最推しと結婚できました!

葉嶋ナノハ

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53 千影視点 僕の女神へ(4)

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 ロッジへ戻らざるを得なくなった千影は、彼女のあとをついていった。
 到着したばかりの数人の客に彼女が大きな声を掛けたため、千影が不審な行動を起こした場合、彼らに伝わってしまうだろう。

 だいぶ暗くなった森の中を、しゃきしゃきと歩いて行く彼女の後ろ姿に目をやった。
 セミロングの髪を後ろでひとつに縛り、動きやすそうなTシャツとパンツを履いている。
 高校生か大学生か……。夏休みのアルバイトで来ているのだろうか? 今は七月の終わり。ということは、アルバイトが始まって間もないだろうに、彼女が千影に声を掛けた感じは、長年働いていたような錯覚を覚えたくらい、自然なものだった。

「あの!」

 突然立ち止まった彼女が、くるりと振り向いた。

「はっ、はい……?」

 彼女の勢いに驚いた千影も立ち止まり、一歩後ずさる。

「夕飯、食べますよね? オーナーが作る料理、とっても美味しいので食べないと後悔すると思うんですが……」

「……食べます」

 千影はうなずきながら、小さな声で答えた。

「良かった! ちなみにですけど、私、さっき予約の方のリストを確認していたんですが、夕飯をいらないという人はゼロでした」

「そうでしたか……、すみません」

 手元にスマホがないので確認出来ないが、夕飯込みで予約を入れていたのか……。それならば、今さら食事を拒否するのは迷惑でしかないだろう。

「私が配膳係なので、あなたがいないとすぐにバレますから」

「……なるほど、わかりました」

「じゃあ、行きましょ!」

 満面の笑みを見せた彼女は、千影の後ろに回り込んだ。そしてすぐ後ろを歩きながら、ロッジに向かわせたのである。


 ロッジの玄関に入ると、なんともいえない木の良い香りに混じって、食事の匂いも届く。
 彼女は千影が玄関に上がってスリッパを履く姿を見て安心し、「六時に夕食ですから」と言って厨房へ行ってしまった。

 千影は、横にあった全身鏡に目を向ける。髪はボサボサで、その伸びた前髪とメガネのせいで表情がわからない男が立っていた。ワイシャツにネクタイを締め、スーツのスラックスを穿き、山用のジャケットを羽織っている。玄関の三和土には脱いだばかりの革靴があった。

「なんだよ、この格好……」

 この場所にそぐわない自分の間抜けな格好を見て、思わず苦笑した。その瞬間、数ヶ月ぶりに笑った自分に気づく。

 ズボンのポケットを探ると部屋のキーが入っていた。206と書いてある。荷物を置きに入ったのだろうに、やはり記憶がない。
 のろのろと階段を上がっていき、206号室のドアノブにキーを入れた。回して入ると、電気はつけっぱなしで、床にリュックが置いてある。千影の物だ。

 ふと、先ほどの彼女の顔が脳裏に浮かび、とんでもない迷惑をかけてしまうところだったと、我に返る。

 窓の外は夜の闇に包まれていた。エアコンも付けず、窓は閉め切ったままだというのに、寒いくらいの気温だ。

 千影はベッドに腰掛け、息を吸い込み、ゆっくり吐き出した。仰向けに倒れて大の字になる。床も天井も木製の設えで、壁は真っ白だ。天井の電灯は小さな間接照明がいくつかあり、あとはベッドの壁に照明器具が付けられているだけの清潔でシンプルな部屋だった。

 腕時計を見ると、もうすぐ六時になろうとしている。夕食の時間だ。ここで行かないと、彼女に部屋まで呼びに来られそうだ。

 重い腰を上げ、部屋を出た。階下のダイニングルームに入ると、千影に気づいた彼女が「こちらにどうぞ~」と座席を促す。千影はおどおどしながらテーブルに着いた。彼女の他にもうひとりアルバイトと思われる女性がいる。

 夏休みに入って間もなくのせいか席は埋まっておらず、千影のそばのテーブルも空いている。その状況にホッとしながら、並べられた料理に目を落とした。

 山菜の煮付け、こんにゃくの田楽、サラダ、天ぷら、一人用の鍋の横に豪華な肉が盛られている。漬物と白米も添えられていた。山の中とは思えないご馳走だ。

「いただきます」

 手を合わせた千影は、箸で山菜をつまみ、口に運んだ。出汁と山菜の香りが口に広がる。

「……美味い」

 思わず口に出した時だった。

「ね、美味しいでしょ?」 

「っ!?」

 すぐそばに立った人に声を掛けられて、むせそうになる。顔を上げると、先ほどの彼女がこちらを見下ろしていた。

「その山菜、オーナーが採ってきたんです。ちょっと苦みがあって美味しいですよね」

「……あ、ええ、美味しいです」

「たくさん食べてくださいね。お味噌汁もどうぞ。あと、こちら失礼します」

 彼女は湯気が立った椀を千影の前に置き、一人用の鍋のアルコールランプに火を付けた。

「煮立ってきたらお肉を入れて召し上がってくださいね。では、ごゆっくり」

 ニコッと笑ってその場を去った彼女は、別の席にも同じように声をかけている。
 千影は味噌汁の椀を口に持っていき、ひとくち飲んだ。冷えた体だけではなく、心までも温めてくれる気がした。

 その後は何も考えずに、ひたすら食事を続け、気づけばすべて平らげていたのである。

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