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7.いい加減にして!聖女は婚約破棄を叫ぶ!

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 とうとう恐れていたこの日が来てしまった。

 ケンドリック殿下との婚約が整ってから初めての王宮舞踏会。国内の有力貴族が集まるこの場所で、私と殿下の婚約が報告される。
 
 勿論出たくなくて……なのに大勢の侍女が朝から部屋へ入ってきて寄ってたかって私を揉みくちゃにして支度を整えた。私の弱々しい抵抗など、侍女の気合いの前では意味をなさない。

 アデライン様や殿下に、この婚約発表での立ち振舞いには気を付けるように言われた。この婚約が気に入らない貴族は鵜の目鷹の目で私の粗探しをするだろう、って。

「イーリス様、ご婚約おめでとうございます」

 赤のドレスを着たアデライン様は流石の存在感と美しさ。女性たちからの羨望の眼差しを浴びながら艶やかな笑顔を浮かべて私たちの元へ挨拶に来た。

 今まで散々ダメ出しされてきた。また何か言われちゃいそうで萎縮しちゃう。

「ア、ア、ア、アデライン……さ、様。あ、あ、ありがとうございます」

 彼女がこっちをじいっと見るから、怖くて顔を上げられない。

「イーリス様、もっと顔を上げて。自信の無さが姿勢に現れていますよ。まるでわたくしを怖がっているようです」

 ええ、その通り。怖いです。

「い、いえ、そ、そ、そんなつもりは……」

「イーリス様は王太子妃となるのです。もっと堂々としていただかないと。ねぇ?殿下」

「そうだな。イーリス、姉上は少しキツイ事も言うが、本来は君と仲良くなりたいと思っているのだ。責任感が強く、ハッキリしたことを言うが全て君のためなんだ。理解して欲しい」

ケンドリック殿下も最初はたどたどしい私の話し方を笑って許してくれていた。けれど、全く進歩しない私に最近は失望を隠さない。

「は、はあ」

「イーリス様、あまり言いたくはありませんが、殿下に対して『はぁ』なんて返事は感心しませんわ」

「は、は、は、は、はい」

 もう嫌。帰りたい……。





「ケンドリック殿下、イーリス様、ご婚約おめでとう御座います」

「ああ、エミリアか?久しぶりだな」

「殿下、おめでとう御座います」

「ああ、アンソニーも、ありがとう」

 サンシャル伯爵令嬢のエミリア様が挨拶にやって来た。すると、殿下の学友であるアンソニー様たちも一緒に殿下を囲み、友人同士の仲の良い雰囲気を作り出す。
 私はその輪には入れなくて、なんだか孤立したような気分……。

 猫目の愛らしいエミリア様とアンソニー様はケンドリック殿下の幼なじみで、殿下の相手が私ということが気に入らないらしく、いつも私にチクチクと嫌みを言う。


「殿下が選んだ女性がイーリス様のようなタイプの女性だったとは、少し意外でしたよ」

「そうですわね。殿下は元々立ち振舞いの美しくマナーも完璧な淑女を好んでいましたから」
 
 エミリア様とアンソニー様は明らかに私の事を嫌っている。険のある視線からそれを感じてツライ。

「ははは、イーリスは国を救った聖女なんだ。これ以上なく私の隣に立つのに相応しい女性だ。細かい部分は目を瞑って欲しい」

 殿下は怒ってくれるのかと思ったけど、おおらかに笑いながら、自分の友人たちの私に対する嫌みをさらりと流した。

「まあ、殿下はお心が広いですわ。イーリス様も感謝なさいませ」

「……はぁ」

  勝手に婚約者にされて……どうしてここまで嫌みを言われなきゃいけないのか分からない。弱気な私はそれでも言い返せず弱々しく笑った。

「それと、殿下は努力家で奥ゆかしい女性を好みますの。殿下の寵愛を受けたいのであれば、あまり我が儘を言わない方が宜しくてよ?」

「そうですね。噂では婚約を嫌がるフリをして殿下の気を引こうとしているそうじゃないですか。淑女としての立ち振舞いも身に付いていないようですし、少し努力した方が良いのでは?殿下の好意に甘えているのは感心しませんね」

 どうしてここまで言いたい放題言われなければならないの。もう涙が出そうだった。

「イーリス、顔を上げてくれ。そんな背中を丸めてオドオドした態度は良くないな。皆が君に話し掛けているんだ。君も何か話すべきだろう?」

 殿下は何も喋らない私の態度に苛ついたようで、いつもとは違う強い口調で私を詰る。

「み、み、皆様、わ、私の事をお嫌いみたいで……。」

 こんな場所でこんな事言うべきじゃない。だけど、殿下の友人の態度はどう考えても私に好意的じゃないもの。 

「どうしてそんな言い方をするんだ。君の態度がいつまでも改まらないからだろう。王太子妃となるのにいつまでも甘えた態度では困る」

 殿下の声は大きくは無い。けれどいつもとは違う声色に周囲の貴族の視線が私へと集まった。視線を感じるだけで身体が震える。

「……。」
 
 私は黙って話を聞いていた。反論すると話が拗れると思ったから。でもーー

「イーリス、エミリアから社交界での振る舞いなど、色々と教えてもらうといい。サンシャル伯爵も王家にとって大切な忠臣。これからも仲良く頼むよ。」

「し、社交界だなんて……(私には無理)」

「王太子妃としての派閥形成など力になってくれるだろう。貴族間の付き合いは大変だが、王家は忠臣に支えられ安定を保っているんだ。堅苦しい付き合いだと思うが、蔑ろにはしないでくれ。まあ、聖女である君を表立って批判する貴族はいないから安心していい。」

 あんなにボロクソに私を貶していたのに、批判していないと?

「イーリス様、ケンドリック殿下の隣に立つのに相応しく在りたいのなら、努力が大切ですわ。」

「エミリアの言う通りだ。」

「っっ……。」

 もう限界。
 私の何かがプチっと切れた。



「いい加減にしてーーーーっ!!」



「イ、イーリス?ど、どうしたんだ、急に。」

「私を人前で侮辱するこんな人と結婚できません!婚約を破棄しますっ!!」

 私は今まで出したことの無いような大きな声で婚約破棄を宣言した。

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