しはこの場には居なかった。

「おっと、逃げ出されるのは困るな」『ファイヤーボール』

「……せっかく作ったし、もう少し観察させて…」『アースニードル』

「ワシも武器の実験をしたいんでな。もう少し付き合え!ふんっ‼」

 逃げようとするゴブリン・キングにナギ達3人は遠慮も慈悲の欠片もなく攻撃を続けた。ナギは火魔術や短剣の投擲、アリアはまだ知られていない中級の土属性魔術、ゴド爺さんは自作の投擲武器を威力のテストとして幾つも投げていた。
 その1つ1つが的確に手元を狙っていてゴブリン・キングが痛みに耐えても、周辺のむき出しの土壁を崩して底へと叩き落していた。しかも落とす時にこっそりとアリアが薬瓶を追加で落としていて、毒の種類すら変えられて落ちるたびに受ける状態異常が変化していた。

 例えば最初は毒に加えて麻痺や幻覚の毒で、次からは火傷・眩暈・虚脱・沈黙などの状態異常が追加されていったのだ。

 状態異常が変化するたびにアリアを除いたナギやゴド爺さんの2人の表情は徐々に引きつっていたが、効果的な事には変わりないので最終的には納得して深く考えないようにしていた。

 それからしばらくしてゴブリン・キングの残りHPが半分近くまで減って状態異常が合計7つを超えようとした時、ついにゴブリン・キングに変化が現れた。

『グラァァァァァッ‼』

「お、ついに激怒状態になったか」

「なんですかそれ?」

「ボス級の魔物の中には残りの体力が半分を切ると防衛反応なのか、怒号を上げて身体能力が極端に跳ね上がることがあるんだ。しかもそれまでにつけた状態異常は…ほら、あの通り解除されてしまう」

 叫び声を聞いてナギが不思議そうに首を傾げるとゴド爺さんが丁寧に説明してくれた。それに従ってナギが穴の中のゴブリン・キングを確認すると、HPの横にあった状態異常アイコンは全部消えていた。
 そして状態異常から解放されたゴブリン・キングは足に力を込めて一気に飛び上がった。

 通常時だったらたいした問題ではなかったが激怒状態となって強化されている今、その一度の跳躍で手が落とし穴の縁に届いて地上へと出て来た。

「これからは正面からの戦闘になるぞ!まだレベルの上がっていないナギ坊は特に気を付けろよ‼」

「分かってます。さすがに正面衝突するほど馬鹿じゃないですよ」

 怒れるゴブリン・キングを前にゴド爺さんが警告するとナギも理解しているので口では軽く答えて、その上で全力で警戒して正面を見据えていた。2人が警戒している中アリアだけは完全な非戦闘職なので静かに後方に用意して置いた退避用の穴の中へと身を隠した。

 全員が構えた瞬間に怒りで声を発する事すら忘れたゴブリン・キングが真っ直ぐに突っ込んできた。
 強化されている事で今まで以上に速くなっている速度で2人へと一気に接近したゴブリン・キングは勢いを利用して大剣を振りかぶった。

『グガッ‼』

 小さい叫びと同時に大剣が薄っすらと光ってアーツが使用された時の反応だった。
 それを見たナギは驚いて一瞬動きが遅れてしまい避けるのが完全に間に合わなくなっていた。だがナギは慌てる事無く目の前へと迫る大剣の刃を見つめ、冷静に進路上に短刀を添えるように持って行きぶつかった瞬間に刃を救い上げるように振るって下をくぐり抜けた。
 ただ無理に通り抜けたために体勢を崩してしまい完全な隙を生んでしまった。

 その隙を狙ってゴブリン・キングが蹴りを放とうとした時、さすがにナギも終わったか…と思って目を閉じそうになった。

「待たせてしまったかなっ!」

『グギャッ⁉』

 軽快な声と共にドゴン!と言う鈍い音と共にゴブリン・キングの野太い悲鳴が聞こえた。
 それを聞いたナギは目を開いて正面を見つめるとギルドマスターのジィ―リスさんが両手足に戦闘用と思える真っ赤な手甲と脚甲を装備していて、他の場所も動きやすさを重視したデザインの赤い革鎧を身に着けて拳を振り抜いた体勢で立っていた。そのまま振り向いたジィ―リスさんはナギへと笑顔を向けた。

「やぁ!私もようやく準備が出来たので参加しに来たよ‼」 

 そう満面の笑顔で言ったジィ―リスさんの姿にナギは不思議と安心して差し出された手を掴んで立ち上がるとゴブリン・キングへと改めて戦意を募らせた。
 
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