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60 千影視点 愛する君へ
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六月下旬の日曜日。
少々蒸し暑さはあるものの、梅雨の合間の青空が美しい吉日となった。
千影と夕美はすでに籍を入れており、夫婦となっている。今日はそんなふたりをお披露目する大切な日だ。
「あぁ、緊張する……」
結婚式場の駐車場で車から降りるなり、夕美が眉を下げながら言った。
「大丈夫だよ。僕も緊張してるから」
「ぜーったい、嘘。余裕ですって、いつもの顔してるもの」
上目遣いで、ちょっと怒った顔もまた可愛い。
「嘘じゃないって。さすがに人生初めてのことなんだから、緊張はしてるよ。みんなの前で夕美に恥をかかせるわけにはいかないからね」
「そっ、そんなこと言われたら、余計に緊張しちゃうよ。それこそ、私のほうが千影さんに恥をかかせるわけにはいかないんだから……! 社長さんたちとか来るんでしょう?」
「いや、会社関係とかそういうのはどうでもいいんだよ。そうじゃなくて、今日の主人公は君なんだから僕がしっかりしなくちゃってこと」
千影は夕美の手を取り、笑いかけた。
「結婚式の主役は花嫁だ。花婿は花嫁を引き立てる役に過ぎない。だから僕は徹底して影に回るつもりだよ。夕美を心配させるようなみっともない真似は絶対にしない。夕美が安心して今日一日を過ごせるようにね」
「千影さん……」
夕美は目を潤ませ、「うん」とうなずいた。
そんな彼女の前に左腕を差し出し、顔を覗き込みながら、うやうやしく告げる。
「では、行きましょうか、花嫁」
「千影さんってば……。ありがとう、安心して千影さんに任せるね」
視線を合わせた夕美は、クスッと笑いながら手を伸ばして、千影の腕に掴まった。
「そうだよ。何もかも僕に任せて」
自分に心を預けてくれる夕美が、たまらなく愛しい。
結婚式場は都内にあるレストランだ。敷地内に挙式ができるチャペルが併設されており、豊かな緑の中にあって雰囲気がいい。料理もかなり美味しく、夕美がとても気に入って決めた場所だ。もちろん千影も気に入ったが、夕美が喜ぶのならどこでも良かった。
披露宴に招待したのはnano-haカンパニーの社員たち。強制ではないのだが、ほぼ全員が来てくれることとなった。そして千影と付き合いのある会社の社長たちが数名。千影の知り合いはこれで全部である。
施設に入っている祖父は呼べない。千影の父から吹き込まれて、千影を敵だと思っているくらいに認知症が進んでしまった。もちろん父母も呼ばない。結婚の報告はするかもしれないが、それはいつになるかわからないし、一生しないかもしれない。
夕美の招待客は、両親と学生時代の友人が数人。彼女の祖父母は、父方も母方も亡くなっている。しかも夕美の両親はふたりとも兄弟はおらず、親戚も少ない。だからと言ってその少ない親戚を呼ばないのは不自然に思えるが、千影に気を遣ってくれたのだろう。
なのに夕美は不満など一切見せず、ただ笑って、結婚式をとても楽しみにしていると言ってくれた。
そんな優しい彼女のために、今日は最高の一日にしてあげるのだと、千影は決めていたのだ。
レストラン内に入ると、何度か打ち合わせをしていたウェディングプランナーの女性が待っていた。彼女に案内され、介添人とともに支度室へ向かう。
「それでは、ご新婦様はこちらへどうぞ」
介添人が美しい木製の扉を開ける。
はい、と返事をした夕美はこちらを振り返った。
「じゃあ後でね、千影さん」
「ああ。楽しみに待ってるよ」
「私も」
笑みを交わし合うと、彼女は扉の向こうへ入っていった。
別の部屋で支度を終えた千影は、親族の待合室に案内される。
そこには数ヶ月ぶりに会う夕美の両親がいた。義母はフォーマルなミセスドレスを着て、義父はモーニング姿だ。
千影に気づいたふたりは、満面の笑みを向けながら、こちらへ近づいてきた。
「ご無沙汰しております、お義父さん、お義母さん」
「おめでとう、神原さん! ……じゃなくて、千影さんって呼んでもいいわよね?」
夕美の母は言いながら、目を潤ませた。
「ええ、ぜひそう呼んでください」
「私もそうさせてもらうよ、千影くん」
「はい」
夕美の父とも笑みを交わし合う。
彼らには感謝しなければならない。
最愛の夕美をこの世につくり出してくれたのだから。
「千影くん、本当にありがとう。夕美のことだけではなく、私たちの地域のことまで考えてくれて。いろいろと助かっているよ」
「いえ、とんでもないです。いつもお世話になっているロッジの宿泊客として、恩返しができればと思っただけですから」
千影が携わることになった地方創生事業のうちのひとつ、夕美の実家があるロッジ周辺の集客についての計画がようやく始まった。彼らには夕美と出会わせてくれた恩がある。その大切なロッジを存続させる手伝いができればいいと思って始めた事業だ。
「こんなふうにしていただいて……。私はあの子の親だから、夕美を本当に可愛いし、世界一の娘だと思っています。でも……、千影さんは本当に夕美で良かったの?」
「それはどういう意味でしょうか?」
「あなたくらいの人なら、きっといいところから縁談がたくさんあったでしょうに。ロッジを気に入って、私たちと仲良くなって、何かしら恩を感じて、……だから無理に結婚を決めたんじゃないかって、今さらなんだけど……」
義母が申し訳なさそうに顔を伏せる。隣にいる義父も心配げな顔でこちらを見ていた。
「何をおっしゃるんですか、僕は世界一の幸せ者ですよ。だって僕は……」
思わず声を荒げそうになり、いったん言葉を止める。
千影には夕美しかいない。夕美以外の女性など目に入らない。
その気持ちを込めて、千影はふたりに笑顔で言った。
「最推しと結婚できましたから……!」
千影の言葉を聞いたふたりは、ぽかんとした表情を見せたが、次の瞬間「ああ!」と同時に手を叩いた。
「最推しって……、夕美がよく言っていたアイドルとかアニメの『推し』という言葉かな?」
「まさか、まだ夕美ってば千影さんの前でも『推し』がどうのなんて言ってるの? まったくもう、千影さんにまで影響を与えてるなんて、いい加減やめさせなくちゃ!」
夕美は学生時代、アイドルやアニメのキャラを推しまくっていたことは本人から聞いていたが、両親は良い顔をしていなかったようだ。
「いえ、今は僕のことが推しだそうなので、止めさせないでください――」
「失礼します」
部屋に入ってきた介添え人の声で、三人の会話が止まった。
「ご新婦様のお支度が調いましたので、ご新郎様はこちらへどうぞ。ご家族の方はここでお待ちください。お写真の撮影が終わり次第、おふたりともこちらへ戻りますので」
介添え人の言葉を聞き終えた千影は両親に頭を下げ、挨拶をする。
「では、行ってまいります。のちほど、またお願いします」
「楽しみに待ってるわね」
「また後で」
笑顔の両親に見送られて部屋を出た。
先ほどの支度室の前に行き、介添え人がドアを叩いた。
「失礼します。ご新郎様をお連れしました」
「はい」
介添人が開けた扉から中へ入る。ふわりと甘い香りがし、目の前には大きな鏡台の前に座る後ろ姿の花嫁がいた。
「十分ほどお時間がありますので、しばらくこちらでゆっくりなさっていてください。のちほどカメラマンとまいりますね」
ふたりに笑いかけた介添え人の女性は、支度室から出ていった。
「千影さん……!」
振り向いた花嫁が千影を見上げる。
彼女は真っ白いドレスを着て、長いベールを着けていた。窓から入る光が、夕美を優しく照らしている。
「……」
「千影さん素敵……! やっぱりそのタキシードすごく似合うね……! 私もカメラ持ってくれば良かった~! あ、でもスマホも預けなきゃいけないくらいだからカメラなんて無理ね。とにかく、カメラマンさんに千影さんのことをたくさん撮ってもらわなくちゃ……!」
あまりの美しさに、千影は言葉を失っていた。
「千影さん? どうしたの? 具合でも悪い? 大丈夫?」
「いや……」
――いつか君に、教えたいことがたくさんある。
ああ、何から話せばいいのだろう。
あのアパートで過ごした夜。僕は君のナカに出せたあまりの感激から涙していたが、君は僕が悲しみと不安に駆られたのだと思ってくれた。僕に愛を示すために健気な行動に出てくれた。君に攻められながら、どんなにか僕が悦んでいたか、伝えるすべもなく……果ててしまったこと。
いつも君を見ていたこと。そして見ていること。
君に近づいてくる男は、すべてなぎ払っていたこと。
初めて旅行に行った夜、寝ている君の体を使って自慰をしたこと。僕の飛沫を受け止めた体を動画に収め、それを後から眺めてひとりで数え切れないほど耽っていたこと。
君のバッグや洋服の隠れた場所に、いくつも盗聴器を仕掛けておいたこと。
君が寝ている間に、指や手のひら、足や爪、二の腕、肩幅……体の全てのサイズを計測して記録していること。
僕が抱いた後に、深い眠りに落ちた君。僕と愛し合った君の愛液をハンカチで拭き取り、お守りにして持ち歩いていること。
いつだって、いつだって君のことばかり考えて、それが僕の生きる糧になっているということを、いつか君に知って欲しい。
人は拒否をされると、とてつもなく悲しくなる。
でも君は、まだ僕のすべてを知らないけれど、でも、こんな僕を受け入れてくれた。そしていつか僕の話をしてもきっと君は受け入れてくれる。だから僕は――。
心配そうにこちらを見つめている夕美に近づき、彼女の頬にそっと触れる。
「この世界に存在するどんな人よりも、物よりも、自然よりも、綺麗だよ、夕美」
この美しい宝物を、一生かけて守りたいと千影は思う。
「千影さん、褒めすぎ……」
夕美は恥ずかしそうに頬を染め、うつむいた。
「足りないくらいだよ。夕美を賞賛する言葉をもっと伝えたいのに、胸がいっぱいで出てこないんだ……」
言葉に詰まる千影の声を聞いて、夕美が顔を上げる。そして強い視線をこちらに向けた。
「千影さん、幸せになろうね」
「……ああ、幸せになろう。ずっと夕美のそばにいて、命を賭けてこの幸せを守っていくから」
夕美のためなら、自分の命などどうでもいいことだ。
彼女のそばにいて、彼女の支えとなり、すり切れるまで使い倒されようが、彼女のためならかまわない。
「夕美」
「きゃっ」
千影は夕美を抱き上げ、お姫様抱っこをした。一瞬驚いた夕美は、嬉しそうに千影の首に手を回す。
「愛してるよ、夕美」
「私も愛してる」
どちらからともなく唇を寄せ合い、優しいキスをする。
ふたりだけの誓いを、まばゆい光りの中で。
少々蒸し暑さはあるものの、梅雨の合間の青空が美しい吉日となった。
千影と夕美はすでに籍を入れており、夫婦となっている。今日はそんなふたりをお披露目する大切な日だ。
「あぁ、緊張する……」
結婚式場の駐車場で車から降りるなり、夕美が眉を下げながら言った。
「大丈夫だよ。僕も緊張してるから」
「ぜーったい、嘘。余裕ですって、いつもの顔してるもの」
上目遣いで、ちょっと怒った顔もまた可愛い。
「嘘じゃないって。さすがに人生初めてのことなんだから、緊張はしてるよ。みんなの前で夕美に恥をかかせるわけにはいかないからね」
「そっ、そんなこと言われたら、余計に緊張しちゃうよ。それこそ、私のほうが千影さんに恥をかかせるわけにはいかないんだから……! 社長さんたちとか来るんでしょう?」
「いや、会社関係とかそういうのはどうでもいいんだよ。そうじゃなくて、今日の主人公は君なんだから僕がしっかりしなくちゃってこと」
千影は夕美の手を取り、笑いかけた。
「結婚式の主役は花嫁だ。花婿は花嫁を引き立てる役に過ぎない。だから僕は徹底して影に回るつもりだよ。夕美を心配させるようなみっともない真似は絶対にしない。夕美が安心して今日一日を過ごせるようにね」
「千影さん……」
夕美は目を潤ませ、「うん」とうなずいた。
そんな彼女の前に左腕を差し出し、顔を覗き込みながら、うやうやしく告げる。
「では、行きましょうか、花嫁」
「千影さんってば……。ありがとう、安心して千影さんに任せるね」
視線を合わせた夕美は、クスッと笑いながら手を伸ばして、千影の腕に掴まった。
「そうだよ。何もかも僕に任せて」
自分に心を預けてくれる夕美が、たまらなく愛しい。
結婚式場は都内にあるレストランだ。敷地内に挙式ができるチャペルが併設されており、豊かな緑の中にあって雰囲気がいい。料理もかなり美味しく、夕美がとても気に入って決めた場所だ。もちろん千影も気に入ったが、夕美が喜ぶのならどこでも良かった。
披露宴に招待したのはnano-haカンパニーの社員たち。強制ではないのだが、ほぼ全員が来てくれることとなった。そして千影と付き合いのある会社の社長たちが数名。千影の知り合いはこれで全部である。
施設に入っている祖父は呼べない。千影の父から吹き込まれて、千影を敵だと思っているくらいに認知症が進んでしまった。もちろん父母も呼ばない。結婚の報告はするかもしれないが、それはいつになるかわからないし、一生しないかもしれない。
夕美の招待客は、両親と学生時代の友人が数人。彼女の祖父母は、父方も母方も亡くなっている。しかも夕美の両親はふたりとも兄弟はおらず、親戚も少ない。だからと言ってその少ない親戚を呼ばないのは不自然に思えるが、千影に気を遣ってくれたのだろう。
なのに夕美は不満など一切見せず、ただ笑って、結婚式をとても楽しみにしていると言ってくれた。
そんな優しい彼女のために、今日は最高の一日にしてあげるのだと、千影は決めていたのだ。
レストラン内に入ると、何度か打ち合わせをしていたウェディングプランナーの女性が待っていた。彼女に案内され、介添人とともに支度室へ向かう。
「それでは、ご新婦様はこちらへどうぞ」
介添人が美しい木製の扉を開ける。
はい、と返事をした夕美はこちらを振り返った。
「じゃあ後でね、千影さん」
「ああ。楽しみに待ってるよ」
「私も」
笑みを交わし合うと、彼女は扉の向こうへ入っていった。
別の部屋で支度を終えた千影は、親族の待合室に案内される。
そこには数ヶ月ぶりに会う夕美の両親がいた。義母はフォーマルなミセスドレスを着て、義父はモーニング姿だ。
千影に気づいたふたりは、満面の笑みを向けながら、こちらへ近づいてきた。
「ご無沙汰しております、お義父さん、お義母さん」
「おめでとう、神原さん! ……じゃなくて、千影さんって呼んでもいいわよね?」
夕美の母は言いながら、目を潤ませた。
「ええ、ぜひそう呼んでください」
「私もそうさせてもらうよ、千影くん」
「はい」
夕美の父とも笑みを交わし合う。
彼らには感謝しなければならない。
最愛の夕美をこの世につくり出してくれたのだから。
「千影くん、本当にありがとう。夕美のことだけではなく、私たちの地域のことまで考えてくれて。いろいろと助かっているよ」
「いえ、とんでもないです。いつもお世話になっているロッジの宿泊客として、恩返しができればと思っただけですから」
千影が携わることになった地方創生事業のうちのひとつ、夕美の実家があるロッジ周辺の集客についての計画がようやく始まった。彼らには夕美と出会わせてくれた恩がある。その大切なロッジを存続させる手伝いができればいいと思って始めた事業だ。
「こんなふうにしていただいて……。私はあの子の親だから、夕美を本当に可愛いし、世界一の娘だと思っています。でも……、千影さんは本当に夕美で良かったの?」
「それはどういう意味でしょうか?」
「あなたくらいの人なら、きっといいところから縁談がたくさんあったでしょうに。ロッジを気に入って、私たちと仲良くなって、何かしら恩を感じて、……だから無理に結婚を決めたんじゃないかって、今さらなんだけど……」
義母が申し訳なさそうに顔を伏せる。隣にいる義父も心配げな顔でこちらを見ていた。
「何をおっしゃるんですか、僕は世界一の幸せ者ですよ。だって僕は……」
思わず声を荒げそうになり、いったん言葉を止める。
千影には夕美しかいない。夕美以外の女性など目に入らない。
その気持ちを込めて、千影はふたりに笑顔で言った。
「最推しと結婚できましたから……!」
千影の言葉を聞いたふたりは、ぽかんとした表情を見せたが、次の瞬間「ああ!」と同時に手を叩いた。
「最推しって……、夕美がよく言っていたアイドルとかアニメの『推し』という言葉かな?」
「まさか、まだ夕美ってば千影さんの前でも『推し』がどうのなんて言ってるの? まったくもう、千影さんにまで影響を与えてるなんて、いい加減やめさせなくちゃ!」
夕美は学生時代、アイドルやアニメのキャラを推しまくっていたことは本人から聞いていたが、両親は良い顔をしていなかったようだ。
「いえ、今は僕のことが推しだそうなので、止めさせないでください――」
「失礼します」
部屋に入ってきた介添え人の声で、三人の会話が止まった。
「ご新婦様のお支度が調いましたので、ご新郎様はこちらへどうぞ。ご家族の方はここでお待ちください。お写真の撮影が終わり次第、おふたりともこちらへ戻りますので」
介添え人の言葉を聞き終えた千影は両親に頭を下げ、挨拶をする。
「では、行ってまいります。のちほど、またお願いします」
「楽しみに待ってるわね」
「また後で」
笑顔の両親に見送られて部屋を出た。
先ほどの支度室の前に行き、介添え人がドアを叩いた。
「失礼します。ご新郎様をお連れしました」
「はい」
介添人が開けた扉から中へ入る。ふわりと甘い香りがし、目の前には大きな鏡台の前に座る後ろ姿の花嫁がいた。
「十分ほどお時間がありますので、しばらくこちらでゆっくりなさっていてください。のちほどカメラマンとまいりますね」
ふたりに笑いかけた介添え人の女性は、支度室から出ていった。
「千影さん……!」
振り向いた花嫁が千影を見上げる。
彼女は真っ白いドレスを着て、長いベールを着けていた。窓から入る光が、夕美を優しく照らしている。
「……」
「千影さん素敵……! やっぱりそのタキシードすごく似合うね……! 私もカメラ持ってくれば良かった~! あ、でもスマホも預けなきゃいけないくらいだからカメラなんて無理ね。とにかく、カメラマンさんに千影さんのことをたくさん撮ってもらわなくちゃ……!」
あまりの美しさに、千影は言葉を失っていた。
「千影さん? どうしたの? 具合でも悪い? 大丈夫?」
「いや……」
――いつか君に、教えたいことがたくさんある。
ああ、何から話せばいいのだろう。
あのアパートで過ごした夜。僕は君のナカに出せたあまりの感激から涙していたが、君は僕が悲しみと不安に駆られたのだと思ってくれた。僕に愛を示すために健気な行動に出てくれた。君に攻められながら、どんなにか僕が悦んでいたか、伝えるすべもなく……果ててしまったこと。
いつも君を見ていたこと。そして見ていること。
君に近づいてくる男は、すべてなぎ払っていたこと。
初めて旅行に行った夜、寝ている君の体を使って自慰をしたこと。僕の飛沫を受け止めた体を動画に収め、それを後から眺めてひとりで数え切れないほど耽っていたこと。
君のバッグや洋服の隠れた場所に、いくつも盗聴器を仕掛けておいたこと。
君が寝ている間に、指や手のひら、足や爪、二の腕、肩幅……体の全てのサイズを計測して記録していること。
僕が抱いた後に、深い眠りに落ちた君。僕と愛し合った君の愛液をハンカチで拭き取り、お守りにして持ち歩いていること。
いつだって、いつだって君のことばかり考えて、それが僕の生きる糧になっているということを、いつか君に知って欲しい。
人は拒否をされると、とてつもなく悲しくなる。
でも君は、まだ僕のすべてを知らないけれど、でも、こんな僕を受け入れてくれた。そしていつか僕の話をしてもきっと君は受け入れてくれる。だから僕は――。
心配そうにこちらを見つめている夕美に近づき、彼女の頬にそっと触れる。
「この世界に存在するどんな人よりも、物よりも、自然よりも、綺麗だよ、夕美」
この美しい宝物を、一生かけて守りたいと千影は思う。
「千影さん、褒めすぎ……」
夕美は恥ずかしそうに頬を染め、うつむいた。
「足りないくらいだよ。夕美を賞賛する言葉をもっと伝えたいのに、胸がいっぱいで出てこないんだ……」
言葉に詰まる千影の声を聞いて、夕美が顔を上げる。そして強い視線をこちらに向けた。
「千影さん、幸せになろうね」
「……ああ、幸せになろう。ずっと夕美のそばにいて、命を賭けてこの幸せを守っていくから」
夕美のためなら、自分の命などどうでもいいことだ。
彼女のそばにいて、彼女の支えとなり、すり切れるまで使い倒されようが、彼女のためならかまわない。
「夕美」
「きゃっ」
千影は夕美を抱き上げ、お姫様抱っこをした。一瞬驚いた夕美は、嬉しそうに千影の首に手を回す。
「愛してるよ、夕美」
「私も愛してる」
どちらからともなく唇を寄せ合い、優しいキスをする。
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