夫の裏切りの果てに

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レオポルド視点①

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 僕は将来この国を背負う。
 近くには領土を広げようと企むバッカス帝国もある。そんな土地で、国を守るなんて、僕に出来るのだろうか?

 ずっと自信が無かったーー

 僕より優秀な奴は山ほどいる。
 それでも、この国の王太子として生きていくしかない。僕は他に生き方を知らないから……。

 王宮でメリッサが侍女長に怒られている所に遭遇したとき、放っておけなかった。王宮努めの仕官や侍女たちは基本的に優秀な人物ばかり。そんな中でメリッサは一人浮いていて、駄目な自分と重ね合わせた。

「完璧な王子様じゃなくて良いんです。レオ様は私の前ではありのままでいてください」

「そう……かな。うん、何だかメリッサと一緒に居るとほっとするよ」
 
「執務はレオ様が全部しなくても、部下に任せればいいんです。ね?大丈夫。少し休みましょう」

「でも……」

「皆、レオ様に仕事をさせ過ぎです。倒れちゃいますよ」

「そう……だよな。ホント、毎日忙しいんだ。嫌になるよ」

「レオ様可哀想……。そうだ!一緒にデートに行きましょ?ちょっと遠出でもすれば気分転換になるかも!」

「そんな暇……ないよ。それに、宰相に説教されるよ。……怖いんだ」

「サボっちゃえば良いんです。レオ様がクビになるわけ無いんですから。宰相様の言うことなんか、無視しちゃえば良いんです」

 メリッサは弱い僕を肯定してくれる。だから彼女の前では弱音を吐けた。


 そんなある日、僕の結婚相手は突然決められた。

 相手は会ったことも無い隣国ルーベスの姫。

 強大な軍事強国バッカスに隣接する我が国は同じ規模のルーベス王国との同盟を強固にする必要があった。

 どんな外見だろうと、どんなに気性が荒くても我慢するつもりだった。僕の婚姻は全て国のため。僕だって侵略されるのは嫌だし、国を守る責務もある。

 僕はメリッサとは別れるよう両親から迫られた。

 そんな僕の事情を知っているメリッサは同情し、

「レオ様の事を分かってあげられるのは私だけ。だからこれまで通りレオ様を支えるわ」と言ってきた。

 メリッサはこんな僕でも別れようとはしなかった。







 嫁いできたセイディは美しい。そして真面目な性格で王族としての矜持があった。そんな彼女と一緒に過ごすうちに僕は少しずつ影響されていった。

 同じ王族として育った身。そしてセイディは元々優秀なタイプじゃない。

 何度も側近たちにこの国でのしきたりを確認する様子を目にした。各領地へ視察に行く前は特産品や産業など、指導役を呼び出して学び直す。

 当初はルーベス王国を蔑む貴族たちもいた。それでも彼女は、慣れない嫁ぎ先の国で、自らの側近たちと相談しながら着実に足場を固めていった。

 異国の地、周囲との調和を図りながら努力しているセイディを見て、僕は自分の甘えを自覚した。

 セイディは部下に言われた事をやるだけの僕とは違った。自分で提案し、新しいことを始めるのにも積極的だ。孤児院への寄付も、新しい視察先の提案も。
 もちろん失敗もあった。失敗したら素直に反省し、周囲から原因を聞いて学び次に活かす。それだけでいい。

 セイディは淡々とそれを繰り返した。

 視察の日、仲睦まじい王太子夫婦として振る舞う僕たちは、人々の前で他愛もない会話をする。

 小麦畑を見たフィオレンティナに、セイディが語りかける。

「気候が穏やかで感謝しなければなりませんね。フィオの食べるパンはこの麦畑で出来るのよ。たくさんの人たちが小麦を収穫してくれるから美味しいパンが食べられるの」

「ありがとうございます」

 フィオが農民たちに笑顔で手を振ると、周囲から歓声が上がった。

「子供がお腹いっぱい食べれることは幸せね。この土地の子供たちはみんなほっぺがふっくらしていて健康そう」

「そうだな」

「子供たちが勉強が出来るよう、本を揃えてあげましょう。王都から遠いと、なかなか本が手に入らないらしいわ」

「……そうか」

 視察先でセイディと話すと、自らが恵まれた境遇だと思い知らされた。今までは、ただ退屈な話を聞くだけだったが、セイディの言葉から色んなことに気が付くようになった。

 そうか……。僕たちは幸せなんだ。心ゆくまで美味しい物を食べて勉強するための本も容易に手に入る。 








 表面上は仲の良い僕たちだったが、ルーファスが産まれた後セイディは夜伽を断るようになった。

 彼女も僕と同じように、恋人と別れて嫁いできたのかもしれない。そう思うと寂しくて……彼女の心を手に入れた男性はどんな人物なのだろう。



 今日も僕はメリッサと会わなければいけない。

 秘密で続けていた関係だったが、母上にはあっさりバレた。

「はぁー、あんなに警告したのにまだ関係を続けていたの?」

「……申し訳ありません。メリッサは、日陰の身でいいから僕を支えると言っているので、今更捨てるようなことは可哀想で……」
 
「そう、別れないって言うのね?」

 メリッサに別れを告げたらどうなるのだろうか?
 彼女も僕に執着している気がする。お互いに似た者同士だった出来の悪い僕たち。
 僕が別れるなんて言ったら彼女は絶望するだろう。自暴自棄になって何かしでかすような気がする。
 だから、今のまま……。
 メリッサ自身もそれを望んでいるのだし……。

 返事をしない僕を見て母上は一つため息を吐き、テーブルに小さな壺を置いた。

「これをメリッサさんに飲ませなさい。三日に一度は必ずよ」

「これは?」

「避妊薬。気を付けているだろうけど万が一ってこともあるわ」

「そんなっ!僕にはそんな事出来ま……」
「もし……」

 母上は僕の言葉を遮った。そして、厳しい目で僕を見据える。

「メリッサさんが妊娠しても決して王家は認知しない。そして、彼女に中絶薬を飲んでもらうことになるわ」
「でも……」

 それでも反論しようとした僕に、母上は声を荒げた。

「ちゃんとしなさいっ!貴方の跡継ぎはルーファスよ。今、他国の情勢が不安定な時に国内で後継者争いを起こす訳にはいかない。分かるわね?」
 
「……」

「中絶薬よりも避妊薬の方が女性への身体の負担は少ないの」

 僕はもう何も言う事は出来なくて……、その避妊薬を自室へと持ち帰った。
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