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第一章 魔王討伐編

第5話 獣使いとしての特訓

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 早速獣使いとしての特訓が始まった。

 ツリーさん指導を受けながら、俺は見よう見まねでやっていることを真似した。

「こうですか?」
「そうです!」
「え?」
「合ってますよ?」

 正直、剣術、いや、前世で全く馴染みのない魔法の方がわかりやすいかもしれない。

 俺はツリーさんの特訓を受ける前に、ルカラのスケジュールとして、剣術、魔法に関する勉強をしてきた。
 貴族の義務のようなものなのか、剣術も魔術も週にびっしりと教わる時間があった。
 しかし、指定の場所に行きどれだけ待っても誰も来なかった。

 完全にこれまでのルカラの行いのせいです。代わりに謝ります。ごめんなさい。

 それはともかく、先生が来ないので仕方なく本を片手に勉強したのだが、まあルカラの体が優秀らしく、書いてあることをなぞってやるだけで剣は振れるし魔法は放ててびっくりだった。
 この世界では魔法を操るためのエネルギーを魔素と言うらしいが、そんななじみのない不思議エネルギーに関しても、体内を通る感覚や空気中に含まれているのを感じ取ることができた。
 まるで呼吸をするように、新しいことをほんの数時間で吸収できたことは、天才が勉強に熱中する理由を理解するには十分だった。

 しかし、獣使いとしてのスキルではそうはいかなかった。
 まったく実感が湧かない。
 なのに、どうやらすでにできているらしい。
 ツリーさんに教わる以前から、きのみを使った時やユイシャに懐かれていることなど、どれもやったら勝手に発動してくるのだ。
 ツリーさんが言うには、コントロールできるらしいが、その感覚がわからない。むしろ、普通は意識しないと発動しないらしく、やはり俺のこの体は少しおかしいらしい。
 職としてのクラススキルだからだろうか?

「ルカラ様の才能を把握しました。では、仮契約をしてみましょうか」
「仮契約ですか?」
「はい。獣使いとしての基本、獣使いといえば、動物やモンスターに指示を出すことです。このように手を前に突き出し、フォライフィガーと叫んでみてください」
「『フォライフィガー』!」

 結局言われるがままにツリーさんの真似をしてみた。
 すると、手から魔法陣が放たれ、近くの小鳥に当たった。
 魔法の延長線上らしいが、魔法を使った時とは感覚が違う。
 しかし、やればやるほどコツを掴めるのは剣術や魔法と同じだった。使えば使うほど精度は上がり、どんどんと鳥が寄ってくる。

「あの、解除は……」
「ゼシュトゥです」
「『ゼシュトゥ』!」

 最後の一匹だけもう一度仮契約をし、俺は肩に乗せてみた。
 おお。レボリューションだよこれ。
 違うか。
 思うように鳥が動く、うん。手を動かすように小鳥が動いてくれる。
 だんだんとわかってきた。

「す、すごい! まさか一日かからずに成功するなんて」
「え?」

 興奮気味にツリーさんは俺の手を掴んできた。
 いや、ちょっと待て、やっぱり早いのか?

「あ、すみません。つい興奮で。しかし、普通ならスキルの習得に一週間。目標に魔法陣を当てるのにさらに一週間、そしてそこから、スキルを当てた後に思った通りに動いてもらうのに一年はかかるものなのですよ? それを今私が教えた通りにやるだけで、肩に乗せ続けている。ここまでの才能とは……。私も幼少期は天才だと周囲からもてはやされましたが、それでも動いてもらうのに一ヶ月はかかりました」

 嘘だろ? 元勇者パーティのツリーさんで一ヶ月? この体優秀すぎやしないか?
 もう少し試してみるか。なんだかまだできそうだし。
 肩から飛んだ! 飛行させた! 滑空させた! 肩に戻した!

「もうそこまで正確に操れるんですか?」
「いやぁ。ははは」
「はあ、はあ、そりゃルカラだもん!」

 なぜか俺に変わってユイシャが自慢げに胸を張っている。
 さっきから魔法陣をそこら中に放っては地面に座っているが、これってユイシャも早いんだよな。

「でも、ちょっとうらやましいな」
「ユイシャだって、すごいじゃないか。一週間かかると言われてるスキルをもう習得できてるみたいだし。ですよね?」
「はい。もちろんです。さすがルカラ様のご友人です。素晴らしいですよ」
「ふふん!」

 ユイシャは嬉しそうだ。

「ルカラ様」
「はい」

 ツリーさんがなんだか真剣な、いやむしろ怖い顔で俺を見下ろしてきている。
 うーん。これはどういう表情? 警戒されてるのか? なんだか命を奪われそうな気がする。
 教わろうとして実はできました。お前の役割ありませんとか思われてる?
 でも、教わらなかったら絶対こんなに早くできてなかったんだよ。ゲームのルカラでさえ、効率を求めてツリーさんから教わってたんだから。
 俺がツリーさんを知ってたのもゲームで名前が出てきたからだ。

「あの。ルカラ様」
「な、なんでしょう」
「差し出がましいお願いかもしれないのですが、一つ、頼みがあります」
「えーと。俺にできることなら。獣使いの師匠な訳ですし」
「そうですね。ではルカラ様の師匠として、一つ手合わせ願えませんか?」

 手合わせ?

「どうしてそんなことになるんですか? 俺、ツリーさんより弱いと思いますよ?」
「理由はルカラ様が強いからではありません。一つは獣使いのスキルである仮契約を行えるようになったので、その時点での実力を把握し、今後の方針を決めるためです」
「なるほど」

 確かに基礎を押さえたら、その先はどの方向へ進めるのかを見定める訳だな。

「もう一つは、一人の獣使いとして興味が湧いたからです。扱う動物やモンスターがいなければ、獣使いは単身生き抜かなければなりません。そして、弱い獣使いは仮契約すらできません。人としての強さもまた獣使いの強さの一つなのです。ここまでの才能、老体となった私にも何か得るものがあるのではないかと。そう考えた訳です」
「なるほど」

 俺にとってもマイナスはなさそうだ。
 むしろツリーさんと手合わせなんて願ってもない申し出。

「わかりました。やりましょう」
「ありがとうございます」
「いいんです。今はツリーさんが師匠ですから」

 本当にツリーさんには感謝してもやまない。

 早速木剣を渡された。
 剣の扱いはほぼ独学。訓練場にある剣とは重さが違うが、どうだろうか。
 改めて軽く振ってみた。

「ん!」

 一振りしただけでわかった。教わった訳じゃないのに、風を切る感覚がある。
 音が鋭い。
 俺がテレビやネットで知る達人の動きを再現しようと体を動かすと、思ったように動くことができる。
 剣が体になじんでいくのがわかる。
 あたかも使い慣れた道具のように扱える。

 これならいけるかも。
 いや、油断。これが最大の敵だ。俺はあくまで獣使いも剣士としてもニューピー。

「いいですか?」
「はい。お願いします」
「では、ユイシャ様。掛け声をお願いします」
「はい」

 ゴクリ、とつばを呑み、じっとツリーさんを見つめる。

「初め!」
「くっ!」

 かけ声のタイミングがわかっていたように、声と同時にゆらりと動き、ツリーさんは俺の首めがけて剣を振るってきた。
 一撃目をなんとか受け流し、即座に距離を取る。

 動ける。
 確実に前世の俺ならば今ので気絶していただろう。

「さすがです。今のを受けても立っているとは」

 それ悪役のセリフだろ。

「ありがとうございます」

 しかし、手がジンジンする。
 やはり、体格差が大きい。このまま持久戦に持ち込まれれば今の肉体では確実に敗北が待っている。
 今は攻撃を受ける練習ではない。

 葉っぱが落ちた瞬間、俺とツリーさんが同時に動いた。
 相手の動きを目で追えている。

「素晴らしい。素晴らしいですよ」
「くっ。ふっ。ふっ」

 話す余裕があるだけ、この人おかしいだろ。
 俺、結構全力なんだけど。
 というか、ルカラの記憶の中では静かに庭を恥ずかしくないように整えてたはずなのに、魔王を倒すために勇者と戦っていただけあり、戦いの中に生きた人ってことか。

「なっ」

 膝裏に何かが当たって体勢を崩した。
 即座に転がり攻撃をかわす。

「獣使いの戦いは泥臭くですよ!」

 ツリーさんの手に乗る小鳥。俺の膝裏にぶつかってきたのか。

「獣使いは仮契約でも強化してあげられます。人にぶつかった程度で怪我はしませんよ」

 くそう。そんなの今できる思考の余裕はない。

 だが、全力。
 打ち込みを繰り返すうちに、ツリーさんにも少しのスキが見えてくる。
 いくら鍛えているとはいえ全盛期よりは衰えている。

「ここだ!」
「ぬんっ」
「な、動けな」

 痛っ!
 確実に剣が届くと思った。
 だが、叫びに乗せ剣を振ろうとした瞬間、体が金縛りにあったように動かなくなった。
 今のは一体……? 何か、獣使いのスキルであったっけか。
 俺の体はあっけなく浮かび上がった。

「ぐっ」

 背中が痛い。

「ルカラ!」
「ユイシャ……」
「だ、大丈夫ですか!」
「え、ええ。なんとか……」

 あちこち痛む体を起こしながら、うーん。まともに一撃受けたはずだが、痛みはそこまででもない。もうすでに治り始めているようだ。
 才能かスキルとか言われてもしっくり来なかったが、今なら実感としてわかる。これかと。

「ど、どうしましょう」
「父上にはこけたと言っておきます。なので、明日からも教えてください」
「つ、つつしんでお受けいたします」

 なんかかしこまりすぎじゃ?
 まあいいか。
 
 俺は立ち上がり、軽く土を払った。
 そこらの人間じゃ才能だけで超えてしまうのがこのルカラの体だ。
 ツリーさん。まったくいい師匠を見つけた。
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