青年は勇者となり、世界を救う

銀鮭

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第一章

第一話 異世界

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 森の中、あまり手入れのされていない道を少女が走っていた。

 肩口まである金色の髪をなびかせながら走る少女は、濃い紺色のワンピースのような服に腰にはベルトの代わりなのか紐のようなものを巻いている。

 そんな走りづらそうな格好とは裏腹に少女は抜群の速さで道を駆けていく。ただ、ときおり後ろを確認するような仕草を見せ、何かを気にしているようでもあった。

 少女は再び振り返ると今度は立ち止まる。そしてたくさんの息を吸うと、遠くへ届くようにと精一杯大きく口を開いた。


「エクレール様ー! 早く来てくださーい! 置いていっちゃいますよー」


 エクレールと呼ばれた女性は、少女と同じような服装で少し離れた位置を歩いていた。その顔は呆れているような表情をしている。

 ため息をつくと足を止め、何かを呟く。すると次の瞬間、全身から黄色い閃光がほとばしり、帯電するかのように雷を纏いはじめた。

 それを見た少女は慌てた様子で前へと向きなおし、逃げるように駆けていく。

 瞬間、エクレールがいた場所からは大きな風船が破裂するような音が聞こえた。しかし、エクレールの姿はそこには見えない。その姿は一瞬で少女の隣へと移っていた。


「そんなに急いでどうする? しかも、迎えに行くのはあたしの仕事でアリシアには関係ないはずだろ」


 声をかけたエクレールはすでに雷を纏っていなかった。
 エクレールの言葉に少女、アリシアはゆっくり足を止めると頬を膨らませ、無言で見つめる。しかし、エクレールが何も言わずにいると、諦めたように大きく息を吐いて口を開く。


「関係ありますよ! 私、エクレール様の弟子なんですから! ちゃんとその仕事ぶりを目に焼き付けないといけません! ……暇なので」

「最後、聞こえてるぞ。ついでに弟子でもない。そもそも何しに行くのかわかってるのか? 枢機卿がわざわざあたしを指名して頼んできたんだ、危ないことかもしれないだろ?」


 エクレールが問いかけながら歩きだす。アリシアも続いて歩くと、ほんの少し呆れたような表情を見せる。


「もう、様とか猊下とか敬称はつけましょうよ。それに危ないっていうならさっきの雷がバチバチしてるやつ、あれこそ危ないじゃないですか」

「様はともかく猊下って……随分古い言葉を知ってるな。もう誰も使ってないだろ。それにさっきのはあたらないようにしたから大丈夫だ。で、わかってるのか?」

「わかってますよ! 神殿に勇者様を迎えに行くんですよね?」


 アリシアの言葉を聞くとエクレールは笑みを浮かべる。


「その情報、教会では教皇と枢機卿、あとはあたしを含めた一部の司教たちしか知らないはずなんだが、助祭のアリシアはどうやって知ったんだろな?」

「あ……」

「やっぱりアリシアだったか。盗み聞きするならバレないようにしろよ。ちなみにあたしが迎えに行く理由は、顔合わせってことらしい」


 アリシアは驚いたようすで動きが止まっていた。そうしている間にエクレールは先に進んで行く。しばらくするとアリシアは辺りを見回し、離れてしまったエクレールのほうへ小走りで追いかけていくのであった。



◆◆◆◆◆◆◆



 真っ白な石で作られた神殿。その中の一室には魔法陣が描かれている部屋が存在した。広さはあまりなく、窓も無いようだが鈍く光る魔法陣のおかげか不思議と暗くない。
 部屋の中央には意識がないようすの青年が倒れている。その姿はどこかで転んだのか擦り傷が目立っていた。

 青年の隣には半透明の女性が見える。女性は青年に手をかざして何かを呟くと、手からは不思議な色の光が放たれていく。光は青年の体を包むように大きく広がると、瞬く間に傷を治していった。

 怪我が治った影響なのか、青年は身じろぎをするとゆっくりと瞼を開いていく。


――なんだか暖かい……ここはどこだろう? 何をして……あ!

 思い出した。カルミナの手を握り、目の前が真っ白になって気を失ったんだ。もしかしてカルミナの世界に移動したのか?。
 一日に二回も気を失うなんて思ってもなかったな。そのせいか頭がちょっと痛い。意識もぼんやりしてる気がする……


 辺りを見回してカルミナの姿を探す。まず目に入ったのは部屋一面に描かれた変な模様だ。そして肝心のカルミナだが意外と近くにいた。気がつかなかったのはその見た目のせいだろう。


「カルミナ……なんで半透明になってるんです?」

「よかった。気がつきましたね。この姿は世界の規則によって制限がかかっているためです。本来、世界の管理者は自分の世界においては実体化はもちろん、干渉も許されてないのです」


 規則とやらがあり、その姿になっていることはとりあず理解した。だが、それ以上に重要なことを言っていた気がする。


 世界の管理者……つまり神様みたいな存在? ということはカルミナはもしかして……


「もしかして……カルミナは女神様ですか?」

「はい、そう呼ばれています。ただ、先ほど話した世界の規則のせいで、できないことが多く、神と呼ばれるのは申し訳なく思っています」


 カルミナ様、そう呼ぼうかと提案してみたが、敬称なしのままのほうがいいらしい。あまり敬われるのは好きではないとのことだ。

 改めて話を聞いてみる。すると、規則というのはどの世界も共通していることがわかった。世界ができたときには存在しているらしい。
 規則を変えることもできるらしいが、そのためには膨大な力が必要らしく、カルミナは規則の穴、というか裏技みたいな方法で世界に少しだけ干渉して力を集めていたと言っていた。

 真面目な印象をもっていたので、規則を破っていることを少し意外に感じてしまう。規則を破らなければいけないほど、この世界の現状が酷いのだろうか。

 魔王については力を集めているときに存在を気づかれ、裏技でも世界に干渉できないようにと封印されてしまったという。
 ただ完全には封印されなかった。そのため、力の半分ぐらいは失ったものの、何とか活動できている状態、とのことだった。


 ……世界の管理者っていうよりは観察者みたいだ。裏技を使わないとただ見てることしか出来ないなんて。力がある分、もどかしいだろうな。


 他にもいろいろと聞いているうちに、いつの間にか部屋の模様から光が消えかかっていることに気づく。不思議に思い眺めていると、それを見たカルミナから声がかかった。


「この魔法陣の役割ですが規則をごまかし、世界を移動するときの起点、部屋ごと魔法陣を守る結界の力、そして私の実体化を補助するという効果があります」

「これが魔法陣……あれ? これの力で実体化ってことは、この魔法陣がないとカルミナは消える? ……この先はもしかして、俺一人ですか?」

「いいえ。ツカサに同行する方法は用意してあります。規則をごまかすため姿は見えなくなりますが協力は可能です。こちらを手にとってください」


 そういって、渡してきたのはカルミナの瞳の色と同じ、きれいな緑色の宝石のついたペンダントだった。


「今からそのペンダントの中に入ります。会話はできますが、この世界の人間には私の声は聞こえないので、話をするときは注意してください」


 カルミナは輝くと小さな光の球となり、ペンダントへと吸い込まれるように消えていく。どうやらこのペンダントは規則をごまかすための特殊なものらしい。


「カルミナ、聞こえてます?」

『はい、聞こえています』


 その声も少しだけ違って聞こえる。まるで電話越しに会話してるような感じだ。


『ツカサ、この場所は神殿の一室になります。ここに――』


 突然、大きな音が響いた。

 音がしたほう、扉へ視線を向ける。すると扉は開いた状態で盛大に壊れていた。そして、そこには扉を壊した犯人だと思われる二人の女性の姿が見える。。

 足を上げ、前蹴りをしたかのような格好で固まっている女性。おそらくこの人物が扉を破壊したのだろう。もうひとりは小柄な女性で、こちらも固まっている。


 襲撃にしてはようすがおかしい気がするけど……この人たちはいったい何なんだろうか?


『……服装からして、この者たちは教会の人間だと思います。魔法陣の結界の力で扉が開かず、むりやり開けようとしたところで結界がなくなり、このようなことになったのではないかと……』


 どうやらタイミングが悪かったらしい。どうやって声をかけるべきか、というか言葉は通じるのだろうか? いまさらだが、カルミナとは普通に会話できていたので思いつかなかった。
 とりあえず、自己紹介をしてみる。通じないようなら……カルミナに何とかしてもらおう。


「えーと、はじめまして、須藤 司といいます。女神カルミナに協力するため、この世界にきました」


 小柄な女性と目が合う。どうやら硬直から解けたようだ。


「あ、はい。えっと……は、はじめまして! 私はアリシア、十六歳で教会に所属しています! こっちの扉を蹴破った人は、エクレール様といって司教様で三十歳です!」


 言葉は通じるようで、アリシアさんは元気よく応えてくれた。ただ、となりのエクレール様という人の年齢を言ったのは余計だと思う。思いっきりはたかれて良い音を部屋中に響かせていた。


「痛いですよぉ、何で叩いたんですかー!」

「人の年齢まで勝手に紹介するんじゃない! で、あーと、すまない騒がしくなっちまったな、あたしはエクレールだ。よろしく。教会からあんたを迎えにきた」


 その口調と見た目にだいぶ差があって驚いた。顔は非常に整っている。髪は肩まであり、金というよりは黄色で、そこに少し緑が混じったような不思議な色をしていた。目の色はカルミナに近い気がする。
 喋らなければ清楚な印象をもっていただろう。いや、蹴り破った扉のことも考えると、喋らなくても荒っぽい印象かもしれない。


「とりあえず来てくれるか? ああ、それとこいつみたいに様付けで呼ばなくていいからな。あたしも様はつけないで、あんたのことはツカサって呼び捨てるから」

「エクレール様、勇者様にまで敬称をつけないんですか……って待ってくださいよ! 勇者様も行きましょう。置いてかれちゃいます」


 アリシアさんに手首をつかまれて歩き出す。


 勇者って……たしかに魔王を倒すつもりだけど……


 短時間でいろいろなことが起こりすぎている。正直、もう頭がついていっていない。
 一度休ませてほしい。そう思いながらも口には出せず、行先もわからないまま神殿を出る。

 外は明るかった。まだ昼くらいだろうか。辺りは森のようで目の前には一本の道が見えている。

 手を引かれ歩く姿は、もし周りに人がいたらどう見えるだろう。連行されているよう見えやしないだろうか?

 あまりいい予感はしない。状況の把握の前に、まずは手を放してもらおう。そう心に決めると勇気を出してアリシアさんに話しかけるのだった。
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