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聖女死亡

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 ☆☆☆

「もう一度……まだ、私は、ケイオスさんから全部貰ってないから……」

 不慣れなファイティングポーズを取り、レックさんを睨みつける。
 その視線が合った時、彼女の視線も急に重さを増した。
 ただ、睨まれているだけなのに、敗北を認めてしまいたくなるほどの圧。
 けど、負けない。こんな私にだって覚悟はある。

「人格ごと変えられちゃったのかな。そんなカタリナ、見たことない」
「自分のやりたいことを見つけただけ……ですよ」
「それはそれは、ご立派なことで。でも、残念だね、せっかく見つけたのにここで終わりなんだから」

 二人が倒れているのは、レックさんの足元。
 こうして会話をしている間にも、刻一刻と死の瞬間へと近づいている。
 私の、私達の勝利条件は彼らの救出と敵からの逃亡。
 ……駄目、いくら考えてもクリアの方法が見つからない。
 せめて、私が能力を使える状況だったら──そうだ!

「駄目元ですが、やってみる価値はありそうですね……」
「ん、何か逆転の方法でも思いついたのか? 無理無理、アンタ達はもうおしま──」
「こう、します!!」
「へっ!?」

 私は肩に手を当て、ぶわさっと衣服を全て脱ぎ捨てた。
 メメちゃんから教えてもらった必殺893式脱衣法だ。
 こうすることで一瞬ですっぽんぽんになることができる。
 突拍子も無い行動に目を丸くしたのはレックさん、カットルさん。
 私の意図を読み取ってくれたのは、ずっと面倒を見てくれていた彼女だけ。

「話にいくのね、ベアトリーチェに」
「説得して直ぐに戻ってきます、だから!」
「了解、貴女に全てを賭けるわ。ウォーターウォール!!」

 唖然としている隙を突き、カーラさんが私に杖を向ける。
 すると、上部に魔法陣が出現し、頭から冷水が降り注いだ。
 瞳を閉じ、冷たい水に肌と意識を馴染ませていく。
 ゆっくり、ゆっくりと、魂を身体から引きはがしていく。
 淫夢とは逆。
 堕ちていくのではなく、昇っていく。
 昇って、昇って雲を超え、空を超え、闇の中を進むと、次第に光に包まれる。
 そうして、いつの間にか閉じていた瞳を開くと、目の前には巨大な半裸の女性が私を迎え入れてくれた。

「半裸の女性とは失礼ですよ、カルロッテ」
「し、失礼しました……女神、ベアトリーチェ様」

 薄い透けた衣を恥部に被せただけの真っ白な女性こそ、私に神の加護を授けてくださっている女神様だ。
 ここは特殊な空間であり、現世との時間軸も違う上、私の思考は全て読み取られてしまう。
 つまり、嘘の吐けない懺悔室のような場所だった。

「久しぶりに来たかと思えば、貴女には呆れて物も言えません。聖女としての自覚はありますか?」
「はぃ……そ、それで、ベアトリーチェ様。お願いがありまして……」
「加護を付与してほしいのでしょう? 貴女の行いは天界より監視させていただいてました。もう、いくら懺悔しようと貴女に私の加護を授ける資格はありません」
「な!? で、でも、アルフレド様との性行為の時は、ベア様も許してくれていたじゃないですか!?」
「ベアトリーチェです。あれは特例です、選ばれし者に身を捧げるのも聖女の務め……ですがカルロッテ、今の貴女は自身の欲望の為に動いています。それでは聖女ではなく、露出狂の変態です」
「……ベア様だって半裸の癖に」
「これは痴肌を見せても穢れの無い清き者という証明です。貴女と一緒にしないで下さい。天罰」
「あばばばばっばっばッ!!」

 ビリビリビリっと落雷が降ってきて身体に直撃。
 激痛が全身に走り、身体が痺れた。こ、このドS女神め……。

「もう一度天罰を受けたいですか?」
「……申し訳ございません。ベア様、でも私には今、神の加護が必要なのです、お願いします。最後、ワンチャンス下さい」
「都合のいい時にだけ、神に助けをこうなど、愚か者のすることですよ」
「今日だけ力が手に入れば、私はもう貴女に何も求めませんから」
「何故、そこまでしてあの男を助けたいのですか」

 何故か、と聞かれたら、答えは決まっていた。
 ご褒美をもらった日に、私は自覚したのだ。

「愛しているからです、ケイオスさんを」

 そう、私は間違いなく、彼に初恋を捧げていた。

「……愛、ですか。愚かな」
「生まれた時からベア様に守られてきて、とても感謝しています。でも、今私は本当に守りたいものを見つけた……だから、必死なんです!!」
「本気ですか?」
「本気です!! どんな罰でも受けますから、今一度貴女様の力を、私に」
「今『どんな罰でも』と言いましたね?」

 スーッと女神様の表情に『人間味』が現れた。
 私は知っている、『欲望』がある私についている神様なのだから彼女にも『欲望』があるということを。

「欲望などという下衆な言葉を使うのはおよしなさい、あくまでも断罪ですよ」
「……ベア様、私は何をすればよろしいですか?」
「そうですね、貴女の罪に釣り合うのは……これを一枚引きなさい」

 差し出されたのは、5枚のカード。
 裏面を向けられており、何が記載されているかは記されていない。

「一枚引くごとに、一つ、奇跡を授けましょう」
「本当ですか!?」
「神は悪魔と違い、嘘を吐きません」
「だ、だったら……これで!!」

 一番右側のカードを選び、表面を確認する。
 そこには、短く『溺死』と書かれていた。
 えッ、これってどういう意──

「ぁっ、ごぉ……お、ぼッ!!」

 瞬間、呼吸が止まった。
 気が付けば周囲は真っ青になり、身体は水の中へと浸っている。
 息が、できない。身体が酸素を求め、手足をジタバタさせて藻掻き苦しむ。
 しかし、逃げ場はない。
 見えるのは、ベア様の満足そうな笑みだけ。

「いい顔です、カルロッテ。やはり貴女は美しい」
「お、おごっ、が……あ、がッ」
「人が最も輝くときはは死、美しい貴女の更に美しい瞬間です」
「あ、あああああッ!!」

 酸素の代わりに水が体内に流れ込んでくる。
 パニック状態になった頭は、ただただ「酸素」だけを求めていた。
 苦しい、死ぬ、助けて、神様。
 手を伸ばし、死から逃れようとする私の手に、手を伸ばす。
 けど、ギリギリ届かない距離で彼女は私の手を掴むことはなかった。
 塞がっていく視界、最後に残ったのは邪悪に口角を上げるベア様の顔だった。

 ────ッ。

「はッ、はッ、はッ、はッ……ぁ、はっ……い、生きてる……」

 死んだ瞬間、目が覚めた。
 思いっきり深呼吸をし、酸素を取り込む。
 よ、よかった……本当に死んだわけじゃないんだ。
 もう、あの苦しみを味わうことはない。
 生きている、苦痛からの解放による安心感に「ふぅ」と息が漏れた。

「よく耐え抜きましたね、カルロッテ。いい物を見せてもらいました」
「……いい趣味してますね、ベア様」
「この領域にて嫌味は無駄ですよ。さぁ、これで一つ、貴女に奇跡を授けました。今まで通りの力を使うことができますよ、ククク」
「……ベア様、残り4枚ありますよね?」
「はい? まぁ、ありますが……」
「多分、今までの力ではあの二人と戦うには足りません」
「ですよね? ふふ、物分かりが良くて助かります。そう、貴女は後2回、死ななければ剣士、拳士を退け、ケイオスと言う男の傷を癒すことは叶いません」

 回復魔法では間に合わない。
 殆ど蘇生魔法と同様の代償を必要とするわけか。
 ……あれ程の苦しみを、あと二回。
 嫌だ……怖い、何度も死ぬなんて……絶対に嫌だ。

「私は断罪と共に、貴女の覚悟を測っています。後二回、死と同様の苦痛を刻まれる覚悟はありますか?」
「……私は──」
「今の力があれば、とりあえずその場から逃げ出すことは可能ですよ?」
「嫌です」
「クク、そうでしょう、貴女のような未完成な聖女にそんな覚悟は──」
「後、三回私は死にましょう」
「……え?」
「ですから、メメちゃんを救う力も、私に下さい」

 そう告げると、神は豆鉄砲を喰らったようにキョトンと目を見開いた。

「カルロッテ、本気ですか? 一度死を味わいながら、もう三度死ぬと」
「はい、メメちゃんも救えなきゃ、力を得る意味はありません」
「あれは魔族の血が混じっている邪悪な存在ですよ? 幾度となく倒して来たじゃありませんか、魔族など」
「……ベア様、私はもう一つ、考えていることがあります。人間と魔族の違いって、なんでしょう」

 これは、私が皆と一緒に過ごして疑問に感じていたことだ。
 メメちゃんの笑顔を見て、愛おしく感じた。
 人間の子供と何ら変わりない、その無垢な笑顔を。

「……」
「彼女を通じて、それが知れる気がする。何より、ケイオスさんが大事にしているメメちゃんを見殺しにするなんて、私にはできません」
「わかりました、そこまで言うのであれば、三枚引きなさい」
「……ベア様、とても嬉しそうですよ」
「残りは人間が作り出した拷問具の数々、貴女の悶え、苦しみ、死ぬ姿を想像しただけで……クク、濡れてしまいますね」
「本性現しましたね」
「どの道、貴女は私に頼るしかない。さぁ、カードを引きなさい」

 差し出されるカード。強気に出たが、当然手は震えている。
 やるんだ、私は……皆を助ける。

「人間が、四度の死を経験し、正気を保てると思っているのですか?」

 引いたカードには、それぞれ死に直結する言葉が記載されていた。

『焼死』
『串刺し』
『圧死』

「──ッ、ぅ……」
「さぁ、私を愉しませなさい。それが、貴女の仕事なのですから」
「あ……あ……ああああああああああああああああ゛あ゛!!!!!!」

 私は四回、神の前で死に様を晒した。
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