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16 捕まえた!
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夕美は現在進行形で千影の推し活をしているから彼のことに詳しいが、それは注意をしていれば誰でも知ることができる表面上の情報だけだ。
夕美は彼と同じように海を見つめ、静かに話す千影の言葉に耳を傾けた。
千影の両親は、彼が中学生の時に不仲により別居、高校生の時に離婚した。父母はそれぞれ再婚し、そこから千影はひとり暮らしを余儀なくされる。
大学の入学金は父が出してくれたが、学費は奨学金で、生活費はバイトでまかなう。
その頃、お金に窮していた千影は友人と起業。トントン拍子に上手くいったが、卒業間際に友人に金を持ち逃げされて、それきり連絡が取れなくなる。
卒業後は両親とも疎遠に。向こうの家族の邪魔にはなりたくないので連絡も取っていない。兄弟もいないが、父方の田舎に祖父がいる。唯一千影を気にかけてくれた身内であり、今は老人ホームに入居している。
地方の再生事業に興味を持ったのは祖父の影響が大きい。
「卒業後、すべてを失った僕は、ひたすら資金集めのために働いた。短期間にいろいろなビジネスに手を出して、失敗を繰り返したけど、やっとここまで来たんだ。学生時代に裏切られたのは、今の仕事に出会うためだったと思えるようにはなったよ。社員の皆が僕を支えてくれているからね。あいつに感謝しているくらいだ」
話し終えた千影が苦笑する。
「大事なことを私に話してくれて、ありがとう、千影さん。そんなに大変な苦労をされていたなんて想像もできなかった。普段の千影さんはそういうものを、他人に感じさせなかったから」
千影の苦労を思うと、胸が痛んだ。
「私、変なこと言っちゃうかも知れないけど、中学生とか高校生の頃の千影さんのそばに行きたい。一度目の起業で大変だった大学生のときも、一緒にいてあげたい……あっ」
涙ぐむ夕美を、千影がそっと抱きしめる。
「……いてくれたよ」
「え?」
「夕美、ありがとう。僕の話を最後まで聞いてくれて。もしかしたらこれを聞いて、夕美が僕から離れるんじゃないかって、少し怖かったんだ」
彼が何かつぶやいたが、次の言葉にかき消されてしまった。
「そんなこと思わない。ご家族のことも、以前の会社のことも千影さんのせいじゃない。今の千影さんの素晴らしさを、いち社員として私は知ってるから」
「夕美……」
顔を上げて千影を見つめると、彼は切なく微笑み、体を離した。そしてコートの内ポケットを探る。
「気が早いかもしれないけど、僕の気持ちを受け取ってほしいんだ」
ポケットから取り出した赤い小箱を夕美の手に渡し「開けてみて」と小さな声で言った。
まさかと思い、蓋を開けてみると、そこにはーー。
「え……、ええっ!?」
大きなダイヤの指輪がキラキラと輝いている。しかも箱の内側には夕美でもわかるハイブランドの名が記されていた。
「こ、こんなに高価なもの、いただけません……!」
思わず敬語に戻るほど、夕美は大きく動揺した。
「指に嵌めなくていいんだ。君が持っていてくれさえすれば。いらなければ売ってくれていいから」
「そっ、そんなことしない! しないけど……、本当にいいの?」
小箱を手にしながら問いかける?
「いいも何も、君に受け取ってほしいから買ったんだよ」
「そうじゃなくて、千影さんの結婚相手が本当に私でいいのかって。これから私のことをもっと知って、やっぱり違ったなんてことには――」
「ならない、絶対に。僕は君が、夕美がいいんだ」
千影は小箱を持つ夕美の手を両手で包み、真剣な眼差しで言葉を紡ぐ。
「前に言ってくれた君の言葉を借りるなら、僕を幸せにしてくれるのは夕美以外にはいないんだよ」
彼の言葉が夕美の胸を打つ。
見合いの時の「わたしが相手では社長が幸せになれない」という夕美の言葉を、千影は否定してくれた。
「嬉しいです……、なんか、夢みたいで……。この数日間もずっと、本当に私でいいのかなって、悩んでたの」
「夕美……」
「でも、そこまで言ってくれるのなら、私、千影さんの言葉を信じる。それで、私が千影さんを幸せにしたい……!」
推しの幸せが自分の幸せ。
そう思いながらずっと「神原社長」を見つめてきたのだ。彼が望んでくれるのなら、夕美が全力で彼を幸せにするしかない。
「それは僕のセリフだよ。ずっと夕美のそばにいて、幸せにするから」
彼は夕美の手から小箱を掴み、指輪を取り出した。そして夕美の左手薬指に嵌める。
「サイズが合わなかったら変更できるから」
「う、ううん。ぴったり……」
大体のサイズでオーダーしたのだろうに、寸分の違いがないのは驚きだ。
「似合ってるよ」
「……ありがとう。一生大切にするから」
「こちらこそ、受け取ってくれてありがとう……!」
語尾を強めた千影に抱きしめられる。
(幸せすぎて頭の中がおかしくなっちゃいそう。でもなんだか、展開が早すぎない? 完璧すぎて不安になるくらい……)
次から次へとめまぐるしく訪れる幸せに、ついていくのが精一杯だ。
いつの間にか空は淡いオレンジとピンク色に染まり始め、冷たい海風が吹いてくる。
夕美はコート越しにわかる千影の温もりに頬を押しつけ、両手を伸ばして彼を抱きしめ返した。
夕美は彼と同じように海を見つめ、静かに話す千影の言葉に耳を傾けた。
千影の両親は、彼が中学生の時に不仲により別居、高校生の時に離婚した。父母はそれぞれ再婚し、そこから千影はひとり暮らしを余儀なくされる。
大学の入学金は父が出してくれたが、学費は奨学金で、生活費はバイトでまかなう。
その頃、お金に窮していた千影は友人と起業。トントン拍子に上手くいったが、卒業間際に友人に金を持ち逃げされて、それきり連絡が取れなくなる。
卒業後は両親とも疎遠に。向こうの家族の邪魔にはなりたくないので連絡も取っていない。兄弟もいないが、父方の田舎に祖父がいる。唯一千影を気にかけてくれた身内であり、今は老人ホームに入居している。
地方の再生事業に興味を持ったのは祖父の影響が大きい。
「卒業後、すべてを失った僕は、ひたすら資金集めのために働いた。短期間にいろいろなビジネスに手を出して、失敗を繰り返したけど、やっとここまで来たんだ。学生時代に裏切られたのは、今の仕事に出会うためだったと思えるようにはなったよ。社員の皆が僕を支えてくれているからね。あいつに感謝しているくらいだ」
話し終えた千影が苦笑する。
「大事なことを私に話してくれて、ありがとう、千影さん。そんなに大変な苦労をされていたなんて想像もできなかった。普段の千影さんはそういうものを、他人に感じさせなかったから」
千影の苦労を思うと、胸が痛んだ。
「私、変なこと言っちゃうかも知れないけど、中学生とか高校生の頃の千影さんのそばに行きたい。一度目の起業で大変だった大学生のときも、一緒にいてあげたい……あっ」
涙ぐむ夕美を、千影がそっと抱きしめる。
「……いてくれたよ」
「え?」
「夕美、ありがとう。僕の話を最後まで聞いてくれて。もしかしたらこれを聞いて、夕美が僕から離れるんじゃないかって、少し怖かったんだ」
彼が何かつぶやいたが、次の言葉にかき消されてしまった。
「そんなこと思わない。ご家族のことも、以前の会社のことも千影さんのせいじゃない。今の千影さんの素晴らしさを、いち社員として私は知ってるから」
「夕美……」
顔を上げて千影を見つめると、彼は切なく微笑み、体を離した。そしてコートの内ポケットを探る。
「気が早いかもしれないけど、僕の気持ちを受け取ってほしいんだ」
ポケットから取り出した赤い小箱を夕美の手に渡し「開けてみて」と小さな声で言った。
まさかと思い、蓋を開けてみると、そこにはーー。
「え……、ええっ!?」
大きなダイヤの指輪がキラキラと輝いている。しかも箱の内側には夕美でもわかるハイブランドの名が記されていた。
「こ、こんなに高価なもの、いただけません……!」
思わず敬語に戻るほど、夕美は大きく動揺した。
「指に嵌めなくていいんだ。君が持っていてくれさえすれば。いらなければ売ってくれていいから」
「そっ、そんなことしない! しないけど……、本当にいいの?」
小箱を手にしながら問いかける?
「いいも何も、君に受け取ってほしいから買ったんだよ」
「そうじゃなくて、千影さんの結婚相手が本当に私でいいのかって。これから私のことをもっと知って、やっぱり違ったなんてことには――」
「ならない、絶対に。僕は君が、夕美がいいんだ」
千影は小箱を持つ夕美の手を両手で包み、真剣な眼差しで言葉を紡ぐ。
「前に言ってくれた君の言葉を借りるなら、僕を幸せにしてくれるのは夕美以外にはいないんだよ」
彼の言葉が夕美の胸を打つ。
見合いの時の「わたしが相手では社長が幸せになれない」という夕美の言葉を、千影は否定してくれた。
「嬉しいです……、なんか、夢みたいで……。この数日間もずっと、本当に私でいいのかなって、悩んでたの」
「夕美……」
「でも、そこまで言ってくれるのなら、私、千影さんの言葉を信じる。それで、私が千影さんを幸せにしたい……!」
推しの幸せが自分の幸せ。
そう思いながらずっと「神原社長」を見つめてきたのだ。彼が望んでくれるのなら、夕美が全力で彼を幸せにするしかない。
「それは僕のセリフだよ。ずっと夕美のそばにいて、幸せにするから」
彼は夕美の手から小箱を掴み、指輪を取り出した。そして夕美の左手薬指に嵌める。
「サイズが合わなかったら変更できるから」
「う、ううん。ぴったり……」
大体のサイズでオーダーしたのだろうに、寸分の違いがないのは驚きだ。
「似合ってるよ」
「……ありがとう。一生大切にするから」
「こちらこそ、受け取ってくれてありがとう……!」
語尾を強めた千影に抱きしめられる。
(幸せすぎて頭の中がおかしくなっちゃいそう。でもなんだか、展開が早すぎない? 完璧すぎて不安になるくらい……)
次から次へとめまぐるしく訪れる幸せに、ついていくのが精一杯だ。
いつの間にか空は淡いオレンジとピンク色に染まり始め、冷たい海風が吹いてくる。
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