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33 結婚のご挨拶
しおりを挟む夕食の時間だと母に呼ばれ、居間に集まる。
食卓の上には地鶏と地元の野菜やきのこをふんだんに取り入れた鍋、父が作ったスモークサーモンと近所で作られているチーズ、野沢菜がたっぷり入ったおやき、数種類の漬物などが並んでいる。料理の締めは父が打った蕎麦が出てくるらしい。
「うわぁ、豪華~!」
「すごいご馳走だ!」
夕美と一緒に千影も歓声を上げる。
この居間は奥寺家のプライベートスペースだ。両親の部屋はさらに奥で、夕美の部屋はその二階にある。
廊下のドアの向こう側がロッジとつながっており、客に何かあればすぐに対応できるようになっている。
客としてロッジしか知らなかった千影は、奥寺家のスペースを知って感動していた。無邪気に喜んでいる千影を見て、可愛いと思ってしまったのは内緒だが。
「うふふ、お母さん、頑張っちゃった。ふたりが買ってきてくれたスイーツは食後に出すわね。さぁ、食べましょ」
父の隣に母が座った。夕美もふたりの正面に座った、その時。
「その前に、ご挨拶させてください」
凛とした千影の声が静かに響いた。
千影は畳に正座をし、父母のほうへ頭を下げる。
「夕美さんと結婚させてください」
その言葉を聞いた瞬間、夕美の胸がきゅっと甘く痛む。
「僕は一生をかけて夕美さんを大切にしたいと思っています。そしておふたりのことも、夕美さんと一緒に幸せにしたいと思っています」
「……神原さん、ありがとう。頭を上げてください。……夕美はどうなんだ?」
父がふたりに声を掛ける。
夕美は立ち上がり、千影の隣に正座をした。そして父の目をしっかりと見つめる。
「私も千影さんと結婚したいです。彼と一緒に幸せになりたい」
「いいんじゃないか。父さんも母さんも、神原さんなら安心してお前をお願いできると思って、見合いを勧めたくらいなんだ。夕美の気持ちが決まっているなら、それでいい」
優しく微笑んだ父は、夕美と千影の顔を交互に見つめたあと、その場で頭を下げた。
「神原さん、いや、千影くん。どうぞ娘を、よろしくお願いいたします」
「私からも、よろしくお願いします」
母も丁寧に頭を下げる。
「ありがとうございます……。本当に、ありがとうございます!」
「お父さん、お母さん、ありがとう」
千影の声が涙ぐんでいるように聞こえ、夕美も涙が浮かんでしまう。父や母も同じようで、みんなで泣き笑いの顔を見合わせた。
その後は、食卓に並んだごちそうを食べ、父と千影は晩酌を交わして仕事の話で盛り上がり、夕美と母は結婚生活についての話に花を咲かせた。
食事を終えて片付けをしていると、母が声を掛けてくる。
「夕美、先にお風呂入っちゃいなさい。お父さん酔っ払っちゃって、神原さんと話し込んじゃってるから。お父さん、こうなるとしつこいのよねぇ」
やれやれと呆れ顔で言うものの、母の声は嬉しそうだった。家族が増えたことを父も母も喜んでくれて、夕美も心から嬉しく思う。
「じゃあ、お先に入らせてもらうね」
「終わったら千影さんに声かけてあげてね」
「は~い」
夕美は着替えを持って風呂場に移動する。脱衣所はヒーターがついていて温かい。
いよいよ千影との結婚が迫ったことを実感しながら、一枚ずつ服を脱いだ。不安がないといえば嘘になる。でも彼と一緒なら、何があっても乗り越えていけるだろうと信じている。
服を脱ぎ終わったとき、ふと、先ほど思い出した七年前の出来事が脳裏に浮かんだ。
(そうだ……。宿泊者名簿がロッジの受付にあったはず。十年くらい遡れるから、その男性の記録も残ってるよね)
とはいえ、隣人の名前も、その男性の名前もわからない。
だが、名簿を見ているうちに、別の記憶がよみがえってくるかもしれない。隣人と同一人物ではないという手がかりが見つけられるかもしれない。
そうであってほしいと願う夕美は、風呂のあとでロッジの受付へ行ってみることにした。
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